第28話 闘いへの準備(一)
ニャウたちは、木々を斜めに組みあわせた円錐形の家に案内された。
家の中は思ったより広く、中央に囲炉裏が切ってあった。
入り口に扉はなく、部屋の隅に布で覆われた区画があるが、それが寝室なのだろう。
地面には床代わりに小さな丸石が敷つめられていて、囲炉裏をとり囲むようになん枚かの毛皮が並べられていた。
テトルたちはゴブリンと話が通じるように、ミャンを抱いたニャウから離れないように立っている。
「よく来なさったね。人族のお客さんは初めてだよ。なんでも、ロタの命を救ってくれたんだってね? 白い魔獣の子を抱いてるから、あなたがニャウさんかい?」
袖なしの茶色い服に、縞模様の腰布を巻いたゴブリン女性がニャウたちを歓迎してくれた。
そこに人族への偏見は感じられなかった。
「あたいはラナ、ロタの母親だよ。さあさ、そんな所につっ立ってないで座っておくれ。こっちは、イビー、ロタの妹だよ。イビー、挨拶おし」
女性の腰布に抱きついている、小さなお人形さんのようなゴブリンがイビーだった。
「ひとぞくこわくない?」
「怖くないよ、ほら、よく見てごらん。みなさん、体が大きいだけで怖いお顔はしてないだろう?」
「うん、ジルじいのほうがこわい」
「ははは、そりゃそうだ。さ、イビー、早く挨拶をおし」
「こんにちわ」
母に言われ、小さな頭をちょこんと下げるイビー。
それを見て母性が刺激されたのか、タウネは目尻を下げ、でれでれした顔を見せている。
「こんにちは、イビーちゃん、あたしタウネ。お姉ちゃんと、お友達になってね」
「おいらバックス。こんちわ」
「俺はテトルだよ。ラナさん、お世話になります」
「私はニャウ、この子はミャンよ、ラナさん、イビーちゃんよろしくね」
イビーはくりくりした目でニャウ、ミャンの順に見ると、子猫に向かって手を伸ばした。
そして、その指にミャンが鼻を近づけると、すごくいい笑顔になった。
「ミャンもイビーちゃんとお友達になりたいんだって? 他にもたくさん小さなお友達がいるんだよ。ナウ、ミイ、ニイ、ここに来て!」
ニャウの言葉で、彼女の前に光の玉が三つ現れる。そして、光は黒猫、三毛猫、尻尾の短いずんぐり白猫となった。
「わあい!」
イビーがラナの元から跳びだして、子猫たちに駆けよる。
「みゃん!」
「なう!」
「みい!」
「にい!」
イビーは子猫たちにとり囲まれて、キャッキャとはしゃいでいる。
子猫たちもイビーが気に入ったようで、背中を擦りつけたり指をなめたりしている。
「テトル、あんたなんでそんな困ったような顔してるのよ」
「いや、タウネ、だってこうなると、ラナさんと話せないじゃないか」
「あんたはどうしてそうなの! イビーちゃんの楽しそうな顔見て、よくそんなこと言えたわね!」
その場の空気を読まないテトルの発言は、タウネをすっかり怒らせてしまったようだ。
「わ、悪かったよ、ごめんねイビーちゃん」
テトルは謝ったが、子猫に夢中になっているイビーからは当然のように無視されてしまった。
黙っていれば貴公子然としているのに、こういうところが残念な少年である。
「そういえば、新しい子猫ちゃんたちのスキルがなにか、わかったの?」
タウネは目を細めて子猫と戯れるイビーを見守りながら、ニャウにそう尋ねた。
「うん、わかったよ。ナウのスキルで、子猫たちのスキルが見られるようになったから」
「へえ、すごいじゃない! で、他の子猫はどんなスキルだった?」
「うん、後で教えてあげる」
「そう、楽しみね。きっとすごいスキルなんでしょうね」
「ふふ、期待してて」
この後、ニャウたちは、子猫を交えイビーと楽しく遊んだ。
◇
ロタが大きな葉に載せ料理を運んでくると、囲炉裏を囲んでの食事が始まった。
外はまだ明るいが、きっとゴブリンたちの夕食はこの時間からはじまるのだろう。
