11.みやびが環季を倒す理由
以上が、事の顛末。
私が今邑環季と友だちになって、そして、巡り巡ってヤクザの事務所で事情聴取を受けることになるまでの一連の流れだった。
「話を整理しましょうか」
先程の私と同じように、櫻庭さんは改めて話を仕切り直した。
「一色さんは今邑環季と友だちになり、その時に、今邑環季の交際相手である新藤蛍汰とも面識を持つことになった。その新藤蛍汰が、何故かあなたに対して一方的にカジノを紹介してきた。それを不審に思ったあなたは、今邑環季を呼び出して事情を確認しようとした。そこに、无影の構成員と、我々が居合わせた、と。なるほど、辻褄は合います」
「あなたがた、上實一家と……その、そこの――」
私は少しだけ言いよどんで、後ろをちらりと振り返る。
そこには、手ひどい暴力を受けて顔の原型がとどめていない大男の姿があった。口の中を切っているのか、呼吸とともに血が泡となって口元からこぼれ落ちている。
見るに堪えない姿にいたたまれないものを感じつつ、私は櫻庭さんの方に視線を戻す。
「そこの男の人は、どうして環季ちゃんをさらおうとしていたんですか?」
「それをあなたに言う義理があると思いますか、一色さん」
「私は何も知らずに巻き込まれています。理由くらい、知る権利があると思いますが」
なにせ、軟禁までされているのだ。
あの広場での大立ち回りの後、私は櫻庭さんから半強制的に連行されて上實一家の事務所まで連れてこられた。ちなみに、英知くんは別室で待機させられている。
連れてこられる際、櫻庭さんから「安心してください。無駄な暴力は使いませんよ」というありがたいお言葉を頂戴したので、私と同様に英知くんも無事だとは思うけれど――逆に言えば、無駄でない暴力は振るうということなので、いつ後ろの大男のようになるかわからない。なにせ、目の前にいるのは暴力を生業としているプロなのだから。
この場における賢い選択は、この件に関して私達が無関係であることを必死で主張して、何事もなく解放してもらうことだろう。
けれど――これだけの事があって、何事もなかったかのように日常には戻れない。
「義理というのなら、そもそも私は、櫻庭さんにルーレットディーラーの捜索を頼んでいましたよね? もしそれがきっかけで環季ちゃんが追われているというのなら、私にも責任の一端がある。櫻庭さんとは、ディーラーが見つかったら私に教えてくれる約束をしたはずです。その義理くらいのつながりは、あるんじゃないですか?」
私の屁理屈に、櫻庭さんは苦々しそうに顔をしかめた。
「……残念ながら、それは的外れな考えです。私が今邑環季の存在を知ったのは、ディーラー捜索とは別の話でした。しかし――まあ、彼女が中心人物となる理由に、ルーレットの技術があるのは確かですが」
嘘がつけない性格なのかそれとも人が良いのか、櫻庭さんは言いよどむ。
そんな彼に、私は重ねるように聞いた。
「教えて下さい。環季ちゃんは、一体何に巻き込まれているんですか?」
「……わかりました。私としても、一色さんとの関係を悪くするのは本意ではありません」
良いでしょう、と言ってから、櫻庭さんは事情を説明し始めた。
きっかけは、歌舞伎町で起きた暴力事件。
カジノ『シルエット』が潰れた理由と、その裏で起きていた、中華マフィア『无影』と赤津組の抗争。その引き金を引いた新藤蛍汰という半グレを探していること。
そして、今邑環季のルーレットが、抗争の道具にされていたこと。
「もともとは、新藤蛍汰を探す過程で、その交際相手である今邑環季の姿が浮かび上がってきたのが始まりでした。しかし調べていくと、今邑環季の守りは固く、中々接触するのが難しかった。必ず、周囲には半グレや无影と言ったガラの悪い男の姿がありました」
「……環季ちゃんを守っていた、ということですか」
「護衛兼、監視と言った感じでしょう。それくらい、今邑環季の存在は、相手にとって重要だった。――厳密に言えば、今邑環季のルーレットの技術が、ということですが」
