第38話 シスターの心配
ガラキのお見舞いを終え施術院を出たニャウとタウネは、レイファント孤児院へと向かった。
スラム地区の端にある孤児院まで、街の中央にある施術院からかなり距離がある。普通に歩いても時間がかかる。
途中の商業地区で子どもたちへのお土産などを買ったので、二人が孤児院へ着いた頃には、もう日が暮れかけていた。
「ニャウねえ! タウネねえ!」
「「「わー!」」」
中庭をのぞくと、そこで遊んでいた子どもたちが、二人をとり囲んだ。
「わあっ、子猫ちゃんだ!」
「すっごくかわいい!」
「ねえねえ、触ってもいい?」
大騒ぎしている仲間たちから少し離れたところで、ニャウと同室だったララナ、リン、ネムは肩を寄せあい浮かない顔をしていた。
子供たちの相手はタウネとミャンにまかせて、ニャウがそんな三人の所へ歩みよる。
「ただいま、みんな。どうしたの? 元気ないじゃない」
ララナは恨めしそうにニャウを見上げ、口を尖らせた。
「だって、子猫ちゃんたちが急にいなくなったんだもん。すっごく寂しかったんだから。ネムなんか、ずっと泣いてたんだから」
今まで同室だった自分がいなくなれば三人が寂しがると思い、子猫たちに彼女たちの相手をしてもらったのだが、かえって辛い思いをさせてしまったかもしれない。
そんな考えが浮かんできて、ニャウは申しわけない気持ちがふくらんだ。
「ごめんね、ネム、みんな。ナウ、ミイ、ニイ、ここに来て」
光る玉が三つ浮かび、それが黒毛、三毛、白毛の子猫になった。
「なう?」
「みい?」
「にい?」
名前の由来となった鳴き声をあげ、それぞれがララナ、リン、ネムの足元にすり寄る。
三人は、それぞれさっと子猫を抱きあげると、さっきまでしおれていたのが嘘のような笑顔となった。
「ナウちゃん、お部屋に行こうね!」
「ミイちゃんがきっと好きなもの、取ってあるんだ」
「ニイたん、あそぼ!」
ララナたちは、ニャウの方など見向きもせず、孤児院の建物へ入っていった。
「あの子たちのことを心配してくれるのはいいんだけどね。あのままじゃいけないって思わないかい?」
いつもの黒いローブを着たシスターが、ニャウの後ろに立っていた。
「あ、シスター、こんにちは。はい、それはわかっているんですが、私が忙しい時は、ララナたちが子猫の相手をしてくれて助かってるんです。いけませんでしょうか?」
「そうねえ、あまり頻繁に預けられても困るけど、時々なら構わないわ。ここだけの話、私もあの子猫たちと遊ぶことがあるのよ」
シスターが、茶目っ気たっぷりの表情で笑う。
それは、ニャウが初めて見る彼女だった。
「あ、それから、怪人の魔術から命を救ってくださってありがとございました」
「ほほほ、私だからいいけどね、それは最初に言うべきだったね」
ニャウは、恥ずかしそうに頬を染めた。
シスターはニャウとタウネを連れ、彼女の執務室へ入った。
◇
「タウネ、そりゃ本当かい?」
夕暮れ時となり薄暗い執務室で、ニャウとタウネは先日の魔獣襲来について話していた。
「ええ、ホントです。あの顔に色を塗りたくった怪人は、確かにニャウのことを『天敵』って呼んでました」
「そうなると、この街を魔獣で攻めようとしたのも……」
シスターは、ニャウの顔をちらりと見ると、途中で言葉を切った。
「シスター、それより、今回のことでギルドから金貨五枚も、もらったんですよ」
思いついたようにニャウが報酬の話をもちだした。
「たったそれっぽっちかい。クル坊のやつ、金に渋すぎるんじゃないか? まあ、でもあんたたちゃまだ駆けだしだから、そんなもんかねえ」
「それでですね、これ、私たちからの気持ちです」
タウネが、洗いざらしだがしわのない布包みを懐から出す。
