2.カモとクジラと、ツキの話
ツキの話の続きでもしようかな。
仮に、ツキの流れが見える瞬間があるとしたら、どんな時だろう?
もちろん、運勢なんてもんは目に見えないし、何より自分の運なんてもんを自由にできるわけがない。だって、そんなものは無いからだ。再三の言及になるけど、運の流れなんてもんは突き詰めていけば確率的な事象でしかない。そこに意味を見出すのは人間の勝手な認知だ。
今日は運がいいとか、今日はツイてないとか――そんなもんは主観でしか無くて、起こった事象に対しての反応に過ぎない。
けれど、だ。
ツイてないと思った人間が、次に取る行動は――その主観に大きく影響を受ける。
言わばドツボにはまるのだ。
平常心を失った人間は往々にして下手を打つ。
ツキがない人間が失敗をするのは当然だ。だって、それは順序が逆なのだ。ツキがないから負けるのではなく、負ける仕草をするからツキが無いように見えるだけの話だ。
だから、ツキの悪い人間はパッと見で分かる。
例えばこのバカラテーブルでいうと、右端に居る赤ジャージの若い男性だ。
筋肉質な体格を見るに、スポーツ選手かなにかだろう。彼は先程から、大きく賭けた時に負け、小さく賭けた時に勝つというのを繰り返している。賭け方に思想が見えず、積極的に出ているようで消極的。完全にゲームに翻弄されているのが傍からでも分かる。
こういうあからさまな『負け役』が居るゲームはやりやすい。
だって、そいつの逆張りをすればそれだけで勝てるのだから。
自分のツキは見えなくても、他人のツキは見える。
非科学的だろうか? でも、これは実際にやってみると意外と当たる。落ち目の人間は何をやってもダメだ。きっとそれは、自分の失敗を振り返ってみればよく分かるはずだ。
あとで冷静になると不思議なものだが、人は渦中にいるとまるで自分のことが見えなくなる。まるで自ら裏目を引きに行くかのごとく、間違った選択を取ってしまう。
そして――他人はそんな自分の行動を、存外よく見ているものだ。
「バンカー8、プレイヤー2、バンカーの勝利です」
ディーラーの言葉とともに、赤ジャージの兄ちゃんが苛立たしげに膝を叩いた。テーブルを叩かない自制心くらいは褒められても良いだろう。きれいにチップをスッた兄ちゃんは、悔しそうにうめいた後、肩を怒らせながらチップの追加をするために受付へと向かった。どうやら手持ちの現金も切らしているようで、これは貸付コースだなと生暖かい目で見る。
「アンタ、あいつを知ってるかい?」
不意に声をかけられた。
「ありゃ、プロテニスプレイヤーの浦目だね。あはは、ストイックなスポーツ選手も、一皮剥きゃあギャンブル中毒だってんだから笑えるよ」
長身の女だった。私より5センチくらい高いから、175くらいだろうか。艶やかな黒髪に引き締まったスタイルはモデルのようで、さぞ写真映えするだろう。ピンと伸びた背筋と、ツンと上を向いた顎が彼女の存在感を場に強く刻みつけていた。その堂々とした出で立ちは威圧感すら覚えるほどで、私は思わず身構えてしまう。
「ああ、悪い悪い。脅かすつもりは無いんだ。あたしは
「どうも。
本名で自己紹介をする。一色雅。『一ノ瀬』は両親が離婚する前の旧姓だ。私の場合は芸名の方が知られているので、本名の方がむしろリスクが低い。
鯨波は「へぇ、一色ねぇ。染め手じゃん」となんとも博打好きらしい反応をしてくれる。それを言うなら鯨波はハイローラーだろう。などと冗談半分に思いながら彼女の手元を見ると、チップトレイには最高額の十万円チップが山積みだった。十枚ずつ積んだ山が、一、二、三……、更に細かいチップも積まれている。それだけで、優に五百万はある。
今いるバカラ台はタップテーブルで、ミニマムベッドが千円、マキシマムベットが二十万円だったはずだ。つまり、一回のゲームで賭けられる金額の上限が二十万円である。はっきり言って、闇カジノにしては大人しいお遊びレートだ。そんな中で五百万までチップを増やせるとは、よほど運が太いのか、あるいは――勝ち方を知っているかだ。
