第25話 一ではなく二


 

 ニャウたちが会議を抜け冒険者ギルドから出ると、空は茜色に染まっていた。

 

「ねえ、これってやばいんじゃない?」


「やばいってなんだよ、タウネ。魔獣のことなら、やばいにきまってるじゃないか」


「テトル、あんたあいかわらず抜けてるわね。そろそろどの店も閉まる頃合いだよ。早くしないと旅の用意ができなくなるじゃない。出発は明日の朝なのよ」


「げっ、そりゃまずいな……」


「ほら、そこでぼうっとしない! それぞれ買うものを分担するわよ。テトルは野宿に必要な道具、バックスは武器や防具の確認、私は食料と水、ニャウは――」


「ごめん、タウネ。私、ちょとやっておきたいことがあるの」


 ニャウは、胸に抱かれて眠っている白い子猫を指さす。


「もしかして……猫ちゃんを増やすの?」


「うん、今回の遠征で役に立つかなって。私だけだと、きっとみんなの足をひっぱるだけだから」


「……そうね、子猫ちゃんたちが増えるのは心強いわね」


 タウネがうっとりした顔をしているのは、自分が子猫たちにもふもふ囲まれているところを想像しているからだ。

 

「じゃあ、ニャウはロタと二人パーティハウスで待っていてくれる? あたしたちが帰るまでに軽い食事を用意してくれたらありがたいわ」


「うん、やっとく。ありがとう!」


 タウネ、ニルス、バックスの三人が早足で街へ消えるのを見おくると、ニャウはロタと手を繋ぎ家路を急いだ。


 ◇


 四人で借りている一軒屋に帰ると、ニャウは五人分の食事を用意した後、ミャンを抱え自分に割りあてられた部屋に入った。

 寝ているミャンをそっとベッドの毛布に降ろすと、決められた言葉を唱えた。


「ステータス」


******************************

ニャウ Lv3

天職:【猫】

年齢:12

スキル:【猫召喚】【猫変化】

猫スキル:【ことば】【ねこしらべ】

****************************** 


(今の魔力は「2」だから、【猫召喚】でそのうち「1」をつかったとしても、意識を失ったりしないはずよね)


 そう考えたニャウは、さっそく新しい猫を召喚にかかった。


「新しい子猫ちゃん、私のところへ来てちゃうだい! 【猫召喚】!」


 ニャウの前に光の玉が、一度に二つ現れる。


「えっ? な、なんで二つ?」


 そう口にしたとき、すでに彼女の意識は途切れかけていた。

 

(タウネ、食事の用意できなくてごめん……)


 薄れゆくニャウの意識に浮かんだのは、仲間が旅の準備で忙しくしているとき、自分だけ役に立てない申しわけなさだった。 

 

 ◇


 三人の中で一番早く買いものを済ませたタウネは、家の前まで帰ってきて驚くことになった。

 なんだか家の中が騒がしいのだ。

 玄関の戸を開いた彼女が目にしたのは、かわいい声で鳴く子猫たちに囲まれ震えているロタの姿だった。


「ぎゃ、ぎゃぎゃう!」(ち、近寄らねえでくれ!)


 驚いたことに子猫は三匹もいた。そのうち一匹はミャンだが、後の二匹は彼女が知らない子猫だった。

 一匹は黒、茶色、白の三色が混ざっており、もう一匹はミャンと同じくまっ白だった。

 ただ、その白い猫は、ミャンよりずんぐりしており、尻尾が小指の先ほどしかなかった。


「みゃん」

「にぃ、にぃ」

「みぃ、みぃ、みぃ」


 頭を抱え、まるで亀のように床に伏せているロタに、三匹の子猫がすりよっている。ミャンなど、ロタの肩を前足で撫でていた。

 子猫たちは明らかに甘えてそうしているのだが、ロタは恐怖で震えていた。


「た、助けてくれ! おらをひっかかないでくれ!」


 ミャンを抱きあげたことで、タウネにはロタが悲鳴混じりに訴えている言葉が理解できた。

 

