3.貸付をお願いします
バカラは先述したとおり、バンカーとプレイヤーの仮想勝負に賭けるものなので、厳密には客対客の勝負にはならない。
互いに好き勝手に賭けて、最終的な勝ち金の多寡を競うというのもいいが、それじゃああまり勝負という感じでは無いだろう。それに、今回の私は「教えてもらう」という体をとっているので、もうちょっと互いに関係し合う方が良い。
そこで、こんな提案をしてみた。
「バンカーとプレイヤー、先に賭けるかの権利を持ち回りにしませんか? 相手は必ず、反対の方に賭けるってことで。これなら、勝ち負けが明確で、勝負している気分になります」
「良いね。なら、賭け金も揃えようか。後攻は先攻が賭けたチップと同額を賭ける。それでいいかな?」
「構いません」
ここであえて、私も八嶋も、最終的な決着の話をしなかった。
いくら勝ったら勝ちとか、賭けられなくなったら負けとか、そういう話をしなかったのだ。ある意味で青天井。どちらかが参ったと言うまで、ゲームは続くことになる。
私が今日持ってきている現金はチップに替えた二十万と、カバンの中にある十万円。八嶋に話しかけられるまでの間で、プラマイゼロくらいを推移してきているので、ほぼ満額ある。逆に言うと、八嶋の方にいくらの資金があるのかまでははっきりと聞いていない。
ちらりと、私は彼の手元のチップトレイを見る。
十万円チップが一枚に、一万円と千円チップが無造作に何枚もある。見た感じ、だいたい四十万くらいだろうか。この卓のレートなら、冒険をしなければ十分に遊べる金額だ。
ミニマムベットでちまちまと賭けていけばいつまでも勝負は終わらないが、マキシマムベットを連続すれば運が悪ければ数回で終わる。
ギャンブルは運否天賦で決まるものだから、大抵の技術的な話はオカルトみたいなものだけど、唯一確かなものと言える技術があるとすると、それはバンクロール管理だ。要するに、資産をどう運用するかという話だが、これを誤ると一瞬でチップをスることになる。
はてさて、八嶋は一体、どんな風に先手を打つのか。
「バカラの基礎は知っているって言ってたよね。じゃあ賭け方の話だけれど、必勝法なんてものはもちろん無い。あるのは確率だけ。そういう意味で、プレイヤーよりもバンカー側の方がちょっとだけ勝率が良いんだ」
言いながら、八嶋はバンカー側にチップを置いた。
強気に、一万円チップを五枚。
あわせるように、私も五万円分のチップをプレイヤー側に置く。
そして、勝負が開始した。
バンカー 8
プレイヤー 4
バンカーの勝ち。
「こんな風に、バンカーが勝ちやすいから、素人はバンカーだけに賭けてれば良いんじゃないの? って思ったりする。でも、そんな単純なものじゃないんだ。その確率の差を埋めるために、カジノ側はバンカーが勝った時にコミッションを取るからね」
八嶋の手元に、賭けたチップとは別に、四万七千五百円分の勝ち分が送られる。
コミッション――いわゆるテラ銭やハウスエッジのことで、要するにゲームの手数料だ。カジノはゲームの場を提供する代わりに、コミッションを取って利益を上げる。バカラの場合は勝ち金の5%がコミッションの平均だ。なので、バンカーに賭けて勝った場合、単純に倍になるわけではない。
それじゃあプレイヤーに賭けた方が得じゃん、と思うかもしれないけれど、そう簡単な話ではない。
さっき八嶋が言ったとおり、バンカーの方が勝率はかすかに上なので、試行回数を重ねれば重ねるほど確率は収束していく。そのバンカーの勝ち分を、コミッションとして回収することで、確率の不平等を解決しているのだ。
「バンカーで勝ったらコミッションを取られるから損だと思うだろう? でも、だからといってプレイヤーに賭け続けたからと言って得って言うわけじゃなくてね――」
と、私が今説明したことと同じことを、八嶋は滔々と語ってくれている。うんうん、そうだね、おっちゃん物知りだね、とウンウンうなずくだけの時間だ。
ちなみに――八嶋は勝率について詳しい数字をぼかしたけど、厳密にはバンカーが45.86%、プレイヤーが44.62%。バンカーとプレイヤーの間の勝率の差は1.24%となる。1%を超える確率の差は、試行回数を重ねれば重ねるほどえげつない結果を見せる。
余談だけれど、
八嶋のおっさんの話を話半分に聞きながら、私は罫線を確認する。しばらくプレイヤーが続いた後に、今回はバンカーが勝利。流れが一度、途切れたようだ。
次は私が賭ける番。
