第35話 祭り


 ゴブリン集落の防衛が無事終わり、冒険者たちは三々五々タイラントの街へ帰っていった。

 もちろん、ニャウたちも彼らに続こうとしたのだが、村長のジル爺から待ったがかかった。


「この村を救うため、命まで懸けてくださったあなた方を、このまま帰すわけにはまいりませんじゃ。どうか、祝いの祭りが終わるまででよいから、ここに残っていただけまいか?」


 老ゴブリンが下げた頭に、もう少しで心を動かしかけたニャウだったが、子猫がいなくて寂しく思っているだろう孤児院のララナ、リン、ネムのことを思いだし、やはり断ろうと決めた。


「でも、私の帰りを待ってくれてる人たちがいるから、やっぱり街へ帰りますね」


 ところが、ここで思いもよらない伏兵が現れた。


「おねえちゃん、あそぼ!」


 ロタの妹、イビーだ。

 彼女は小さな顔を期待で輝かせている。


「ええと、お姉ちゃんは、もう帰らないと――」


「ねこたんとあそぶの!」


 ミャンを抱いたニャウは、やはりナウを抱いているイビーと目を合わせることができない。

 母親のラナさんが、娘のイビーをたしなめる。


「イビー、お姉ちゃんたちは、もうお家へ帰らなきゃいけないんだよ」


「やっ、あそぶの!」


 イビーの大きな目が涙でいっぱいになる。

 それを見てしまったニャウは、とうとう白旗を上げた。


「ねえ、タウネ、テトル、バッカス、もう少しだけこの村に残ってもいいかな?」


「だけど、ニャウ、クルーザさんからも、なるたけ早く帰るよう言われて――」


 テトルが言いかけたが、タウネがすぐさまそれに言葉をかぶせた。


「イビーちゃん、一緒に遊ぼうか?」


「わーい!」


 イビーの手を取ったタウネが、顔をテトルに近づけ、小さな声で念を押す。


「あんた、これを見てまだ帰るなんていわないわよね」


 タウネが指さしたのは、満開の花のようなイビーの笑顔だ。

 

「……しょうがないな。だけど、帰るのが遅くなったら、きっとギルマスに怒られるぞ」


「あんた、ギルマスとイビーちゃん、どっちが大事なのよ!」


「ぐっ……」


 タウネが出した難問に、テトルは答えることができない。

 残りの一人バックスといえば、子ども好きの彼は、すでに遊ぶ気満々だ。


「おいらと『賢者の塔』ごっこするか、みんな?」


 バックスが口にした『賢者の塔』ごっこというのは、地球世界ならいわゆる「高い高い」に当たる。

 王都で最も高い建築物、『賢者の塔』にちなんだ遊びだ。

 

「「「わーい!」」」

 

 元気いっぱいのゴブリンっ子たちが、歓声を上げてバックスに駆けよると、そのがっしりした大きな体によじ登りはじめる。

 それを見たテトルも、やっと自分の考えを捨てたようだ。


「しかたない。もう少しこの村に滞在するか……」


「おお! そうしてくださるか! みなのもの、祭りじゃ! 祭りの用意をせい!」


 ジル爺の一言で、村のみなが祭りにむけ動きだした。


 ◇


 かがり火で照らされた夜の広場で、祭りが始まった。

 みんなが座る輪の中へゴブリンの戦士たちが一人ずつ出てくると、魔獣とどう戦ったかを声高に誇っている。

 それを聞いたゴブリンたちが、手を打ち足を鳴らしはやし立てる。

 ひとしきり自分の活躍を語り終えた戦士たちは、大きな拍手とともにそれぞれの家族がいる場所に座った。


「では、次は我が村の英雄、ニャウ殿たちに活躍の様子を語っていただきますじゃ」


 自分の背丈より長い杖を振りまわし、ジル爺がそんなことを言いだした。

 子どもたちを相手に遊んでいたニャウの顔から表情が消える。

 内気な彼女が、ジル爺の要求になど応えられるはずもない。

 ゴブリンたちから期待のこもった視線が集まってくると、ニャウの目にじわりと涙が浮かんできた。


「ニャウねえさんの活躍は、おらが話すだ!」


 広場のまん中へ踊りでたのは、ゴブリンの少年ロタだった。彼は最後の戦いの場にはいなかったから、きっとタウネからその様子を聞いたのだろう。


「よっ! 待ってました!」

「久しぶりに出たね、『語り』のロタ! 期待してるよ!」

「ロタにい、がんばれー!」


 なぜかロタが登場するなり、みんなから喝采をあびている。

 少年は腕を夜空に突きあげ、それに応える。


「聖なる地を汚さんとやってきた、虎の群れとでっかい地竜!