「ロタ、子猫ちゃんは、みんなあんたに甘えているだけなのよ。どうしてそんなにおびえてるのよ?」


「あっ、タウネねえさん! やっと助けにきてくれたのか? こいつらに襲われてたんだ!」


「いや、だから言ったよね。あんた明らかに襲われてなんかないから。甘えられてるだけだから。それより、ニャウはどうしたの?」


「おら知らないよ。いくら呼びかけても、ニャウねえさんが部屋から出てこないんで、心配になって戸を開けたら、こいつらに襲われたんだ」


「だから、襲われたんじゃなくて甘えられただけなの! まったくだらしないわねえ」


「うるせえやい! あねさんは、そいつにひっかかれたことがねえから、どんなに怖えか知らねえんだ!」


「え? あんた子猫にひっかかれたの? なんで?」


「あ、いや、まあ、それは……」


 自分がニャウに襲いかかったのが原因だ、なんて言えるはずもなくて、ロタが黙りこんでしまう。

 

「それより、ニャウが心配ね。ちょっと見てくる。あんたはここにいなさい」


「ええっ、おらを一人にするのか?」


 新顔である二匹の子猫は、膝立ちになったロタの横に座り、彼の顔をじっと見上げている。 

 どうやら、ゴブリンの少年は、望まぬ相手から好かれてしまったようだ。


「たとえあんたが人族でも、男の子をニャウの部屋に入れるわけにはいかないね。おとなしくここで待ってな」


「えーっ、そんな殺生な……」


 タウネがニャウの部屋へ行き、倒れている彼女を見つけ大騒ぎとなった。

 子猫を召喚すると魔力切れを起こして気を失うなんてこと、タウネは知らないのだから、これは当然の結果だった。

 ちょうど帰ってきたテトルが、ニャウの呼吸と脈を確かめ無事を確認したことで、タウネの混乱はやっとおさまった。

 

「これって寝てるだけなの!? もう、ニャウったら、どんだけ心配させんのよ!」


 枕もとで友人の寝顔を見守りながら、タウネが小声でぐちる。

 新しく仲間に加わった子猫は、ロタとの遊びに飽きたのか、今ではニャウのベッドで二匹並んで丸くなっている。


「あんたのママは、どうして寝ちゃったのかしらね、ミャン」


 タウネは胸に抱いたミャンに問いかけたが、白い子猫は大きく口を開け、ただあくびを返すだけだった。

 


 ◇


 タイラントの東門から出て草原を越えると、広大な森がはるか大陸の彼方まで広がっている。

 街の住民は、それを『東の森』と呼ぶ。その森の一角にそれほど大きくない沼がある。

 沼の周囲は木が生えておらず、草地が広がっているのだが、いまそこには無数の魔獣がひしめき合っていた。

 種類も大きさもばらばらなこの群れは、なぜか互いに争わず、まるでなにかを待っているかのようだった。


 異様な臭気をまとった風が吹くと、その魔獣たちの体が、一斉にぴくりと震えた。

 どこからともなく現れた、列をなした無数の鼠が魔獣の群れを縫うように沼へ向かう。 

 鼠たちは沼の近くにある大きな岩の周りに集まると、競うようにその上へと登っていく。

 岩の上に集まった鼠たちは幾重にも重なったが、なぜか一匹も下へ落ちることはなかった。

 膨れあがった鼠の塊は溶けて一つとなり、顔も服も極彩色の模様で彩られた怪人となった。


「みなさん、いい子してましたか~? ゴブリン君と約束した期日は、確か明後日でしたね。今から出発すれば十分間にあうでしょう。約束は、きちんと守らなきゃね。では、みなさん、私について来なさい」


 大岩の上からふわりと跳びおりると、怪人はどこからか取りだした横笛を吹き鳴らした。

 笛の音に合わせ、魔獣たちが体を揺らす。

 極彩色の怪人が笛を吹きながら歩きだすと、魔獣たちがその後を追う。

 魔獣がなす大きな群れは、その隊列を崩すことなく東へ向かっている。

 その先には大陸から突きだした小さな半島があり、そこにゴブリンが住む集落があるのだ。


(さてさて、ゴブリンの集落を平らげた後は、本命が住んでいるタイラントの街ですね。ニャウという名のその少女が【猫】の天職が持つ本当の力に目覚める前に殺しておきませんとね。なんせ猫は鼠の天敵ですから)


 不気味な笑顔となった怪人はそんなことを考えながら、まるでピクニックのような足取りで森の中を進んでいった。

 魔獣の大群は、地響きを立てながらその後をついていく。

 森に棲む鳥や獣たちは恐れをなしたのか、一匹たりとも姿を見せなかった。






 


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