第37話 冒険者の報酬
ギルマスの部屋を出て、ギルド一階の受付にやって来た四人は、メイリンから報酬額を聞かされ自分たちの耳を疑った。
「「「金貨五枚……」」」
「ええ、そうよ。金貨五枚(約五百万円)」
唖然とした顔でつっ立っている四人に、微笑みを浮かべたメイリンがくり返す。
「ええと、金貨というのは、金色をしたお金のことですよね?」
なんとも間が抜けたテトルの質問にも、メイリンは怒りもせず笑っている。
「それでも、今回の働きからすれば、かなり安いと思うわよ。あなたたちはまだ鉄ランクだから、これでもずいぶん割り引かれてるんだから」
「ホント、そんなにもらってもいいんですか?」
タウネは、金額を聞いてからずっと呆けた顔のままだ。
だが、つい最近まで銀貨にすら触れたことがなかった彼女にしてみれば、これはごく当然の反応だった。
「いいわよ、はい、これ。絶対そこら辺でお金を出しちゃダメよ。きっとトラブルの種になるから」
メイリンは、カウンターの上に小さな茶色の皮袋を置いた。
「ほら、早くしまいなさい」
ニャウたちが誰も袋に手を出さないから、メイリンが急かすことになった。
タウネが恐る恐る革袋を手にして、それを腰の道具袋に入れようとするが、うまくいかない。
彼女の手が大きく震えているからだ。
「もう、しょうがない子ねえ」
メイリンが、カウンターから出てきて金貨の入った皮袋をタウネの懐へ押しこむ。
「じゃあ、次の依頼もがんばって。だけど、今回みたいな無茶だけは、二度としないでね」
メイリンから声を掛けられても、四人はぼーっとした顔のままだ。
そのままよろよろとギルドを出ていった。
「ふう、あの子たち、あんなで大丈夫かしら」
◇
実のところ、ニャウたちは全く大丈夫ではなかった。
自分たちのパーティハウスまで帰りつき、テーブルを囲んで一息いれたところで、それぞれがやっとのことで大事なことに気がついた。
「あっ、ガラキさんのお見舞い!」
「あっ、虎の魔獣! ギルドに置きっぱなし!」
「シスターに挨拶してない!」
「衛士の詰め所に行かなけりゃ!」
四人は話しあって、それぞれの分担を決めた。
ガラキのお見舞い、ギルド、孤児院にはニャウとタウネが、衛士の詰め所にはテトルとバックスが向かうことになった。
◇
この街で一番大きな施術院は、中央広場に面した精霊教会の隣に建っている。
タウネと二人でそこを訪れたニャウは、治療助手に案内され、冒険者ガラキの病室を訪れた。ニャウの腕には白猫ミャンが抱かれている。
骸骨顔の男は、個室の窓際に置かれたベッドで上半身を起こし、外を眺めていた。
右腕を肩から吊ってある、布の白さが痛々しい。
「こんにちは、ガラキさん」
ニャウが挨拶をし、タウネと二人さっと頭を下げる。
「おう、誰かと思やあ、お
「ええと、この前はありがとうございました」
「ありがとうもなにも、俺ゃなあんにもできなかったよ。いきなりドンとやられて、気がついたらベッドの上だ。お前にゃ役に立たねえなんて言っちまったが、まったく、役に立たねえのは自分の方だったぜ」
「いえ、あのとき冒険者のみなさんが駆けつけてくれなかったら、私たちもゴブリンのみんなも、きっと
「そうか? なんの役にも立たなかったと思うんだが……」
「いえ、それに一人で跳びだした私を追いかけてくれて――」
「まったくその通りだぜ! どうしてあんな無茶をしたんだよ?」
「それが、私にもわからないんです。地竜に乗ったあの人を見たとたん、なんだか自分を忘れちゃったんです」
「……あの怪人が、お前になにかしたのかもしれねえな。だけどよ、あの野郎なんでお前を狙ったんだ?」
「それがよくわからないんです」
ここでタウネが口をはさむ。
「あのけばけばしい人、ニャウのことを天敵だなんて呼んでたんですよ。どういうことなんでしょう?」
「ふん、天敵か。そこらへんにお前さんが我を忘れた理由があるのかもな」
ガラキは無事な左手を顎に当てると目を閉じ、なにか考えてるふうだった。
誰も話さなくなった病室には、言いようのない緊張感が漂っている。
「ええと、私たち、今回の報酬で金貨五枚も、もらえたんですよ」
その場の空気を変えようとしたタウネが、もらったばかりの報酬を話題にした。
「ん? ああ、そういや、お前らまだ鉄ランクだったな。銅ランクなら四人で金貨十枚はもらえたのにな」
「ええっ! 銅ランクって、そんなにもらえるんですか!?」
タウネは、目を丸くしている。
「今回の依頼なら、それでも少ないくらいだぜ。なんせ、街の存亡がかかってたんだ。領主様からも、十分な報奨金が出てるからな」
「へえ、ガラキさんはいくらもらったんですか?」
タウネらしい無遠慮な質問だが、ガラキは嫌な顔もせず答えた。
「金貨二十枚と経費だな。この施術院の費用もギルド持ちだぜ」
「金貨二十枚……」
「まあ、こんなに割のいい報酬はめったにねえがな。だがよ、こっちゃ命懸けってことを考えりゃよ。そんなもんじゃねえか?
お前らにしても、一人当たりでいやあ金貨一枚ちょっとだろ? 冒険者の報酬なんてそんなもんだぜ」
「「へえ……」」
ニャウとタウネはガラキの話を聞くと、自分たちが多いと思っていた金貨五枚という報酬が、妥当なものかもしれないと考えはじめていた。
「あ、そうだ。ガラキさん、この子が手をなめてもかまいませんか?」
唐突なニャウの申しでに、ガラキが頭を後ろへ引く。
「どういうこった? まさか、その
骸骨顔の冒険者は苦笑いを浮かべながらも、ニャウの方へ左手を伸ばした。
「うわっ、指、長いですね。ミャン、お願いね」
「みゃん」
胸に抱えたミャンをガラキの右手に近づけると、子猫はかわいい舌を出し、ちろちろと彼の指をなめた。
すると、包帯を巻いてあるガラキの右肘がぼんやり白く光った。
「ん? おい、痛みが引いてるぜ! ホントに治癒魔術かよ! おいおい、マジかよ……」
「えへへ、この子の【いやし】っていうスキルみたいです。うちの子猫ちゃんたちは、みんなこのスキルがつかえるんですよ」
「……おい、ニャウよ。そのこと誰が知ってる?」
「ええと、子猫ちゃんたちが治したゴブリン戦士さんたちくらいですかね」
「なら、そりゃあ誰にも言うんじゃねえぞ。ギルドのやつらにも絶対知られねえようにしろ。そんなもんがつかえるなんてばれたら、いろんなヤツから狙われるぜ」
「ど、どうして!?」
「治癒魔術ってな、そんだけ貴重ってこったよ。だから、その最高峰である『聖女』なんてなあ国が囲うのが普通だ。そいつの場合、従魔が治癒魔術をつかえるってのが珍しくてな。パーティ人数に数えられねえ従魔が治癒魔術なんてつかえりゃあ、そりゃ誰でも欲しくなるってもんだ」
ガラキは、意外なほど優しい目でミャンを見つめた。
長い手を伸ばし、子猫の頭を撫でる男の顔は、まるで別人のように穏やかだった。
「確か、ミャンって名前だったな。ありがとうよ、腕が楽になったぜ」
「みゃん」
ガラキの感謝が伝わったのか、白い子猫は目を細めて鳴いた。
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