まじまじと見てくる私に気を良くしたのか、鯨波はニヤリと笑った。
「ケチくせーよな、この台。マキシマムが二十万なんて、こづかいかよ。ま、ミニバカラじゃ仕方ねぇか。もうちょっと人が揃えば青天井の台も立つんだろうけど、今日は客もすくねぇしな。ちょっと前に大負けした奴が居たからか、他の客がビビっちまってあんまり集まりが良くねぇんだよ。アンタも気をつけなよ」
乱暴な口調で鯨波はぼやく。
バカラにはミニバカラとビッグバカラという二種類がある。
ゲームそのものに違いは無いのだけれど、ミニバカラは全てのカードをディーラーが開くのに対して、ビッグバカラはカードを客がめくることが出来る。俗に言う『絞り』『スクイーズ』と言われるもので、最も多くのチップを賭けた客がカードをめくる権利を得る。
故に、ビッグバカラの方が賭け金の幅が多く、テーブルに寄っては限界のない青天井なこともある。これもバカラが人気のゲームである理由の一つなのだけれども、このカジノでは今そのテーブルが立っていないようだった。
鯨波はそのビッグバカラの方が性に合っているようだった。
「アンタ、見ない顔だけどよ、この店は始めてかい?」
「まあ、そうですけど」
「おっと、詮索してるわけじゃねぇよ。単に、女ひとりで賭場に来てんのが不思議だっただけだ。って、あたしも人のこと言えねぇか。あっはっは」
豪快な女だ。粗暴だけれど、どこか落ち着きのある物腰が、彼女の懐の深さを感じさせる。
「そういう鯨波さんは、慣れてるみたいですね」
「ん? あー、まあな。カジノに限らず好きなんだよ、鉄火場ってやつが。ほら、博打と花火は江戸の華、って言うだろ」
「言いませんね」
それを言うなら火事と喧嘩は江戸の華だ。
とは言え、気持ちはわからなくもない。火事と喧嘩は何が楽しいかは分からないが、博打と花火はなんとも気分が高揚する。どちらも一発当てるのが気持ちいいやつだ。その辺り、どうも私と鯨波は同類らしい。
「なあ、アンタ」
十万円チップを指でいじりながら、鯨波はニヤニヤして尋ねてくる。
「ギャンブルのどういうとこが好き?」
「どういうところって、質問の意味が分かりませんが」
「わかんねーってこたぁ無いだろ。男の趣味みたいなもんでよ、鎖骨のラインがエロいとか、ふくらはぎに付いた筋肉が色気あるとか、そういうの、なんかあんだろ?」
酔ってんのかこの女。
いまいち質問の意図は掴めなかったが、私は雑談に付き合うつもりで答えた。
「まあ――強いて言えば、スリルですかね」
「月並みだな」
「悪かったですね普通で」
初対面なのに自然と気安い気持ちを覚えながら、私は一般論を口にする。
「でも、実際そうでしょ。ギャンブルに依存する理由って、強いストレスによって分泌される脳内麻薬のせいですし」
「ふぅん。勝った時じゃなくて、ストレスがかかっている状態がむしろ良いってことか?」
「そりゃ、勝つに越したことはありませんけどね」
「そりゃそうだ」
「逆に、鯨波さんの方はどうなんですか?」
「ん? あたしか。そりゃあ、そうだな」
彼女は十万円チップを二枚手に取ると、無造作にバンカーの方に賭ける。
いつの間にかゲームが再開していた。
「あたしは――勝つのが好きだ」
ディーラーがカードをめくり、バンカーとプレイヤーにカードが揃っていく。
――ツキの話をしよう。
ツキの悪い人間はパッと見で分かる。なぜならそいつは、自ら負ける行動を取っているからだ。負け癖というのは拭うのが難しく、まるで肥溜めの糞尿のようにいつまでも残臭をまとい続けてしまう。負ける仕草というのはそれくらい自分では気づきづらく、そして他人には気づかれやすい。
対して、ツキの太い人間というのはどういうものだろうか?
