第2話 幼馴染
覚醒の儀式が終わり、精霊教会を後にした少女ニャウは、薄汚れたローブの裾を海からの風にあおられながら、彼女が暮らす孤児院へと続く坂道をとぼとぼ歩いていた。同じ道を、朝方元気に走っていた少女とは別人のようにしおれていた。
そんな彼女に後ろからぽふんと抱きついた者がいた。
「ニャウ、なんか元気ないじゃないか」
頬をニャウのそれに擦りつけ話しかけるのは、十二という年の割に大柄な少女タウネだった。三つ編みにした焦げ茶色の髪を肩にかけたこの少女は、同じ孤児院で育った気心の知れた友人だ。
お日様のようなタウネの笑顔に、ニャウはこれまで幾度となく救われてきた。だが、今だけはその笑顔を見ても、うつうつとした心が晴れることはなかった。
「タウネ、どうしよう。私、冒険者になれないかもしれない」
「冒険者には誰でもなれるよ。天職なんて関係ない」
元気のないニャウを励まそうとしてか、タウネの声はことさら明るかった。同い年でありながら、孤児院ではお姉さん的な立場であるタウネは、ニャウが落ちこんでいる理由がわかっていた。
天職を授かるため、彼女もあの教会の広間にいたのだ。だから、ニャウが珍しい天職を得たところも、そのために他の子どもたちから、いわれなき中傷を受けたのも目にしていた。
「そんなこと言っても……ねえ、タウネはどんな天職だったの?」
「あたい? あたいは【聖騎士】だったよ」
「えっ、すごい……」
ニャウは驚きのあまり、続ける言葉を失ってしまう。
タウネが得た【聖騎士】という職業は、上位職と呼ばれるものの一つで、とても稀少なものだ。王都の騎士団から招かれてもおかしくないほどに。
優れた戦闘スキルに加え、成長すれば治癒魔術さえ身につく【聖騎士】は、【勇者】とならんで子どもたちが誰でも憧れる天職だ。
「じゃあ、なおさら私となんかパーティ組めないよね……」
他の子どもからから【猫】という職業をけなされたことで、少女はずいぶん悲観的になっているようだ。とりわけ、若い神父から投げつけられた、『不吉な天職』という言葉は、彼女の心に重くのしかかっていた。
「なに言ってんの? 孤児院を出たらパーティ組んで一緒に冒険者やろうって、そう言いだしたのは、ニャウじゃないか!
ボク、いや、俺なんて一年も待ったんだぞ!」
不満をたっぷり込めた口調でそう言ったのは、緑がかった髪をした少年、テトルだった。体の線は細いが、それが似合う整った顔立ちをしていた。
上は灰色のチュニック、下はズボン、革のブーツという服装で、革の胸当てをしている。その革鎧は上等なものとは言えないが、ニャウとタウネが羽織っている古びた茶色のローブにくらべると、はるかにましだった。首からさげた革ひもには黒い金属片がぶらさがっている。
傷だらけの防具と金属片は、
「テトルにい、だってそんなこと言っても――」
ニャウが大きな目に涙を浮かべ弱音を吐いても、少年は耳を貸そうとしなかった。
「タウネも俺も、お前とパーティ組むのを楽しみにしてたんだ。いまさら何言ってんだ。ほら、元気出せよ!」
テトルはそう言うと、幼い頃よくしていたように、ニャウの頭をくしゃりと撫でた。
「おいらだって、一緒に冒険するの楽しみにしてたんだよ」
穏やかな口調で話しかけたのは、顔も体も角ばった印象のバックス少年だった。
十二才とは思えない分厚い体躯をしており、その背丈は大柄な大人ほどもあった。ニャウたちと同じ茶色のローブを羽織っているのだが、彼にとってそれは小さすぎるようで、膝から下が丸見えだった。
荒くれ者にさえ見えるほどいかつい顔だが、彼を知る者はみな、この少年が虫も殺せぬ優しい性格だと知っていた。
「おいら【
少年の天職である【楯士】は上位職ではないが、【剣士】などにくらべると就いている者がはるかに少ない。
冒険者パーティでは、前衛の
「テトル、次はどうすればいいの?」
ニャウに後ろから抱きついたまま、タウネが尋ねる。
「そうだなあ。とにかく何はともあれ、まず冒険者ギルドへ行こうか。
武器や防具を買うにしても、冒険者だと値引きしてもらえるからね」
テトルは形のいい顎を指先で撫でながら、落ちついた声でそう答えた。
孤児院の幼馴染である三人は、いまだ乗り気でないニャウを囲むように、冒険者ギルドへと向かった。
◇
タイラントの冒険者ギルドは、街の中心でもある中央広場近く、教会から歩いて間もない所にある。
一階が石造り、二階が木造のがっしりした建物で、屋根の上にはドラゴンをかたどった風見鶏があった。
ニャウたち四人は、建物の前にある石造りの階段を昇るとギイギイと鳴る両開きの扉を押し開け、ギルドの中へと入った。
この時間は人が少ないのか、入り口から続く吹きぬけの広いホールは閑散としていた。
すでに冒険者として活動しているテトルが先に立ち、左手にある受付カウンターの前に並ぶ。
「おや、テトル君、こんな時間にどうしたの?」