環季ちゃんのルーレットは、カジノが確実に勝てるゲームだ。
環季ちゃんの腕前なら、通常のルーレットであっても客の出目を必ず外すことが出来るし、その上、ヒットチャレンジルーレットの存在がある。あの一見するとカジノ側が不利でしかない高額のギャンブルは、実態としては客が次々と大金を溶かしていくイカサマゲームだった。
「負けがこんだ端羽尚樹が最後に行ったのも、ヒットチャレンジルーレットだったそうです。彼はあのゲームに挑む前に、オーナーである新藤から言われたそうです。『あなただけは勝たせます』と」
カジノ側が不利にしか見えないゲームだとしても、環季ちゃんが出目を一度も外さないとなるとさすがに客も離れていくだろう。そのため、パフォーマンスとしてたまに出目を外して見せていたのだという。もちろん、それは店が用意したサクラで、客には一度も儲けさせていなかったそうだが。
そのサクラとしてゲームをプレイしてもらうように端羽を誘い、裏切った上で、无影が裏にいる闇金で多額の借金を背負わせた。
すべて、環季ちゃんのルーレット技術を前提とした罠だった。
「つまり――あなた方にとって、環季ちゃんのルーレットが最も邪魔だと言うことですよね」
「まあ、そうなりますね」
あっさりと櫻庭さんは首肯した。
「今邑環季に商品価値がある限り、无影は新藤を守り続ける。あのルーレットは、資金源としてあまりにも強すぎる。まあ、そのうち新藤は切り捨てられるでしょうが、そのときには歌舞伎町での无影の影響力は無視できないものになっているでしょう」
「……その前に、始末すると?」
「物騒なことを言わないでください。あくまで平和に解決したいと考えています。少なくとも、仲裁を頼まれた上實一家としては」
その平和な解決というのが、後ろで半殺しにされた大男のようになるとも限らない。
と、そこでふと疑問がよぎる。
「待ってください。无影は環季ちゃんを守っているんですよね。それなのに、なんで今日、環季ちゃんは无影の人に連れ去られそうになっていたんですか?」
喫茶店を出てすぐの所で、環季ちゃんは大男に連れ去られそうになった。もし无影が彼女を守っているとしたら、その行動は不自然に見えるのだけれど。
私に疑問に、櫻庭さんはなんてことがないように答える。
「その答えなら、今しがた、本人から聞き出しましたよ。それもまた、内部抗争の一環です。つまり、无影の中でも一枚岩ではなく、新藤蛍汰の独断専行を良しとしない勢力がいるようです。彼らは今邑環季を捕らえて、新藤に釘を差そうとしていたそうですが、そこにちょうど我々が現れてしまったという話でした」
「……なんですか、それ」
そんなの、環季ちゃんの周りは敵だらけってことじゃないか。
私が黙り込んだのを良いことに、櫻庭さんはなだめるように言ってきた。
「中途半端に関わったからこそ、あなたには事情を説明しましたが、もうコレで十分でしょう。あなたは何も知らなかった。新藤蛍汰と赤津組の諍いも、そこに中華マフィアが関わっていることも、その争いの中心に今邑環季がいることも――何も知らない。それで手を打ちましょう」
「……勝手なこと、言わないでください」
環季ちゃんのことを何も知らないだって?
私のファンのことを何も知らないだなんてそんなの――口が裂けたって、言えるもんか。
深呼吸。
こめかみを指で叩く。
でも実際、関わる覚悟があるか?
ついさっき、私は環季ちゃんの裏の顔を見て、拒絶しようとした。依存心の強さと被害者気質。不幸でいる現状を受け入れたその姿は、第三者が救うにはあまりに終わっている。
こめかみを指で叩き続ける。
自ら望んで被害者で居続ける人を救うには、同じ目線にまで落ちていかなければいけない。一歩間違えれば、共倒れの危険がある。経験上、それは嫌というほどに分かっている。それには被害者を受け入れる共感性とともに、被害者に引きずられないような強靭な意志が必要だ。その覚悟が、私にはあるか?