八嶋に合わせて賭けた五万円を負けたことは、この際頭から外して、自分のペースを作らないといけない。
「そうそう、バカラはブラックジャックとルールが似ているけど、でもブラックジャックで必勝法って言われているカウンティングは、バカラではあまり意味がなくて――」
八嶋のウンチクを聞きながら、私はちらりと他の客を確認する。
今、私達以外でこのバカラテーブルでゲームに興じているのは三人。中年のサラリーマンと、そのアフターらしき夜職風の女、そしてオタクっぽい太った男。リーマンは羽振りが良さそうだが、他はそうでもない。特に、太った男の方は落ち目のようだった。
そこを起点にするか、あるいは罫線を頼るか。
私は人読みを頼ることにした。
太った男がバンカーに賭けたので、私はプレイヤー側にチップを五千円分置く。まずはこれで様子見だ。
結果は――またしてもバンカーだった。バンカー3、プレイヤー1。二枚目まではプレイヤーが7だったのだが、三枚目で4を引いて一気に転落した。
「あーあ、残念だったね、みやびちゃん」
「流れが切れたので、行けると思ったんですけどね」
「むしろ、プレイヤーの流れが切れたから、バンカーが優勢だったんだよ。ふふ、まだまだ君は流れの機微が掴めていないようだね」
偉そうに言いながら、八嶋はニヤニヤと来職の悪い笑顔を浮かべている。まあ、気を良くしてくれる分には良い。これは接待みたいなものだから、期限を悪くされると損だ。
それにしても――と、私はディーラーの方に目を向ける。
素知らぬ顔をした、二十代くらいの若い男だ。カジノディーラーの中には進行の一環として大仰に喋ったり場を盛り上げようとするタイプも居るが、彼は機械的な進行をするタイプのようで、余計なことを口にしていない。淡々とゲームを進行させる姿は、与えられた役目に忠実に従っている様子だ。
彼を観察しながら、私は数ゲームをこなした。
一回は勝てたが、総合的には負けの方が多い。目の前のチップは半分を切った。賭けたゲームの半分は八嶋の選択に左右されたとしても、もう半分は私自身の選択だ。そんな二分の一の勝負で、ここまで負けが続くのは、ドツボにはまっているとしか言いようがない。
流れが悪い――あるいは。
「…………」
イカサマをされているか。
この場合のイカサマとは、八嶋ではなく、カジノ側が仕掛けるものだ。当たり前だが、カードに触れる機会のないミニバカラにおいて、客がすり替えなどを行うことは不可能だ。だからイカサマがあるとしたら、ディーラーが勝負の結果を操作するために、カードシューから抜くカードをすり替えるたぐいのものだろう。
バカラやブラックジャックのような大量にカードを使うゲームでは、カードシューというカードを収納する箱から、カードを一枚ずつ抜いて配っていく。基本的には六デックくらいをまとめて混ぜるため、偏りが合ったとしてもその中身を完全に把握することはディーラーでも不可能なのだが、そこはプロ、一枚目を抜く代わりに二枚目を抜いたり、特定のカードを予め仕込んでおいたりと、いろんなイカサマがある。
海外の合法カジノならともかく、違法カジノではイカサマは当たり前のものと思うべきだ。法に守られていない場所で、ルールが守られるなんて夢見るほど馬鹿らしいことはない。なぜ摘発の危険がありながら闇カジノが開帳されるかと言うと、それは儲かるからに他ならない。
客を負かせて、有り金を巻き上げる。
それを知っているからこそ、私は闇カジノで勝とうなんて思わない。あくまでギャンブルは娯楽だ。遊ぶのが目的であって、勝つのが目的ではない。それを履き違えた時、手痛いしっぺ返しを食らうことになる。
とはいえ――カジノ側も、全てのゲームでイカサマをするわけではない。そもそもの話、カジノゲームには大数の法則があるので、何もしなくても利益は十分に上がるのだ。それに、イカサマばかりをするカジノは客を集めることが出来ない。あくまで客が居ての営業なのだから、普通に平で賭けさせることの方が多いだろう。では、どういう時にイカサマをするかと言うと、特定の相手を狙い撃ちにする場合だ。
金を持っているやつ。
勝ちすぎているやつ。
あるいは、借金してでも勝負するやつ。
要するに、とにかく金を吐き出す事のできるカモが狙われるはずだ。
そういう意味では、私は不的確なはずだった。今日来たばかりの一見客で、なおかつ賭け金もそれほど大きいわけじゃない。私がターゲットにされる理由があまり思い浮かばないけれど、しかし現に、私は不自然なくらい負けている。この理由はなんだろうか?
