第22話 森の異変(三)



 買い物を前に、さてなににしようかなと、はずむような気持ちでいたタウネだが、友人のニャウが後で合流すると言ったのを聞いて、どことなく違和感を覚えた。

 もの心ついた頃からのつきあいだ。友人の声からは、隠しきれない緊張が聞きとれたのだ。

 タウネは二人の少年を先に行かせると、独りでニャウの背中を追った。

 裏路地に入る手前で友人の声が聞こえてきた。タウネは民家を盾にして身を隠すと、壁からわずかに顔をのぞかせ路地の奥をうかがった。

 

 ニャウは、ボロ布を頭からかぶった、やけに小柄な人物と話していた。

 目を凝らしたタウネは、腰を抜かすほど驚いた。

 赤みがかった肌、狭い額、大きな目、つき出した牙。ボロ布からのぞいている顔は、ローガンから聞かされていた、ある魔獣の特徴そのものだった。

 人だと思っていたそれは、なんとゴブリンだったのだ。

 思わず跳びだそうとして、なんとか思いとどまった。

 ニャウの胸にミャンが抱かれていたからだ。


(あのゴブリン、危なくないの? ニャウはどうして平気なのかしら? さっき、ゴブリンが人間の言葉を話しているように聞こえたのは空耳かしら? それに、どうしてミャンちゃんを呼びだしてるの?)


 そう思ったタウネだが、いまはとにかくニャウとゴブリンの会話を聞きとらなければならない。

 耳を傾け二人の会話を聞くうち、およそのことがわかってきた。


(あのゴブリン、ニャウの知りあいみたいね。それから、自分の村が魔獣に襲われるから助けてって頼んでるみたい)


 おおよそのことがわかったところで、タウネは二人の前に姿を現そうと決めた。


「ニャウ、こんなところでなにしてるの? しかも、それってゴブリンじゃない」


 ぱっと立ちあがったニャウは口を大きく開け、目を丸くしていた。

 タウネはそれほど驚いた友人の顔を見るのは初めてだった。


「た、タウネ、どうしてここに?」


「あたしに隠しごとなんてできると思ってんの? さっきあんたの声を聞いて、すぐになにかあったって気づいたわよ。で、そのゴブリンは、あんたのお友達ってことでいいのね?」


「う、うん、まあそうだね。この子は、ロタって言うの。ロタ、彼女はタウネ。私の幼馴染だよ」


「で、でっかいあねさんだな。この人、おらをいじめたりしないか?」


「えっ!? やっぱりゴブリンの言葉がわかる!? なんで!?」


「へえ、そうなんだ。私がミャンを抱いてるでしょ。だから近くにいる人もゴブリンの言葉がわかるんだね」


「で、それはいいから、あんた独りで何をしようとしてたのかな?」


「そ、それは……」


「一人だけでゴブリンを助けようとしてたんでしょ?」


「う、うう……」


「あんたのことだから、困っているならゴブリンでも見捨てられないんだろう。だけどね、あたしらを放っておいて内緒で行動しようってどういうつもり? あんたにとって、あたしたちは、そんなに頼りないの?」


「で、でも……」


「『でも』も『デーモン』もない! 困ってるなら困ってると、あたしらにもきちんと話しなよ!」

 

「う、うん……」


「話はだいたい聞いてたけど、もう一度だけ本人? ゴブリンから話してもらえるかな?」


「でっかいあねさん、おらが説明したらいいのか?」


「誰がでっかいだって!」


「ひいっ!」


「た、タウネ、ここは黙ってロタの話を聞いてあげてよ」


「しょうがないね、あたしはタウネ。もっかい『でっかいあねさん』なんて呼んだら承知しないからね!」


「このあねさん、なんだか怖えなあ。なら、また最初から話すよ」


 ロタは森で魔獣の群れを見つけたこと、それを操っている人族らしきものがいること、彼が住んでいる集落がもうすぐその魔獣の群れに襲われることを説明した。


「早口だねえ、ゴブリンはみんなそうなの? もっとゆっくりしゃべりなよ」


「なに言ってんだ! こうしている間にも、魔獣が村に近づいてるんだぞ! イビーや母ちゃんが死んじゃうじゃないか!」


「な、なにもそんなに怒らなくてもいいだろ。お前が必死なのはよくわかったよ。なんせ危険をかえりみず、こんな街中まで来るくらいだからね」


「とにかく、早くおらの村を助けてくれ!」


「しかし、あんた、ロタだっけ? 無茶を言うね。魔獣がたくさんいるんだろ? あたしらだけで助けられるわけないじゃないか」


「そんなこと、おらだってわかってるよ! でも、ねえちゃんたちは、魔獣をやっつける仕事をしてるんだろ? なんとかならないの?」

 

 タウネとニャウは顔を合わせたが、なにも答えられなかった。


「イビー、母ちゃん……」


 黙り込んだ二人を見て、自分の頼みが聞いれてもらえないと思ったのだろう。ロタは地面にぺたりと座りこんでしまった。


「とにかく、テトルとバックスにも話を聞いてもらったほうがいいね。ニャウ、あんたはこいつが誰かに見つからないよう、くれぐれも気をつけるんだよ。あたいが二人をここまで連れてくるから」


「うん、わかった。ロタも、そういうことでいいかな?」


「おら、見捨てられたわけじゃないんだよな? 村のみんなを助けてくれるんだよな?」


「ロタ、それを今からみんなで話しあうの。諦めるのはまだ早いよ」


「わ、わかった。おら、ニャウねえさんを信じるよ」


「私は絶対あきらめないから、ロタもあきらめちゃダメだよ」


「うん、わかった!」


 ずっと気持ちが沈んでいたロタだが、ニャウの言葉を聞いて少しだけ元気が戻ってきた。


「じゃあ、あたしゃ行ってくるよ。二人とも、くれぐれも人から見られるんじゃないよ。ロタは頭のその布っきれを絶対に外すんじゃないよ。人に見られたら大騒ぎになるからね」


 タウネはそう言葉を残し、裏路地から出ていった。

 ニャウとロタは木箱に並んで座った。

 そんな二人は、まるで仲の良い姉弟のようだった。

  

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