新しい住処

第17話 新しい住処



 ドラドにまつわる事件の後、ニャウたちは一週間(六日間)冒険者パーティとしての活動を休むことにした。

 事件に関する証言をするため、その間リーダーのテトルが衛士詰所に毎日出向くことになったからだ。


 タウネは新しく住む場所を探しているし、バックスは鍛冶仕事を手伝う代わりにローガンさんから大盾の使い方を習っている。

 ニャウはメイリンから天職【猫】の検証を依頼されている。これは冒険者ギルドからきちんと報酬が出るのだそうだ。そういうことで、本来タウネと一緒に住む場所を探すべきところ、同室のララナたちに手伝ってもらい、スキルの検証をしている。


「ニャウねえ、ロッキオ君の所へ行ってきたよー」


 孤児院の四人部屋でニャウが黒い子猫ナウのブラッシングをしていると、ミャンを抱いたララナが入ってきた。

 

「どうだった? ロッキオ君とおしゃべりできた?」


「うん、いっぱいおしゃべりできたよ! ロッキオくんとは、前からお話したかったんだ」


 ロッキオは、下町に住む犬人族の少年だ。

 三年ほど前、両親と他の世界から渡ってきたそうで、まだこの国の共通語には慣れていない。そのため、学校では孤立しがちである。

 授業を抜けだして街をうろついていたところ、シスターから買いものを頼まれたララナと出くわし、なんとなく仲良くなったらしい。

 そうはいっても、ロッキオはこの国の言葉が片言しかしゃべれないし、ララナは彼の言葉が全くわからない。だから、これまでは身振り手振りでなんとかやりとりしていたそうだ。 


「ミャンを抱っこしなくても言葉は通じた?」


「ううん、それはできなかったよ」


「そっか、言葉が通じない人とおしゃべりする時には、やっぱりミャンに触れておく必要があるのかなあ。私が抱いてるときとは違うみたいね。それから、私じゃなくても、ミャンの能力が使えるんだね」


「うーん、よくわかんない」


「とにかくありがとう、ララナ。そういえば……ステータス!」


 ここのところ自分のステータスを調べていなかったことに気づいたのだろう。

 このニャンという少女、かなりいい加減と言うか、間が抜けている。

 とにかく、しばらくぶりに確認したギルドカードには、以下のステータスが表示された。


******************************

ニャウ Lv3

天職:【猫】

年齢:12

スキル:【猫召喚】【猫変化】

猫スキル:【ことば】【ねこしらべ】

****************************** 


「うーん、ここのところ結構頑張ったとおもうんだけど、レベルが上がってないなあ。

 ええと、【猫変化ねこへんげ】っていうのは、教会の塔から落ちたとき手に入れた猫人に変身するやつでしょ。

 それから、この【ねこしらべ】っていうのは、ナウが持ってるスキルだったよね」


 レベル3になったのは、ずっと前のことなのだが、ニャウはそんなことなどすっかり忘れているようだ。


「え? ニャウねえ、レベルが上がったの?」

「レベルってなに?」

「おいしいの?」


「うん、レベルが上がったみたいだよ、ララナ。

 リン、レベルっていうのは、強さの目印みたいなものかな。

 それから、レベルって食べものじゃないんだよ、ネム」


「すごいね、なんかカッコいい!」

「へえ、強さの目印かあ。ニャウねえが強くなったってこと?」

「なあんだ、おいしくないの?」


 その後は四人で子猫二匹を相手にして遊び、みんな疲れてお昼寝となった。


 ◇


 その日午後遅く、ニャウはタウネに連れられ、新しく住むことになる場所を訪れていた。

 街の中心から離れており、城壁に近いその地区は、古びた木造の家が多く見られた。

 古い通りだが、街路にはきちんと石畳が張られている。


「この辺は、タイラントが小さな漁港だったころから残ってるそうよ」  


 かなりの距離を足早に歩いてきたから、タウネは額に汗が浮かんでいる。

 ニャウはというと、天職のレベルが上がったおかげか、涼しい顔をしていた。

 

「落ちついた雰囲気だね。

 でも、よくこんな場所で手ごろな部屋が見つかったね」


「そうでしょ。最初はスラム近くの場所を探したんだけど、治安が悪くて諦めたの。

 ギルドから少し遠いけど、この辺りなら危険も少ないでしょ。

 それより、見えてきたわ。あそこよ」


 タウネが指さした場所には、庭つきのかなり大きな平屋があった。

 もう少し大きければ、屋敷と呼んだ方がいいほどだ。

 この街では珍しいことに、広い庭までついており、庭の端にはかなり大きな広葉樹が立っていた。 


「へえ、ここに間借りするの?」


 少し壊れお辞儀したようになっているのきを見上げながらニャウが尋ねる。


「間借りじゃないよ。この家ごと借りるんだよ」


 タウネが浮かべた表情は、自慢げなものだった。


「えっ! それって家賃の方は大丈夫なの?」


「ええ、いくつか条件を出されたけど、私たちならきっと払えるだけの金額だったよ」


「へえ、いくらなの?」


「一月で銀貨五枚(約五万円)だって。四人でだよ。もちろん庭も自由にしていいって」


「ええっ! 庭つきのこんなに大きな家でそれって、すっごく安くない?」


「だから、条件があるんだって。

 一つは、壊れかけたところを私たちで修理すること。

 まあ、大工仕事はバックスの得意分野だから、これは問題ないわね。

 それと、もう一つなんだけど、家主が時々ここを見にくるんだって」


「ええと、それってお家をきちんと使ってるか調べるってこと?」


「違うよ。遊びに来るんだって」


「遊びに来る? どういうこと?」


「ここの家主はね、リーシャおばあちゃんなの」


「えっ? あの薬草店の?」


「そうそう。彼女、すっごいお金持ちみたいだよ。

 貸家をたくさん持ってるんだって」


「そりゃ、お店の庭にお風呂があるくらいだもんね」


「へえ、あの店ってお風呂なんてあるのね。外からだとわからなかったけど」


「タウネ、私たちもいつかお風呂がある家に住もうね!」


「うーん、あたいはお風呂なんて一度も入ったことないからどんなものかわかんないけどね」


「すっごく気持ちいいの! もう忘れられないくらい!」


「ニャウがそれほど言うなら、ホントにいいもんなんでしょうね。

 だけど、お風呂かー。水まわりとか大変そうね」


「水まわり……そんなこと考えてなかったなあ。

 その辺どうやってるのか、今度リーシャさんに聞いておこう」


「それより、借りる時の条件があったでしょ。

 時々リーシャおばあさんがここへ来るってやつ。

 あれって、実は子猫ちゃんたちと遊びたいかららしいのよね」


「あ、そういうことね。

 子猫たち次第だけど、私は構わないかな」


「そう! よかった。あんたがいいって言わないなら諦めるつもりだったんだよね、この家を借りるの。

 でも、もしここに住めたら、子猫ちゃんたちも広い庭でのびのび遊べると思って」

 

「あの子たちに気をつかってくれてありがとう、タウネ」


「えへへ。ミャンちゃんとナウちゃんは、もう私たちのパーティ仲間だからね」 


「そういえば、テトルとバックスはもうこの家を見にきたの?」


「まだだよ。だけど、銀貨五枚でこの家と庭だよ。

 もろ手を挙げて賛成すに決まってるよ」


「うん、きっとそうだね。

 そうだ。この家だけど、中も見られる?」


「見られるよ、鍵を借りてきたから。

 じゃあ、二人して入ってみようか」


「うん!」


 木造の家からは、しばらくの間、少女たちの嬉しい悲鳴が聞こえてくるのだった。 


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