指が痛い。叩き続けたこめかみがしびれ始める。なのに、嫌な感情がくすぶり続ける。ああ畜生。なんでこの靄は消えないんだ。こんなに叩いているのに、なんで――
そのまま乱暴に自分の頭を拳で殴りつけ、そのままうずくまった。
それ以上何も言えずに。
私は嗚咽を漏らしながらうずくまることしかできなかった。
※ ※ ※
上實一家の事務所から解放された私と英知くんは、タクシーに乗って渋谷にある芸能事務所まで戻ることにした。
「みやびちゃん、大丈夫ですか? 怖い目に合わなかったですか?」
英知くんの方も手荒な扱いは受けなかったようで、しきりに私のことを気にしていた。私はと言うと、身体はともかく精神的に参っていたので、生返事を返しながら窓から見える夜の街並みを眺めていた。
一つ、やりたいことがあった。
「ねえ、英知くん。一箇所だけ、付き合ってくれる?」
行き先を告げると、英知くんは猛反対してきた。けれど、私は頑として行くと言い張った。タクシーの中でするにはみっともないほどの口論になったけれど、最終的に私が泣き出したので、英知くんは私を宥めながら渋々了承してくれた。
行き先を渋谷から新宿に変える。
ネオンと喧騒で包まれた夜の街、歌舞伎町。傍から見ると若い女二人で、その治安の悪い街中をずんずんと歩いていく。
目的地であるサロン『モノクローム』は、雑居ビルの地下でひっそりと営業していた。
まず一階に入っているエステサロンで、紹介の名刺を見せる。身元の証明と警察関係者ではないことをしつこく聞かれた後、裏口の側の階段から闇カジノへと案内された。
闇カジノ『モノクローム』は、『シルエット』に比べるとこじんまりとした店舗だったが、それでも広々とした空間が広がっていた。教室二つ分くらいだろうか。あるのはバカラ台二台とブラックジャック台が一台、そして――ルーレット台が二台。そのうちの一台、中央に置かれたクラシカルなルーレット台は、あのヒットチャレンジルーレットで使われていた骨董品のルーレットである。
そのルーレット台では、環季ちゃんがヒットチャレンジルーレットをしていた。
観客は十数人程度。
その中には、『シルエット』の時に見かけた客もチラホラと見えた。良い感じに盛り上がっており、その歓声に、他のギャンブルをしていた客たちも吸い寄せられるように見学に集まっていた。
環季ちゃんは、『シルエット』で見たときと同じように、ハツラツとした様子でディーラーを務めている。昼に拉致されかけたとは思えないくらいに、堂々とルーレットを回している。キラキラとして見えるその姿は、私が見惚れた彼女の姿に他ならなかった。
その姿を眩しく思いながら見ていると、後ろから声をかけられた。
「来てくれたんだ、一色雅ちゃん」
振り返ると、そこには新藤蛍汰が居た。
彼の姿を見た瞬間、英知くんが間に入って私を背中側に隠してくれた。敵意丸出しの剣呑とした視線を向ける英知くんだったが、新藤はヘラヘラとした態度でそれを受けた。
「なんだ、友だちまで連れてきてくれたんだ。嬉しいね。ぜひ楽しんでいってよ」
「……あなた、ヤクザに追われているんじゃないんですか?」
随分と堂々と現れたので驚く。
それに対して、新藤は怪訝そうに顔をしかめる。
「あ? なんでアンタがそんなこと知って――ああ、いや。そうか。今日、環季のやつがヤクザに追われたって言ってたな。どうせ赤津組の奴らだろ。もしかして、そいつらから聞いたの?」
「環季ちゃんが拉致されそうになったの、知ってるんだ。なのに、なんで今日も彼女を働かせてるの?」
信じられない、と。私は怒りと悔しさが綯い交ぜになった感情をぶつける。
「あんな事があったのに、普通は、怖くてたまらないはずだよ。そんな子を働かせるなんて何考えてるの。休ませるべきでしょ」
「そんなこと、アンタから言われる筋合いじゃねーけど?」
新藤は苛立ったように雑に言う。
「それに、別に強制なんかしてねぇって。環季は休むなんて言わなかったから、そのまま出勤させただけだって。うちのエースを訳のわからん理由で休ませるわけには行かないからな」
気遣いのかけらもない口調に頭がくらくらする。
なんでこんなやつが、環季ちゃんの彼氏なんだろう。こんなやつじゃなかったら、環季ちゃんは身の危険なんて感じなくていいのに。
私がわなわなと震えていると、新藤は軽薄な様子で言った。
「ま、楽しんでいけよ。オレとしちゃ、アンタが来てくれただけで十分だからな。騙したりカモったりなんかしねぇから、後は好きにやってくれりゃ良い」
「……私がここに来るだけでいい?」
それ、どういう意味だ?
