第26話 ゴブリンの集落(一)
ニャウたち一行にゴブリンのロタを加えた五人は、天職【レンジャー】を持つ銀ランク冒険者ダカットに率いられ、街の東に広がる草原を抜けた。
行く手右側はどこまでも碧い大海原が広がっており、左側は森の木々が海岸線近くまで迫っていた。
一行は海を見下ろす小高い丘の上で、体を休めているところだ。
「ここからは、海岸の崖に沿った道を通ります。足場が悪いところがありますから、気を引きしめてくださいね。崩れそうな岩の上に足を置かないこと。当たり前のことですが、念を押しておきますよ」
輪になって座るテトルたちに、ベテラン冒険者のダカットが忠告する。
二十代後半に見えるこの男は、線の細い顔立ち、小柄で華奢な身体、丁寧なもの言い、全てにおいて冒険者らしくなかった。
テトル、タウネ、バックスの三人には少し疲れが見えたが、ダカットは細い体に筋金でも入っているのか少しも疲れた様子がなかった。
元気なのはニャウとロタも同じで、今はその辺の草むらに入り薬草採集に精を出していた。
「ダカット先輩、森の中を通らないんですか?」
「ニルス君、森の異常について君も聞いているでしょう? 初心者の君たちがあんなに危険な森に入るのは自殺行為そのものですよ」
「ダカットさんは、森に入ったんですか?」
「君は、タウネ君だったかな? ええ、入りましたよ。魔獣の群れを調査するためにね」
「魔獣に襲われなかったんですか?」
「ええ、襲われませんでした。理由は分かりませんが、魔獣たちはただ群れているだけで、ハーフラビットのようにおとなしかったんです」
「それなら、わざわざ危険な道を通るより、森を通ってもいいんじゃないかな?」
「バックス君、それはダメですよ。ぼくが調査したとき、確かに魔獣たちはおとなしかった。だけど、あいつらがいつまでもそのままだと思わないほうがいい」
「なるほど、さすが銀ランク冒険者ですね」
「ははは、タウネ君、ぼくをおだてたって何も出ないよ。それより、そろそろ出発しようか?」
「ダカットさん、その前に、その道具ってどこで買ったんですか?」
タウネが言っているのは、ダカットの手元にある小さな道具だ。
ダカットは小箱のような道具の上にケトルを置いてお湯を湧かし、みんなにお茶をふるまったのだ。
彼は水すら筒形の道具から生みだしていた。
「ああ、これかい? これは魔道具だよ」
「「「魔道具!」」」
「そう、魔道具。水を出したのは水の魔道具で、お湯を湧かしたのは火の魔道具だよ。最近ではお湯が出る魔道具もあるらしいけど、ぼくはまだ見たことがないんだ」
「いいなあ! それって私たちでも買えますか?」
タウネは食いいるように魔道具を見つめながら、そう言って目を輝かせる。
「王都に行けば、魔道具の店がありますよ。お金さえ払えば君たちでも買えます」
「やった! それっていくらくらいしますか?」
「どちらも銀貨十枚(約十万円)ってところかな」
「「「高っ!」」」
「君たちは高いと思うかもしれませんが、冒険者として活躍できれば、なんということない金額ですよ。冒険者の中には、魔道具を集めるのが趣味なんて人もいますから」
「よっし! 私、頑張る!」
ダカットの話を聞いて、タウネは急にやる気が出たようだ。
「いいですね。冒険者としてやっていくなら、目標は大事ですよ」
ダカットも先輩らしく、タウネを励ました。
「さあ、もう充分休憩しました。先を急ぎましょう」
ちょうど戻ってきたニャウとロタが合流し、一行は海岸線づたいに北東へと向かった。
◇
「あっ見えてきた! あそこにおらが住んでる村があるんだ」
前方にその尖端が見えてきた岬をロタが指さす。
道なき道を半点鐘(三時間)ほど歩き、やっとことで半島が見えてきたのだ。
半島に木々が生いしげっているせいか、ここからはゴブリンの集落を見つけることはできなかった。
「ふぅふぅ、やっと着いたの? 何度も死ぬかと思ったわよ」
「はぁはぁ、タウネは、高いところが苦手だからなあ」
「なによ、バックス! あんただって、小鹿のように足が震えてたじゃない」
「仕方がないだろう、あんなに高い崖の上を歩くなんて思ってなかったんだから。足元にざぱんて波が打ちよせたときは、死ぬほど怖かった」
タウネ、バックス同様ばてばてのテトルが、平気な顔のニャウに気づいて驚く。
「ニャウ、一番体力がないお前がなんでそんなに平気なんだ? あんな目にあったのに、疲れてないのか?」
「うん、すごく元気だよ。体が羽根のように軽いの。それになぜだかわからないけど、崖の道がちっとも怖くなかったんだ」
「へえ、ニャウちゃん、君は冒険者に向いてるのかもしれないですね。現場に出ると力を発揮できる人っていうのは、冒険者向きですよ」
こちらも涼しい顔をしているダカットが、しきりにうなずきながらそう言った。
「えへへ……」
今までどんな場面でも人並みのことができず悩みつづけてきた。そんなニャウだからこそ、ダカットの言葉はとても嬉しく、有難いものだった。
つるつるの頬をピンク色に染めた彼女の丸い顔は、とても幸せそうだった。
「目的地まで、あとちょっとよ、みんながんばろう!」
一人元気なニャウをよそに、他のパーティメンバーは降参寸前だった。
「まだ歩くの? 少し休んでダカットさんのお茶にしない?」
「おいら、もう二度と崖はごめんだよ」
「腹減って足がふらつく。バックス、俺をおぶってくれないか?」
ゴブリンの集落に到着するまで、ニャウ以外の三人は口々に不満を垂れながしていた。
◇
ゴブリンの集落がある半島は、根元のところが砂州になっている。
ニャウたち一行が砂州を渡りおえたとたん、木々の中から槍を持った小柄な人影が跳びだしてきた。
頭に羽根飾りをつけたゴブリンの戦士たちだ。
「ぎゃうぎゃう、ぎゃ!」(お前ら、人族だな!)
「ぎゃぎゃう!」(殺してしまえ!)
「ぎゃぎゃぎゃうぎゃう!」(魔獣をけしかけたのは、お前らか!)
テトルたちが応じて武器を構え、一触即発の場面となったが、そこでロタが前に出た。
「ぎゃうぎゃぎゃぎゃ。(みんな落ちついて) ぎゃうぎゃぎゃううぎゃう」(味方を連れてきたよ!)
長年にわたり、人族と争ってきた森ゴブリンたちが、そんな言葉を聞いたくらいでたやすく人間を受けいれるはずもなかった。
ところが、一人の少女が困難に挑戦した。
「ミャン、ここに来て!」
ニャウの言葉で彼女の前に光の玉が浮かぶ。
彼女のすぐ近くにいたゴブリンの戦士が、驚いてパッと後ろへ下がる。
光が消えると、白い子猫が現れた。
ニャウも慣れたもので、子猫が地面に落ちる前に手を伸ばし、さっと抱きとめた。
「こんにちは、ゴブリンのみなさん」
「ひ、人族が……」
「「「しゃべったーっ!?」」」
戦闘はなんとかまぬがれたニャウたちだが、それでも四方から槍を突きつけられたまま、集落の中へ連れていかれた。
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