シスターが布を開くと、金貨が四枚入っていた。
「ふふふ、子どもたちのためを思ってくれたんだね。そうさね、じゃあ、有難くこれだけもらっとくよ。ニャウは、虎の魔獣を三頭も従魔にしたんだろ? あいつら、きっと食費がすごいことになるよ」
シスターは手を合わせ、金貨を一枚だけ手にした。
「ええと、ホントは十二頭いるんです」
「え? まさか、虎の魔獣がかい?」
「はい」
「……あんた、十二頭なんて世話できるのかい?」
ニャウの代わりにタウネが答えた。
「そのことですが、九頭は森で生活してもらって、三頭だけ街に入れようと考えてます。
私とテトル、バックスで一頭ずつ世話するつもりです」
「ふうん、まあやってみな。ダメなら、絶対に無理するんじゃないよ。あいつらの棲みかは、本来が森なんだからね」
「「はい、わかりました」」
「今日はもう遅いから泊っておいき。ララナたちもその方が喜ぶだろうからね」
「「はい、シスター!」」
◇
部屋から二人が出ていくと、シスターは彼女たちが初めて孤児院に来た日のことを思いだしていた。
それは今から十二年前になる。タイラントでは珍しい雪が降った朝、スラムで死んでいる二人の男が見つかった。それはいつものことで珍しい事ではない。
ほんのちょっとだけ特別だったのは、下着姿で横たわる死体のそばに橙色のおくるみが置かれていたことだ。
街の衛士はおくるみに包まれた赤子を孤児院に預けた。
シスターは、「橙色」を意味する名タウネをその子につけた。
その翌日、やはり赤子が孤児院に連れてこられた。
なぜか、この赤子も橙色のおくるみに包まれていたが、連れてきた女性は、かつてシスターが冒険者としてかかわったことがある高位の貴族だった。
事情を尋ねても、なぜか女性はかたくなに話そうとせず、ただ過分ともいえる心づけを添え、涙を流しながら深々と頭を下げた。
赤子には、右手の甲に白い痣があった。大きな丸い形の上に三つ小さな丸が並んでいるそれは、まるで魔獣の足跡のようだった。
シスターは、この赤子に「足跡」を意味するニャウという名をつけた。
相次いで預けられた二人の赤子、その間に関係があるかどうか、それはわからない。
ただ、二人は長じて仲の良い友達となった。
まるで姉のようにふるまうタウネ、そして、まるで妹のように彼女を頼るニャウ。
なにをするにも二人は一緒だった。
そして、タウネは【聖騎士】を、ニャウは【猫】を天職として授かった。
考えてみると、【聖騎士】は代々騎士を担っている家系に生まれることが多いと言われているし、【猫】のようなユニーク職はなおさらのこと、上級貴族の家系に生まれるとされている。
シスターは、そのことを二人に話すつもりはない。なぜなら、二人の間に関係があるかもしれないというのは、あくまで彼女の憶測に過ぎないし、なにより、もし話してしまえば、良くないことが起こりそうな予感がしたからだ。
冒険者という命がけの仕事に長くたずさわり、直感がいかに大切か骨身にしみている彼女は、二人の秘密を抱えたまま墓に入るつもりでいる。
そして、今現在、シスターが心配しているのは、ニャウたちに出された依頼をクルーザから聞かされたからだ。
依頼内容は、貴族の護衛。そして目的地は王都ということだが、元金ランク冒険者独特の勘で、なにかきな臭いものを感じとっていた。
「二人とも、なにがあっても生きぬくのよ」
すでに暗くなった部屋で、シスターは目を閉じ両手を合わせる。
南の空に登った月から高窓を通り、ほのかな光が差しんでいる。精霊のイコンを照らした月の光は、まるで彼女の祈りを祝福するかのようだった。
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