「バンカー・ナチュラル9。プレイヤー4。バンカーの勝ちです」
――それは、迷いのない人間だ。
ディーラーが配当を配る。
バンカーの勝ちは、コミッションとしてカジノ側に5%徴収されるので、鯨波の手元に来たのは十九万円分のチップだ。
金額の多寡は気にするところではない。二十万円程度の金額、博打にはまり込めばすぐに端金になる。しかし――その金額をただ賭けるのと、確信を持って増やせるのでは、結果が同じでも意味合いは大きく変わる。
ギャンブルに置いて、勝つ人間は勝つべくして勝つ。
運否天賦が支配する確率の世界だからこそ――勝つべき人間は、確実に存在するのだ。
「ごちそうさん、と」
鯨波は当然といった顔でチップを回収する。その様子を見て私は確信を持った。この鯨波という女は、博打を心得ている。彼女がこのレートで五百万まで勝ちを増やせたのは、おそらく先程の赤ジャージの男、浦目の逆張りをしたのだ。負ける仕草をする相手の逆に張れば勝てる。まるでオカルトじみた話ではあるけれど、ギャンブルを続けていると、それが正しいと思える瞬間がある。
ツキの存在。
それを、深く実感する瞬間がある。
しかし――それを分かっていても、いざチップを増やせるかと言うと、それもまた別の話だ。迷いは流れを悪くするし、ためらいは機会を逃す。必要なのは、大胆なまでの行動力と、ためらわない豪胆さだ。
鯨波には確信があった。
だからこそ――彼女は化け物だ。
「さて、と」
続けて次のゲームに参加しようとした鯨波は、不意に目を細めてじっとテーブルを見る。
「ん――と」
それから、まるで何かを感じ取ったかのように小さく息を吐くと、十万円チップをバンカー側に置いた。
手付きに迷いは感じられない。
しかし、彼女は何かを察したのか、チップをテーブルに置き去りにしたまま、テーブルを離れようとした。
「どこ行くんです? まだ結果が」
「あー、良いって。どうせそれ、外れるから」
こともなげに言い放った彼女は、そのままチップを換金するために奥の部屋に行く。
戸惑いを浮かべたまま、私は半信半疑にテーブルに目を向ける。
そして――思わず息を呑んだ。
「バンカー5、プレイヤー5。タイ。引き分けです」
引き分け……。
同じ数字になると、当然ながら引き分けだ。この場合、タイに賭けた客は8倍の配当をもらい、バンカーとプレイヤーに賭けた客は掛け金を返金される。
奥の部屋から戻ってきた鯨波は、「だから言ったろ?」と愉快そうに笑いながら言った。
そして、返金された十万円チップをひょいと拾うと、指で弾いて私に渡してくる。
「やるよ。記念だ」
「……なんの記念ですか」
「そりゃあ、えっと? あたしらの友情の記念?」
何が友情だ。初対面だろうが。
とは言い返さ無かったが、私はあえて嫌そうな顔をしてチップを受け取った。その拒絶のポーズに気づかなかったのか、鯨波は嬉しそうに言う。
「アンタとはまたどっかで会えると良いな」
「嫌ですよ、あなたみたいな化け物」
「かはは。そいつが分かるんなら、アンタも同類だろ、一色ちゃん」
愉快愉快、と弾むように言いながら、鯨波は手を振って背を向けた。
一連の流れを見ていた私と他の客たちは、ただあっけにとられてそれを見送ることしか出来なかった。
嵐のように去る、と言うよりは、祭りのように過ぎ去っていった。
あとに残った客のうち、一人がぼやくように言った。
「思い出した。あいつ、クジラだ」
それは名前じゃないのかと首を傾げたけれど、何のことはない。ただのあだ名で、その賭けの豪快さと本名から、通称をクジラと呼ばれているようだった。
クジラ、ねぇ。
世の中には、そういうマンガじみた博打打ちも居るものである。
「…………」
私は貰った十万円チップを、無造作にプレイヤーに賭けた。
バンカー5、プレイヤー2
バンカーの勝ち。
十万円は一瞬で溶けた。
私は口角を釣り上げた。
「へっ」
ま、そんなものである。
※ ※ ※
ここで私のスタンスについて改めて明言しておこう。私にとってのギャンブルは娯楽であって、それ以上でもそれ以下でもない。博打でお金を増やしたがるほどお金に困っていないし、そもそもお金が欲しかったら本業を頑張ればいいだけの話だ。ではなぜ、バレたら本業も危うくなるような闇カジノに通っているのかと言えば、そんなもの娯楽に理由なんて求める方がどうかしているとしか言いようがない。遊びに理由がいるだろうか。楽しいことに言い訳が居るだろうか? 快楽を求めることに根拠がいるだろうか? 鯨波は勝つのが好きだと言ったけれど、それを言うなら私は勝負するのが好きなのだ。
つまりは中毒なのだ。
勝負の世界でしか生きられない人々がいる、なんて引用をして格好つけてみたりするけど、実情としてはただのジャンキーだ。アルコール、ドラッグ、ギャンブルの三種はどうしようもない害悪であるのは確かで、けれどもそれから抜け出せないのもまたどうしようもない事実だ。