肩下まで伸ばした、さらりとした栗色の髪をかきあげ話しかけてきたのは、受付を任されているギルド職員の娘だった。
細く形のいい眉の下では、黒みがかった瞳が落ちついた光をたたえている。美人とはいえないが、この娘にはどこか人を惹きつける魅力があった。
彼女は、テトル少年と顔見知りのようだった。
「こんにちは、メイリンさん。話してあった三人を連れてきたんだ。ギルド登録してもらえますか?」
「三人とも冒険者への登録希望なのね。じゃあ、こちらの用紙に記入してちょうだい。
あなたたち、字は書けるかしら?」
タイラントの街は、この国の中では識字率の高い方だが、それでも文字が書けるのは五人に一人といったところだ。そのため代書屋などという仕事があったりする。
「三人とも書けますよ」
テトルの答えに驚いたのか、メイリンの右眉が上がる。
「凄いわね。そういえば、みなさんレイファント孤児院だったわね。
あそこのシスターは厳しいことで有名だけど、きっとあなたたちのことを考えて教育してくださったのね。素晴らしい方だわ」
ニャウ、タウネ、バックスの顔には戸惑いが浮かぶ。彼らにとって育て親である老齢のシスターは、ただただ厳しく近寄りがたい存在でしかなかった。
羽根ペンで羊皮紙に名前や年齢、天職を書きこんだ三人は、それをメイリンに手渡した。
「えっ、タウネさん、【聖騎士】なんですか! すごいですね! だけど、本当に冒険者でいいんですか? 騎士団が欲しがりそうですけど。
それとバックスさんは、【盾士】ですか。これは、冒険者向きの天職ですよ。パーティの前衛として活躍できそうですね。テトル君の天職【剣士】とも相性がいいし。
で、ニャウさんは……【猫】ですか。聞いたことない天職です。この天職についてなにかわかったら教えてくださいね。情報をいただけければ、きっとギルドから報酬も出ますよ」
「あのう、ギルドに【猫】という天職の記録はないんですか?
私、冒険者としてやっていけるか、まだ自信なくて……」
遠慮がちに尋ねるニャウに、メイリンが励ますように告げた。
「私が知らない天職ってことは、ユニーク職ってことだと思います。もしかすると、なにか特別なスキルがあるかもしれませんよ。これから作る冒険者カードで確認してくださいね」
「冒険者カード?」
「テトル君が首からぶらさげているでしょう?
彼は鉄ランクですから黒いカードですが、冒険者として順調に経験を積めばランクが上がります。
鉄、銅、銀、金と上がっていくんですよ。
このギルドだと、最高ランクは銀ですね」
「へえ、そうですか……」
「ふーん、テトルは、だだの鉄ランクかあ。まだまだね」
「まだまだってなんだよ。君なんか鉄ランクなりたてじゃないか、タウネ」
「おいら、いつかきっと金ランクになるんだ!」
おしゃべりモードに入った少年少女に、メイリンが慌てて話しかける。
「じゃあ、一人ずつこのカードに触れてくれる?」
彼女がカウンターの上に置いたのは、青い石の上に置かれた黒い金属片だった。
「最初は、おいらがやる!」
大柄なバックスが、ずいと前へ出る。
彼はミトンのような手をドンと金属片の上に置いた。
「あっ、こら! そんなに乱暴にしちゃダメでしょ!
冒険者カードはともかく、下の青い石、ものすごく貴重なんだから」
メイリンのひきつった顔から血の気が引いている。
「ごめんよ、つい……」
見かけによらず打たれ弱いバックスが、もう目に涙を浮かべている。
「わかればいいのよ。さあ、冒険者カードを確認してごらんなさい」
「確認? 確認ってどうするんだ?」
戸惑うバックスに、テトルが助け舟をだす。
「『ステータス』って言えばいいんだよ」
「そ、そうか。ステータス! ……これでいいの? 何も起きないよ?」
「カードの裏側を見てみろよ」
「あ、なんか書いてある!」
バックス以外の三人も冒険者カードをのぞきこもうとしたが、メイリンが慌ててそれを止めた。
「ちょっと待って!
冒険者カードの裏側は、なるべく他人に見せないようにしてください。
ステータスは冒険者にとって生命線です。うかつに洩らすと命取りになることさえあるんですよ」
「あ、そうでした。ごめんなさい」
テトル少年がメイリンに頭を下げる。
「テトル君、君は冒険者として先輩なんだから、そのへんきちんと三人に教えてあげてくださいね。
冒険者として働くとき大切なことは、資料室に置いてある『冒険者の手引き』にも書いてありますから、後でちゃんと目を通しておいてください」
羊皮紙しかないこの世界で、紙は貴重品である。一人一人に手引きを配ることなどとてもできないのだ。
タウネ、ニャウもそれぞれ冒険者カードを受けとる。受付で言われたとおり資料室で手引き書にきちんと目を通してからギルドを後にした。
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