 そこに現れたるは、我らがニャウ姉さんだ! ぱっ!」


 なんの前置きもなく語りはじめたロタは、「ぱっ!」という掛け声の所でくるりと回ると、右手のひらを前に突きだした。

 

「「「よっ!」」」


 そこで絶妙な合いの手を入れる、ゴブリンたち。

 

「その姉さんに従うは、四匹の子猫ちゃんだ! シャー!」


 両手を猫の手にして、ひっかく仕草をするロタ。

 

「「「待ってました!」」」


 さらに盛りあがるゴブリンの老若男女。


「子猫ちゃんが、あっというまに虎の魔獣たちをやっつける、みゃお!」


「「「おおおー!」」」


「ところが、相手も黙っちゃいない。怪人が唱えるは、大風をおこす技だ! ニャウねえさんを、ごーっと竜巻が襲う!」


「「「あああっ!」」」


「ニャウねえさんは、あっというまに空高くまで飛ばされちゃった!」


「「「ええーっ!」」」


「地に落ちれば死は確実! 絶体絶命のニャウねえさん」


「「「きゃーっ!」」」


「そのとき、ねえさんにあることが起こった!」


「「「なになにー?」」」


「ぴこん、ぴゅ~ん! ねえさんの頭にケモ耳が、お尻にしっぽが生えちゃった!」


「「「すっごーい!」」」


「くるくるくるっ! 華麗に宙を舞う、ニャウ猫ねえさん!」


「「「おおー!」」」


「すたんと地上におりると、怪人をジロリとにらみつけこう言った!」


「「「なになにー?」」」


「ぱっ! そんな悪い子は、天が許してもこのニャウ猫が許さない! さあ、子猫ちゃんたち、やっておしまい!」


「「「おおおーっ!」」」


「こちらは、子猫たち。四匹が一つになり、ぐわわわーっ、でっかくなる!」


「「「うおおおーっ!!」」」


「ぶんっ、大っきくなった猫ちゃんが前足をぶんと振ると、ばすーんと怪人をぶったたいた!」 


「「「かっけーっ!!」」」


「あ~れ~と宙を舞う怪人! そして――」


 そこでタウネが割ってはいる。背後からロタをがっしと捕まえると、その口を手で塞いだ。


「は、はい、みなさん、ロタ君のお話はこれでお終いです! 素敵なお話に拍手を。ロタ君でしたー!」


 タウネは暴れるロタを後ろから抱きかかえたまま、ラナとイビーが座る家族席に戻る。

 その横では、広場の中央へお尻を向け、平伏した姿勢となったニャウがいた。

 恥ずかしさのあまり、ぶるぶると身体を震わせている。

 

「ねえたん、ねえたん」


 心配したイビーが、小さな手でニャウの背中を撫でていた。

 

「タウネねえさん、おら話の途中だったのに……」


 ぺたんと地面に座り、口を尖らせるロタに、タウネがニャウを指さす。


「あんた、ニャウを恥ずかしさで殺したいの?」


「そうよ、ロタ。そのくらいにしておきなさいな」


 ラナはそう言いながらも、必死で笑いをこらえている。


「やれやれ、こりゃ、元に戻すのに時間がかかりそうね」


 タウネはイビーと一緒に、亀のように縮こまった友人の背中に手を当てる。

 テトルとバックスは、ゴブリンたちの騒ぎをよそに、戦闘の疲れから座ったまま寝ていた。

 満天に輝く星の下、ロタの物語によって盛りあがったゴブリンたちの宴は、まだまだ続くのだった。

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