ま、私は酒を飲まないしドラッグもやらない。
私がやるのはギャンブルだけだ。
博打に酔って、浸りたい。
とどのつまり、私にとっての博打とは晩酌のようなもので、何なら一人で興じるものである。麻雀とかポーカーのような対戦相手が必要なものは別として、ディーラー相手の勝負については、競うと言うよりも放蕩するというのが近い。
酩酊したいのだ。
どうせなら気分良く、遊び呆けたい。
さて――そんな風にいじけたように言うのは、楽しいギャンブルの時間が終わりを告げたからだった。
一人楽しい晩酌は、唐突に終了した。
「君、森須プロダクションの一ノ瀬みやびちゃんだろう?」
このアングラな場所で相手の所属を詮索する時点で厄介ポイント1。続けて、ちゃん付けで名前を読んでくるのが厄介ポイント2。さらには、女の一人客と見るやいなや声をかけてくる所が厄介ポイント3。ついでに、禿げているのが厄介ポイント4。
気持ちとしては数え役満だ。
困ったことに、その数え役満厄介男は、微妙に面識のある人物だった。
何のことはない、テレビ局のプロデューサーだ。確か名前は八嶋Pだったか。ちょっと前に出演した音楽番組の制作プロデューサーで、それなりに実績のあるおっさんだと聞いている。なにせゴールデンタイムの音楽番組だ。おえらいさんに決まってる。
「……人違い、じゃないですか?」
とぼけてみた。
「しらばっくれても無駄だよ。悪いけど、僕は人の顔を一度見たら忘れないんだ」
ダメだった。
大層素晴らしい記憶力をお持ちのようだけれど、どうやら気遣いの心とか常識的な感性なんかはお持ちで無いようだった。そりゃあ、こんな裏の場所で声かけてくるんだから、配慮なんてもんを持っているわけもない。
一応変装してるんだけどなぁ。
察してくれないものだろうか。
「……何の用ですか、八嶋プロデューサーさん」
「おお、僕の名前、ちゃんと覚えていたんだね。いい心がけだよ」
何様でしょうか。
プロデューサー様でしたね。
ピンクのワイシャツに、チェックの上着を肩にかけて前で結んでいる。細身だけどお腹だけは中年太りしていて、全体的に清潔感の無い、いかにも業界人というスタイルが、まごうことなきおっさんだ。何より、笑い方がキモい。
「それにしても、みやびちゃんがカジノに来てるなんてねぇ」
おっさんはあえて視線を外してゲームに参加しながら、しみじみとした様子で言う。
「ダメだよ、みやびちゃん。君みたいなアイドルが一人でこんなところに来ちゃ。確かにカジノは刺激的な場所だけど、同じくらい危険な場所でもあるからね。いやあ、僕と出会えてよかったね。これで君は安全だ」
「………………」
闇カジノというのは広いようで狭い世界なので、たまに知り合いに出くわすことがある。特に芸能界なんてものは清濁併せ持つ泥水みたいな場所だ。表向きは外面という浄水器を通しているので綺麗に見えるだろうが、フィルターがなければそりゃもう飲めたものじゃない。ドラッグ、裏金、不貞とどんとこい。当たり前のようにギャンブル狂いだって居るだろう。ソースは私。というわけで、業界人とニアミスすること自体は、これが初めてではなかった。
ただ、互いに違法賭博という傷を持つ者同士、表沙汰になるとやばいという認識は共有しているので、普通なら無視する。あらあら他人の空似かしら、生き別れの双子かもしれませんわねおほほほ、と見なかったふりをするのがマナーだ。互いに即死級の核兵器を向けあっているようなものなので、素知らぬ顔で照準をそらすのが大人の社交というものだろう。
というか、カジノに来ている時点で同じ穴のムジナなんだから、ちっとは察しろよこのハゲというのが本音だ。
「カジノ――八嶋さんは、よく来られるんですか?」
「え、僕? そうだね、たまに遊びに来るよ」
見ると、八嶋Pは一人のようだった。
闇カジノに来る客はざっくり二種類居て、とにかくギャンブルが好きで仕方ないから一人でも通ってしまうタイプか、もしくは接待かアフターで誰かを引き連れてきているタイプだ。前者はギャンブル中毒、後者は裏社会に関わる俺かっけーな人。
見た所、八嶋は誰も連れていない、一人のようだった。この分類だと、このおっさんは前者の方になってしまうけれど……。
「それにしても」
と。
私が黙っていると、八嶋Pは爬虫類のように目を細めて言った。
「みやびちゃんが闇カジノに出入りしていたなんて知られたら、大変なことになるよね。きっと、今ノリの乗ってるライアーコインも、痛手を負うと思うんだ。そんなの、僕も望んじゃあいない。だって、ライインには今後も番組に出てほしいからね」
「…………」
これ、脅迫されてるよね?