ニャウには白猫ミャンが、タウネには黒猫ナウが、ニルスには三毛猫ミイが、バックスにはずんぐり白猫のニイが、それぞれ膝の上で丸くなっている。
「あらまあ、今日はまたずいぶんごちそうだねえ」
ラナが声を上げる。
みんなの前に置かれた幅広の葉には、ふかした芋らしきもの、ゆでた山菜らしきもの、それに焼いた魚が並んでいる。
これでごちそうというくらいだから、ゴブリンたちは、平素かなり質素な食事をしているらしい。
「ごちそう、ごちそう!」
母親と並んで座ったイビーも、料理を見て目を輝かせている。
小さな口の端には、よだれが浮かんでいるが、よくしつけられているのか、料理に手を出そうとはしなかった。
「その
両手のひらを広げたほどある魚を指さして、ロタは鼻高々だ。
魚は鯛に似ているが、サイの角のように鼻が上に曲がった面白い形をしていた。
ニャウたちをこの家に案内したあと、しばらく彼の姿が見えなかったのは、海へ釣りに出かけていたからだ。
「ロタ、その魚だけど、どうせジル爺さんに穴場でも教えてもらったんじゃないかい?」
「う……まあ、それはそうだけど」
「あまり自慢してると、それこそ角魚みたいに鼻が上に曲がるよ」
「ええっ、そ、そんなあ」
自分の鼻を押さえたロタの仕草が面白くて、イビーが、そして、みんなが笑った。
「では、精霊様に感謝してからいただこうかね」
ラナが目を閉じ手を合わせると、ロタとイビーもそれにならった。
ゴブリンも精霊を崇めていることに驚いたニャウたちだが、それぞれがゴブリンの作法をまねて手を合わせた。
「みなさん、どうぞ召しあがってくださいな」
祈りを終えたラナの合図で食事が始まる。
「へえ、こうやって食べるんですね。美味しいです」
ニャウは、ラナの作法をまねて右手の指先で料理をつまむ。
「ホント、おいしいわ! 食事の前に右手を洗ったのは、こうやって食べるからなのね」
タウネも手を使って料理を口に入れているが、思った以上に美味しかったのだろう、顔をほころばせている。
テトルとバックスは、手で食べることに抵抗があるのか、それともいずれ襲ってくるだろう魔獣のことが頭にあるのか、あまり食事が進んでいない。
ニャウの膝で角魚の白身をもらい、黙々と食べているミャンの方が、よほど食欲がありそうだった。
「にいさんたち、それ残すんなら、おらが食べるよ。
「これ、ロタ! はしたないマネはいけません」
テトルたちがぐずぐずしているから、ロタがラナに叱られることになってしまった。
◇
食事が済むと、外はちょうど夕暮れ時だった。
小屋の入り口に扉がないので、外の様子が丸見えなのだ。
先ほどまでは、ゴブリンの子どもたちが珍しい人族を見ようと入れかわり立ちかわり、入り口から中を覗いていたが、日が暮れてくると姿を消した。自分たちの小屋へ帰ったのだろう。
ラナはテトルとバックスに手伝わせ、小屋の両隅に天井から二枚の布を垂らした。
布で区切られた、二つの小部屋ができたわけだが、そこがニャウたちの寝床になった。
明かりは囲炉裏の残り火だけなので、日が落ちると小屋の中はかなり暗くなった。
小屋の壁際で横になっているニャウが、タウネにささやきかける。
「タウネ、ごめんね。私のワガママでみんなまでまきこんじゃって」
「なに言ってんの、ここに残るって決めたのは私自身だよ。後悔するくらいなら、とっくにダカットさんと街へ帰ってるよ」
タウネは、少しとがめるような口調でニャウにささやき返した。
「ありがとう、タウネ」
「ふふふ、それより、子猫ちゃんたち、一緒に寝るとすっごくあったかいね」
子猫たちは、ミャンとナウがニャウたちのところに、ミイがイビーのところに、ニイがテトルとバックスのところに別れて寝ている。
今夜は子猫の暖かさに包まれ、きっといい夢が見られるだろう。
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