アイドルみやびはギャンブルがお好き
西織
アイドルみやびはギャンブルがお好き
EP1.バカラ賭博で遊びましょう
1.今日も気分は闇カジノ
ギャンブルがしたい。
ふとした瞬間に覚える慣れ親しんだ衝動は、もはや中毒症状だ。
不意に湧き上がってくる衝動に引きずられて、私はふらりと博打を打つ。賭けるのは何でもいい。お金だろうが人生だろうが、賭けのテーブルに乗ればそれはギャンブルだ。
選択をして、一呼吸の後に出る結果に、背筋が震えて下腹部が熱くなる興奮を覚える。
もちろんギャンブルだから勝ちもすれば負けもする。どんなに勝算を積んでも負ける時は負ける、それが博打だ。それを理解してないやつはギャンブルなんてやるもんじゃない。勝とうが負けようが、結果を事実として受け入れる人間でないと食い殺されるだけだ。
とは言え、結果を粛々と受け入れたとしても、負けたら普通に悔しいに決まっている。前言を覆すことになるが、負けた時に悔しがれ無いやつはギャンブルに向いちゃいない。だからまあ――ギャンブルの失敗についての思い出ならいくらでもあるけれども、話しても苦々しいだけなのでご勘弁願いたい。せいぜい、給料日に給料全額スッたくらいが笑い話として適切だ。
それよりも、せっかくなので勝った話をしよう。
夢のある話だ。
どうせギャンブルをするなら、でっかく賭けてもいいだろう。
見てのとおりギャンブル中毒な私は、高校卒業のタイミングで人生をチップにベットした。
進路も何もかも放り投げて、唆されるがままに挑戦して、そして――
一ノ瀬みやびは、アイドルとして成功してしまった。
まあ、人生もギャンブルみたいなものだ。こういうこともあるさ。
※ ※ ※
事務所の休憩室に置いてあるテレビから、先日収録した番組が流れている。私の所属するユニット『ライアーコイン』の初めての特番だ。
画面に映った自分たちの姿を、私はソファーに深く身を預けて漫然と眺める。
『――それでは、みなさんのオフの過ごし方について教えて下さい』
闇カジノ通いです。
なんて言えるわけがない。
画面の中でアイドル衣装を着た私は、営業スマイルを振りまきながら答える。
『少し恥ずかしいんですけど、最近バー通いにハマっているんですよ。同じお酒でも、お店によって全然感じ方が違って、一期一会だなって思うんです』
嘘じゃない。
バーに行くのは本当だ。ただ、ちょっとアンダーグラウンドな酒場なだけである。紹介制でしか来店出来なくて、二重ロックと監視カメラがあって、ゲーム用のテーブルが置いてあるような、お酒が飲み放題のバーだ。たまに公権力が
ああ楽しいかな夜のお店。
脳内でカードがめくれる音を聞きながらテレビを眺めていると、休憩室に誰か入ってきた。
「お疲れ様でーす」
小柄で可愛らしい我らがセンター、
同じユニットで活動している彼女は、真っ直ぐに冷蔵庫に向かってお茶のボトルを手に取ると、小顔を可愛らしく傾げて聞いてくる。
「みゃー姉、まだ帰ってなかったんだ。何してんの?」
「こないだ撮った特番。ほら、今日放送日でしょ」
「うげ、自分の出てる番組なんてよく見れるね。絶対面白くないじゃん」
「あのねー。私達は人に見られてなんぼの仕事なんだから、客観的にどう見られているかはちゃんと把握しとくべきだって。ま、面白くないのは同感だけどさ」
画面の中の自分を見てると、よくもまあ、ポンポンと営業トークが口から出てくるもんだと尊敬の念すら覚える。お酒が好きというアイドルらしからぬ話題を、にこやかに親しみやすく話している。
最も、内心では『今日はどこのカジノに顔を出そうか』などと考えているのだから始末に負えない。
「あーあー。みゃー姉ってば、もっともらしくお酒の話をしちゃって」
面白くないといいつつ、暇なのか夏恋ちゃんも私の隣に座って番組を見始めた。
人前ならいざしらず、オフの私はじろりと遠慮なく睨めつけながら言う。
「なあに、悪い?」
「だってみゃー姉さ。バー通いとか言いながら、通ってんのホストクラブじゃん。アイドルが男遊びなんて、やーらしーんだ」
「失敬な。そこまでホストばっかり行ってないわい」
少しは行ってるけどね。
趣味の一環なので欠かせないのだ。
「そういう夏恋ちゃんだって、人のことは言えないでしょ」
