第15話 大男との闘い(二)


 ドラドは空き地の奥に隠してある狭い路地へ逃げこもうとしていた。

 抜け目のないことに、彼はあらかじめ退路を用意していたのだ。

 テトルの挑発で頭に血が昇っていなければ、いつもと違う少年の様子に気づいて、この大男も、もっと警戒していたかもしれない。

 そうなれば、結果は全く違うものになっただろう。

 

(とにかく、この場から逃れさえすれば、あとはどうとでも言い訳がたつ)


 そう考えたドラドは、ひっかき傷だらけの額から目に流れこむ血を袖で拭いながら、空き地の奥へ走っていく。そして、逃走用の抜け道を隠すために置いてあった、古い戸板をがらんと手で払いのける。

 袋小路に見えた空き地に抜け道ができた。

 大男は、人ひとりがやっと通れる、その暗い路地へ勢いよく跳びこんだ。

 そして……


 ゴーンンン……


 次の瞬間、路地へ逃れたはずのドラドの身体は、鐘をつくような音とともに、弾かれるように宙を飛んだ。大男自身にさえ、なにが起こったかわからなかったろう。彼の意識はこの時点ですでに半ば失われていたのだから。

 ドラドの巨体は空き地のまん中あたりまで飛ぶと、背中からバフンと着地し、白い砂ぼこりを上げた。そして、彼は一度だけ背中を弓なりに反らせたあと、白目をむいて大の字で伸びてしまった。

 

「おおっ! 【シールドバッシュ】ってスキル、おいらが思ってたより、ずっと威力があるぞ!」


 バックスが路地から姿を現したが、その右手には磨かれた大盾があった。

 ドラドが路地から弾きとばされたのは、そこで待ちかまえていた彼が、跳びこんできた人影めがけ、出合頭に大楯をぶつけたからだ。

 彼が受けもっていた役割は、袋小路から逃げだそうとする子分たちを、大楯で逃げ道をふさぎ邪魔することだった。ところが事態が思わぬ展開を見せたため、結果として一番美味しいところを持っていくことになった。

 

「バックス、お手柄ね!」


 子どもばなれした少年のたくましい背中を、タウネがばちんと叩く。


「大活躍ね、バックス」


 ニャウも彼の太い二の腕をポンと叩いた。


「ご苦労さん。やっぱり頼りになるな、バックスは」

 

 テトルが拳をつきだし、バックスがそれに合わせた。

 仲間たち全員から褒めまくられて、四角い顔をまっ赤に染めながらも、バックス少年はまんざらでもない様子だ。

 自信のなかった盾職で大活躍できたのが嬉しかったのか、大きな手で慈しむように大楯の表を撫でている。


 そのとき、大通りの方からたくさんの足音が聞こえてきた。

 裏通りを抜け現れたのは、高ランクの冒険者たちだ。

 そして、最後に姿を見せたのは、ギルド受付のメイリンその人だった。いつもの格好と違い、革鎧で身を固めた冒険者姿をしていた。


「みなさん、ドラド一味を捕まえてください! 一人も逃がさないで!」


 メイリンは凛とした声で冒険者たちに告げると、ニャウたちの所までやってきた。

 そして、四人にむかって深々と頭を下げた。


「テトルさん、みなさん、この度は本当にご迷惑をおかけしました」


「いや、メイリンさんのせいじゃないから」


 タウネがとりなそうとしたが、メイリンは頭を上げなかった。


「いえ、今回の件は、ギルドの監督不行き届きが原因です。まさか、ギルド職員までがドラドと通じていたとは……」


 彼らがそんなやりとりをしている間にも、冒険者たちがドラドの子分に縄を打ち、空き地から連れだしていく。

 自分の足で歩けない者は、急ごしらえの担架で運ばれていく。

 もちろん、親玉のドラドも担架に乗せられている。

 降りだした雨が厳つい顔に打ちつけている。

  

「あんなに濡れて、風邪ひかないかしら。あの人たち、これからどうなっちゃうんですか?」


 ニャウが少しばかり気がかりな表情を見せた。あれだけの目にあったのに、この少女はドラドたちのことが心配らしい。

 

「そうねえ。恐喝、脅迫、暴行、金品の強奪。もしかすると人を殺めているかもしれないわ。駆けだし冒険者たちが、ときおり姿を消していたの。

 ドラドは、たとえ極刑を免れたとしても罰金を課されたうえで、管理鉱山おくりになるんじゃないかしら。

 いずれにしても、あいつらが再び冒険者になることだけは絶対にないわ。他国の冒険者ギルドにも報告書が行くことになるから。

 あら? テトル君、君が手にしてるものって?」


 テトルは、胸のポケットから小さな丸い金属球を取りだしていた。


「ドラドの声が、きちんと記録できていたらいいんですが」


 メイリンは、テトルから金属球を受けとった。


「これって魔道具じゃない! こんな高価なもの、どうやって手に入れたの?」


 その球は、『音集めの魔道具』と呼ばれるもので、球にある小さな突起を押せば、決められた間だけ周囲の音を写しとる。音を記録した魔道具は、再び突起を押すことで、その音を何度でも再生できる。

 再生途中で突起を押せは再生を停止することもできる、それは便利な道具だ。

 その分、値段は同じ大きさの宝石と等しいほどもする。

 薬草店の老婦人リーシャから、ニャウが前もってこの魔道具を借りうけていたのだ。


 メイリンが金属球の突起に触れると、記録された音声が流れだした。

 ドラドが最初に口にした言葉から、一言残らずはっきり録音できていた。

 金属球からは、やがて決定的なやり取りが聞こえてくる。


『なにを出せばいいんでしょうか?』


『ふざけんな! 金だよ、金! 依頼達成でもらった金の三割を俺に払うことになってただろうが! なんなら、今日から五割にしてやってもいいんだぜ?』


『ああ、お金のことですか。あっ、そうだ! お金っていえば冒険者ギルドで依頼達成の報酬でもらったうちの三割でしたよね! そうだ! 一割でも二割でもなく三割のでした』


『てめえ、舐めんなよ!』


 そこまで聞いたメイリンは、苦笑いして音の再生を停めた。

 

「完全無欠の証拠だね。だけどテトル君、あなた、これでよく演技だってバレなかったわね」


「ホントよ! もうテトルの大根役者っぷりには、いつバレるかと気が気じゃなかったんだから! ドラドのやつが怒りで我を忘れていなきゃ、きっと計画は失敗してたわ」


「なんだよ、タウネ。さすがにそりゃないんじゃないか? うまくやったご褒美に、昔みたいに俺のこと『テトルお兄ちゃん』って呼んでもいいだぞ」


「なっ、メイリンさんになんてこと聞かせてんのよ!」


 タウネの顔が、熟した果実を思わせるほど赤く染まる。


「そうだよ、テトル。今のは絶対あなたが悪いよ」


「ニャウ……お前だけは俺の味方してくれると期待してたんだけど」


「「シャーッ!」」


「うっ、子猫ちゃんたちまで……俺の味方は誰もいないのか?」


「テトル、元気出せよ。ドラドも捕まったことだし、これからは気兼ねなく冒険できるってもんだろ」


「ううう、バックス、やっぱりお前は頼りになるよ」


 テトルたちが仲間内で軽口を言いあうのを、メイリンは、どこか羨ましそうな顔で眺めているのだった。






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