怪訝な顔をする私に、新藤は得意げに言った。
「あいつ、最近見るからにやる気なくしてたんだよね。どうもオレのことを舐めてるみたいだから、アンタを連れてきたら、ちょっとは危機感持ってくれるかなって思ってさ。環季のやつ、アンタの正体隠そうとしてたから、そんなのは無駄だって教えてやりたかったわけ」
「……じゃあ、私がアイドルだってこと、環季ちゃんに聞いたわけじゃないのね」
「聞いちゃいねぇけど、分かるに決まってるでしょ。あいつどんくさいんだからさ」
ああ、もう。
馬鹿にするな、馬鹿にするな、馬鹿にするな。
情緒が不安定な時はとことん駄目だ。私は目尻に浮かびそうになる涙を必死でこらえる。普段ならこんな程度で泣いたりなんかしない。人前で涙を見せるなんてアイドル失格だ。こんな自分なんて嫌いだ。
自己嫌悪感に死にたくなりながら、私はぷいと新藤からそっぽを向く。
新藤は「あらら、嫌われちゃった」と軽口を叩きながら、英知くんの方を見てニヤリと笑う。
「じゃ、友だちちゃんも楽しんで言ってよ。一応、店のやつには、あんたらにちょっかいかけないようにオレの方から言っとくからさ」
「それはどうも」
英知くんが冷めた口調で機械的に礼を言う。ここまでの流れで、英知くんもそれなり怒りを覚えているようだった。
新藤が去った後。
私は環季ちゃんのヒットチャレンジルーレットを見に行った。
ステージ上で、環季ちゃんは活き活きとディーラーを演じている。あんなに怖い目にあったのに、あんなに取り乱していたのに、そんなものは影も見せずに、カジノの女王と称されるゲームを見事に掌握しきっている。
「さあ、三人目のチャレンジャーはこちらの男性です! 本日最後のヒットチャレンジルーレット! 果たしてこの方は、今邑に勝つことが出来るでしょうか!」
では、スピンアウト――と、宣言してボールを投げた直後だった。
環季ちゃんと目があった。
「…………ッ!」
環季ちゃんは呆然と固まってしまった。
投げられたボールがトラックを走っている。シュンシュン、とボールが走る音と、ウィールに注目する観客たち。その中で、環季ちゃんと私だけが、互いを見つめ続けていた。
彼女の心境を表すように、ボールは出目に入る直前で大きく跳ねた。しかし、それすらも計算されていたかのように、ボールはワンバウンドした後、客が指定した出目の中にすっぽりと落ちていった。
歓声が沸き上がる中、環季ちゃんは黙ったまま静かに目を伏せる。数秒の時間黙り込んだ後、まるで自分の中でのスイッチを切り替えたように、晴れやかな笑顔で言った。
「ごめんなさい、今回もお店の勝ちです! いやあ、今邑の強運見ましたか? これだけルーレットに愛されているのだから、今邑が出目を外すわけがないんですよね」
私はそれを最後まで見ずに、ルーレット台に背を向けた。
ずんずんと歩く私に追いすがるように、英知くんが声をかけてくる。
「みやびちゃん、急にどうしたんですか。もう帰るんですか?」
「うん。そうする」
私が帰ると分かったからか、英知くんは安堵したようにそっと胸をなでおろした。そのまま何もせず、私達はカジノ『モノクローム』を後にした。
私の自宅まで英知くんは見送ってくれた。
マンションの部屋の中まで同行してくれて、しっかり戸締まりをさせてから、「今日はゆっくり休んでくださいね。調子が悪かったら、明日のスケジュールも見直しますから安心してください」と、最後まで気遣いを見せてから、英知くんは帰っていった。