私がそう言い返すとほぼ同じタイミングで、画面の中の夏恋ちゃんがオフの過ごし方について話している。『れんれんはー、ショッピングですかねー。やっぱりストレス溜まったときって、お金をパァッと使うと気持ちいいじゃないですか。好きな人へのプレゼントとか、あたしついつい買っちゃうんですよ』と、捉えようによっては問題発言に聞こえるような趣味を暴露している。とは言え、彼女は小悪魔系で売っているので、そういう所もまた魅力として映っている。
最も、散財は散財でも、真実は微妙に違うのだが。
「『プレゼント』ねぇ……。ゲームのアイドルに貢ぐのも、物は言いようね」
「貢いでないし、推してるだけだし。健全だから!」
夏恋ちゃんは女性向けアイドル育成ゲーム『ナイツプリンス』通称ナイプリに二年前からドハマリしている。イケメンで新人アイドルなキャラたちを、なんやかんやしながら成長させるゲームだ。
この手のソーシャルゲームをやったことのある人なら分かると思うけど、下手なギャンブルよりえげつないガチャというシステムが存在する。
まあ、身を滅ぼさない程度のギャンブルはお遊びだ。本人が納得しているなら文句は言うまい。
それよりも、同じユニットメンバーとして一つ気になるのが……。
「……前から思ってたけど、仮にも女性アイドルが、ゲームとは言え男性アイドルを追っかけているのってどうなのよ? 二次元のイケメンにうつつを抜かしているなんて、私のホスト遊びよりも笑えないでしょうに」
「ナイプリは現実だけど世間的には二次元だから炎上しないし、それに推しと同じ仕事してるってだけで興奮する」
「あー、はいはい」
さすが廃課金。面構えが違う。
そんなやり取りをしていると、画面ではユニット最後のメンバーである、
現役高校生の手毬ちゃん。うちのユニットで一番年下ながら、高身長でスタイルのいいクールビューティ。それでいて、どこかぼんやりとしたところのある彼女は、番組中の質問に対して、『ネコ……その、猫カフェが、好きです。一緒にお昼寝すると、ぐっすり眠れます』と、硬い表情を緩めながらほわほわとした声で言っていた。
「ねえねえ。私達の末っ子めちゃくちゃ可愛くない?」
「激しく同意。何この子、でっかい天使じゃん。推しの次に可愛い」
二人してだらしない顔で画面を眺めた。
手毬ちゃんのことを、私達は末っ子みたいに可愛がっている。年齢的に、私が一番年上で長女役、次に大学生の夏恋ちゃんが次女で、手毬ちゃんは高校生だから末っ子、というのがなんとなく決まった私達のポジションだった。
三人組アイドルユニット『ライアーコイン』
通称・ライイン
表もあれば裏もある。
可愛い花には棘がある。
可愛らしさとかっこよさのどちらも演じる、実力派アイドルユニットというのが私達のコンセプトだった。
デビュー最初の仕事が、パチンコのキャンペーンガールだったこともあり、ファンの年齢層は若干高い。実際、メジャーデビューして曲が売れた今でも、そういうアダルト寄りのお仕事がよく舞い込んでくる。
仕事は順調。毎日が充実している。世間様にも顔向けできる。
ろくでなしの人生を歩く可能性が高かった私にとって、今のアイドルという職業は、下手な一般企業よりも安定した生活を保障してくれている。それに、日々何が起こるかわからない仕事なので、スリルも合って私好みだ。
「そういえば、レンちゃん。今日、
「てーちゃんの付き添いだって。ほら、こないだオーディション受かった演劇の」
「そっか」
英知くんというのは、私達のユニットのマネージャーだ。私達よりも年上なのだけれど、なよっとした所が、くん付けで呼ばれる所以だったりする。
「じゃ、英知くんが帰ってきたら連絡頂戴って言っといて。私は先に上がらせてもらうから」
テレビで放送されていたライインの特番も終わったので、私は立ち上がって伸びをする。
時間を確認すると、二十時を過ぎた所だ。ちょうどよく時間が潰せた。
「急いでるみたいだけど、なんか用事? あ、さてはホストだな」
「人をホスト狂いにするんじゃありません。――ま、ご想像におまかせ。成人したら連れてってあげてもいいよ」
じゃあね、と手を振って事務所を出た。
ま、ホストも行くけどね。本命は違うのだ。
※ ※ ※
酒、タバコ、ギャンブルは散財する三大要素だが、その中でも、ギャンブルのたちの悪さは群を抜いている。
なにせ違法だ。
刑法第二編第二十三条『賭博及び宝くじに関する罪』。日本において、公営競技以外での賭博は前科がつく。加えて、ギャンブルには依存症や多重債務の危険が伴うので、そもそも印象が悪い。