闇カジノに来ているのはお前も同じだろうがとは思うが、しかし社会的ダメージという意味でいえば、アイドルとプロデューサーでは前者の方が大きいのは事実だ。仮にも人気商売。倫理的にアウトなことは、そのまま人気の失墜につながる。
これで八嶋がメディアに露出するタイプのPなら話は別だが、あいにく彼は裏方専門だ。私と彼ではリスクが等価ではない。
つまり、うーん。
面倒だなぁ。
「どうしたら黙っていてくれますか?」
「え! そんな、もしかしてみやびちゃん、僕がこんなこと言いふらすとでも思ってる? それは心外だなぁ。そんな馬鹿なことしないよ。僕だってギャンブルが好きだからね。摘発なんてされたら嫌だよ」
ちっとも心外と思っていない、愉快そうな様子で八嶋は言う。この余裕を見せつけるような態度が余計に神経を逆なでする。
先程の鯨波が見せていた余裕は自信からくるものだったが、八嶋のそれは、自分は寛容だとアピールするためのものだ。虚勢もここまで来ると滑稽だし、何より生理的に嫌悪感を覚える。
私が黙っているのを良いことに、八嶋は調子よく続ける。
「そうじゃなくてね。君が一人で来ているのが、危ないって思ったんだ。ほら、お金が絡む場所だからね。やっぱり男性がついていた方が安全だと思うんだよね。それに、せっかくお互いにギャンブルが好きなんだ。どうせなら、一緒に楽しむのも良いんじゃないかな?」
話を要約すると、一緒に遊ぼうということだろうか?
まあ、私も純真無垢な生娘ってわけじゃない。言葉の裏くらい読み取れる。本当に、この手の誘いは面倒だ。特に下心を隠さない態度が面倒くさい。彼としては、私に良い所を見せつつ恩を売る心づもりなのだろうけれど、まずその姑息さが気に食わない。まだしも直接誘われた方が気分いい。最も、誘いに乗るかは別の話だ。このおっさんはさすがに好みじゃない。
さて、どうするか。
「それでねえ、これは提案なんだけど――」
「バカラ、お好きなんですか?」
八嶋の言葉にかぶせるように、私は言った。
「カジノは、よく来るって言われてましたよね。バカラは、得意なんですか?」
「うん、そうだね。カジノって言ったら、やっぱりバカラだって思うかな。得意ってほどじゃないけど、セオリーとかはそれなりに知ってるよ」
急に私から話を振られて戸惑ったようだが、八嶋はすぐに嬉しそうに答えた。
自分の好きな話を振られて嫌がる男は居ない。ましてやそれが、詳しい事柄ならなおさらだ。案の定、八嶋は話に乗ってきた。
それなら――
「実は私、バカラはルールくらいしか知らないんです。ブラックジャックならそれなりにやるんですけど。だから――よかったら、教えてくれませんか」
「仕方ないね。そういうことなら、良いよ、教えてあげる」
恩着せがましい気持ち悪い。
けど、やっぱり誘いに乗ってきた。
狙っている女が頼ってきたんだ。男としたら気分がいいだろう。優位に立てるという優越感。それを与えてやれば、強引さは多少減る。
あとは――
「ギャンブルなので、せっかくなので勝負しながら教えて下さい」
つまらない時間もこれで少しは楽しくなるといいな。
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