「……ごめんね、英知くん」
一人になった私は、すぐにスマホを取り出すと、櫻庭さんに電話をした。
「どうかされましたか、一色さん」
「カジノ『モノクローム』に行ってきました」
単刀直入な私の言葉に、櫻庭さんは一瞬言葉をなくした。彼はすぐに取り繕いながら、怪訝そうな声を向けてくる。
「何をしているんですか。そこは新藤と无影の拠点のようなものです。あなたはもう関わりがないのですから、危ない場所には行かないほうが良いですよ」
それは、真剣に私の身を案じてくれているようだった。まったく、人が良い。櫻庭さんはヤクザらしい冷徹な面もあるが、無関係なカタギにはこういう人の良いところを見せてくれる。
しかし――ひと度関係することになったら容赦をしないことも、今日のことで嫌というほど分かってしまった。
それでも、私はそれをやれるか?
「櫻庭さん。確認です」
「何でしょう?」
「上實一家としては、赤津組と无影の抗争に落とし所を探している所なんですよね。それには、間に立っている新藤蛍汰を捕らえるのが一番早い。けれど、新藤には環季ちゃんのルーレットという強い武器があるので、无影もそれを守るのに必死だ。そうですよね」
「そうですね。違いはありません」
それがどうした、と櫻庭さんは言外に言ってくる。
彼に対して、私は続けて自分の考えを言う。
「无影にとって、環季ちゃんのルーレットは資金源の一つですが、それを気に入らないグループも内部にいるんですよね。だったら――環季ちゃんのルーレットが、彼らにとって資金源としての意味をなさなくなれば、无影にとっては新藤も用済みになる。違いますか?」
「…………」
櫻庭さんは私の言葉を聞いて考え込む。
彼はすぐに、「それで」と私の意図を聞いてきた。
「一色さん。あなたはそれを確認した上で、私に何を要求するつもりですか?」
「要求だなんてとんでもない。ただ私は、自分に出来ることを提案したいだけです」
本当にそんな覚悟があるのか?
それを提案してしまったら、後戻りできなくなるぞ。
何度も自問するたびに、脳裏に環季ちゃんの顔が浮かび上がる。
くるくると変わる表情。『みやびちゃん!』と嬉しそうに呼びかけてくる声。どんくさいからと、寂しそうに言う姿。私が何かを話すたびに、その一つ一つに大げさに喜んでくれた。ギャンブルの話をするときだけ切なそうにするのが申し訳なかった。アイドルへの熱い思いをいつも全力で口にしていた。フィギュアが好きで造形師になりたいって夢を教えてくれた。テンパってワタワタする姿が可愛かった。取り乱して不安に顔を歪めるのが可哀想だった。感情を隠すのが苦手で、喜怒哀楽がはっきりと見えるのが好ましかった。
環季ちゃん。
環季ちゃん、環季ちゃん、環季ちゃん、環季ちゃん――
ルーレット台を前に、堂々と立つ彼女の姿が見える。
その眩しいはずの姿が、今日ははとても、泣いているように見えたから――
「私が、環季ちゃんのルーレットを攻略してみせます」
私はその覚悟を口にした。
※ ※ ※
さあ、これで後戻りはできない。
挑む相手は、正確無比なカジノの女王。
絶対に出目を外さない人外のルーレットディーラーに、出目を外させてその価値を失墜させてみせよう。
それこそが、今邑環季を救う、一つの方法なのだから。
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