趣味はギャンブルです、なんて言うやつは、その時点でヤバい奴だ。間違いない。
キャンペーンガールとしてパチンコの宣伝はしても、パチンコ店に早朝から並ぶくらいハマってますだなんてことは言えない。。仮にも夢を見せるのが仕事だ。見せられる毒には限度がある。
ましてや、それが非合法の賭場となれば、もはや言い訳のしようがないだろう。
逮捕なんかされた暁には一発で引退だ。刑罰の執行には猶予がついたとしても、人気商売の暴落に執行猶予などというものはない。
「破滅するって分かってながら行く辺り、すでに末期だよねぇ」
にへらっと自嘲げに顔を歪めながら、私は歓楽街を迷いなく歩く。
今の格好は、膝丈まで隠れるコートを羽織っているが、その下には派手目のフレアドレスを着ている。頭にはパーマのかかったロングのウィッグを着用し、化粧も明るめにしているので、一見すると夜職の女のように見えるはずだ。
アイドルとしての一ノ瀬みやびは黒髪ショートの清楚系で売っているから、今みたいなギャル風ファッションはあまり見慣れないはずだ。変装というほどではないけれど、用心の一環みたいなものだ。それに、こういう派手なファッションは夜の街に馴染む。
「えっと。マサキが言ってたお店は……」
行きつけのホストクラブにマサキというキャストが居る。
彼は賭場の情報などに詳しくて、新しく出来た闇カジノの情報などを流してくれる。言わばブローカーのようなものだ。今日はクラブには行かなかったけれど、メールで少し前から開いているカジノの話を教えてくれた。
当然ながら闇カジノは違法なので、警察の摘発を避けるためにしょっちゅう店を変える。少し前まで遊んでいたお店が、気づいたらもぬけの殻なんてことはいつものことだ。そして、初めての店は紹介が必要だったりするので、誰かの紹介が無いと入れなかったりする。
そうした時、裏稼業とのつながりも深い水商売の人間は、パイプ役として手っ取り早いのだった。
別に好き好んでホスト通いをしているわけではないのだ。
まあ、行くのが嫌なわけではないけど。
「えっと、この辺かな」
今日紹介されたのは、赤坂にある十四階建てマンションの一室で開かれているバカラ賭博だった。
港区といえば統計的にお金持ちが多い土地だ。必然的に、闇カジノの需要も高まる。芸能人やら政治家やら、場合によってはスポーツ選手やら、客には事欠かない。私もその中のひとりなので、あまり他人のことは言えないのだが。
マンションのエントランス前の風除室で、教えてもらった部屋番号と解錠番号を入力。カメラで顔をチェックされてから自動ドアが開く。エントランスを通って、エレベーターで十三階へ。右奥の部屋の前で、インターフォン越しにスマホの画面を見せる。合言葉代わりの画像を確認されて、ようやく玄関が開いた。
高級マンションの一室。
4LDKほどの広さの室内で賭場が開帳していた。
入ってすぐに受付が用意されていて、黒服を着た男性が尋ねてきた。
「初めてでしょうか」
「はい。こちらの紹介で」
マサキの名刺を見せると、黒服は何かメモをとる。そして、身分証の提示と会員証の作成を求められた。待合室代わりの個室に案内されて数分、お茶を飲んでいる間に登録は済み、奥のリビングへと案内された。
表向きはサロンとして開業しているのだろう。ダイニングにはカウンター席が用意されていて、バーテンダーがお酒を提供している。仕切りを抜けて奥に行くと、ミニバカラ用の台が二台と、奥にビッグバカラ用の大きな卓が一台あった。
現在、それぞれの卓に7人前後の客が集まっていて、たいそう盛り上がっている様子だった。
「やってるやってる」
軍資金として用意してきた二十万円をチップに交換し、私は久しぶりの賭場に心を弾ませながらバカラ台の輪に入っていく。
バカラについて、カジノではド定番のゲームだけれど、あまり詳しくない人も居ると思うので、念の為にルールを説明しておこうかな。
と言っても、基本ルールは本当にシンプル。
トランプを交互に配って、カードの総和が9に近い方が勝ちというものだ。
トランプのスートは関係なく、純粋に数字だけを足していく。10や絵札は全てゼロとしてカウントするので、繰り上がりは考慮しないで下一桁だけを点数として評価する。
バカラでは、客にカードが配られるわけではなく、バンカーとプレイヤーと言う二つの陣営にカードが配られる。
私たち客は、このバンカーとプレイヤーの二つの陣営のどちらが勝つかを賭けることになる。
言ってしまえば、競馬やオートレースのように選手に賭けるのと同じだ。
同じくカードの合計値で勝負するブラックジャックは、客がカードを引くかどうかの選択をすることが出来るけど、バカラはそれすら出来ないので、純粋な運の勝負となる。しかし、そうした自由度の低さに対して、バカラはカジノで随一の人気を誇るギャンブルでもある。
人気の理由はいくつかあるけれど――そのうちの一つが、
(さて、と。罫線は……バンカーの勝ちが続いているか)
バカラは、勝負の結果を表にして記録する。
これを罫線というのだけれど、この表を見ることで、ただの運否天賦の博打が、まるで戦略性があるかのように様変わりする。
バンカーとプレイヤーがそれぞれ勝つ確率は、ざっくり言ってしまえば半々だ。厳密には、カードを配る順番的にバンカーの方が若干勝つ確率が高かったり、どちらも同じ数字で引き分けになったりすることもあるので、完全に50%にはならないのだけれど、ここでは体感的な話をしているので二分の一と考えてもらって構わない。
その二分の一の勝負の結果が、表になって記録されていく。
バンカー
プレイヤー
プレイヤー
バンカー
プレイヤー
バンカー
バンカー
バンカー
………………
と言った具合に、どちらが勝ったか分かるのだけれど、不思議なもので、二分の一の確率も偏りを見せる瞬間がある。
言ってしまえば、ツキだとか、運の流れだとか言うオカルトじみた感覚だ。
でもまあ、これがなかなか馬鹿にできない。
ギャンブルというのは突き詰めていけば運でしか無い。けれど、その運をなんとか読み取ろうとする無駄な努力こそが、ギャンブルの醍醐味だろう。
本来なら予想など出来ない、ただの確率的な事象を予測し、見事当てた瞬間の興奮は言葉にならない。
あたかも自身で何かを掴んだような快感は、何物にも勝る達成感を与えてくれる。
(ま、馬鹿な勘違いなんだけどね)
斜に構えながらも、快感を求めて私はチップを張る。
現在、バンカーが六回連続で続いている。
ツラを見るならバンカーだけど、さすがに七度目はないだろう。よって、プレイヤー。
全員が張り終わったことでカードが配られる。ディーラーがカードシューターに指をかけ、流れるような動作で二枚ずつ配る。
バンカーが3と2で5点、
プレイヤーが4と5で9点。ナチュラル。
プレイヤーの勝ち。
手始めに一万円賭けた私の手元に、チップが二倍になって帰ってきた。
(出だしは上々、っと)
細かいルールは他にもあるが、大まかにはこんなところだ。
バカラが人気な所以は、まず一回のゲームが短く、回転率が高いことにある。チップをベットしてから結果が出るまでが早いので、自ずと熱くなりやすい。勝てば心が湧き、負ければ悔しくて前のめりになる。
そしてもう一つ、罫線を利用した擬似的なゲーム性こそが、人がバカラに夢中になる理由だろう。
面白い博打とはなにかと問われれば、私は『頭を使う余地がある』ゲームだと答える。一見するとただの運否天賦のゲームでも、次に出る目が予測できるような情報があれば、人はなんとかツキを探ろうと模索する。そうやって必死に考えるからこそ、当たった時には歓喜し、外した時には激昂する。
こう話せば、なるほどよく出来たゲームだと思うだろう。
カードの並び順というただの確率的な事象を、勝負として成り立たせている。人がギャンブルにハマるのは、その確率的事象の深淵を探りたいという根源的欲求があるからではないだろうか。なんて、戯言も良いところだけどね。
ちなみに余談だけれども、私はギャンブルのイロハを育ての親である伯父から教わった。いたいけな小娘に博打を仕込む育ての親の倫理観はこの際置いておくとして、彼からは数多くのゲームを仕込まれたが、どんなゲームをやる時にも、彼は再三に渡って口酸っぱく教えを授けてくれた。
曰く――『ギャンブルを知ろうとするな。知ろうとすればするほど飲まれるだけだ』と。
はい、伯父さん。みやびは心得ております。
心得ているからこそ――ギャンブルに浸るのが楽しいのです。
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