負けが混んでいるとは言え、私が負けた額はまだ十万程度だ。このくらいの額を回収した所で、カジノ側の儲けは微々たるものだ。だって、逆に八嶋は勝っているわけだから、その分の支出も考えると、カジノ側の純利益は大した額にはならないはずだ。
――いや、待てよ。
そこまで考えた所で、私は一つの可能性に行き着いた。
ああ、なるほど。それなら納得だ。私は自分の考えにほぼほぼ確信を持ちつつ、八嶋に向けて弱音を漏らす。
「なかなか勝てません。バカラって難しいんですね」
「はは、まあ初めてなら仕方ないさ。けれど、一回の勝負が早いからこそ、テンポ良く遊べるのがバカラの魅力だよ」
「好きだとは言ってましたけど、その様子だと八嶋さん、随分やり込んでいるんですね」
さり気なくボディタッチしてきた八嶋の手をやんわり押し返しつつ、私は一つ確認する。
「このお店にも慣れているみたいですけど、常連なんですか?」
「常連ってほどでもないかな。そもそもこのお店、一ヶ月前にできたばかりって話だしね。僕が初めて来たのは一週間前だよ。付き合いで誘われたんだけど、肌感覚が合うから一人でも来るようになってね。ここ数日は毎日来ちゃっているよ」
肌感覚――ね。
それはもしかすると、勝ちやすいっていう感覚ではなかろうか。闇カジノで特に理由もなく勝ちやすいという話ほど胡乱なものはないけれど、八嶋は大して疑っても居ないようだ。
話を進めながらも、勝負は続く。
バンカーウィン。私の負け。五千。
プレイヤーウィン。私の勝ち。一万。
プレイヤーウィン。私の負け。五千。
バンカーウィン。私の負け。一万。
…………
十ゲームくらいかけて、私はずっとディーラーを観察していた。若いディーラーだが、腕は確かなようで、イカサマらしい仕草は見せない。しかしたまに、最後のカードを配る前に、八嶋の賭けたチップを確認している様子が確認できた。そして、八嶋が勝つ時は最後の一枚で逆転勝ち、というのが多々あった。
おそらく行っていることは、八嶋が負けすぎないように調整するためのイカサマだ。
負けすぎないようにして、継続的に来店させるために。
実際、八嶋はここ数日、毎日のように来店していると言っていた。完全にハマってしまっている。こうなると、後の流れは大体想像がつく。今はまだ勝ちのパターンを反復しているところだが、レートが上がった所で負けがこむようになる。そして取り返そうとしてまた大金を賭け、そのレートを基本としてゲームが進行するようになる。
言わば、今は八嶋を誘いにかけている状態なのだろう。
八嶋が何かしら資産を持っているのか、あるいは彼ならば借金をしてでもギャンブルをすると踏んでいるのか。
彼を誘ったという知人がどういう意図でこのカジノにつれてきたかは定かではないが、ほぼ間違いなく、彼をハメるために連れてきたに違いない。
問題は、カジノ側が今、どのように考えているかだ。
最終目標として、八嶋に大きな金を賭けさせたいという考えがあるはずだった。しかし、今の八嶋は最大の賭け金が、五、六万くらいで、まだ理性を保っている感じがする。それでも十分に勝てていて、総チップは五十万くらいにはなっているはずだから、一番調子づいているタイミングだ。あとはなにかのきっかけで、彼自身が大きく賭けるようになれば、流れは一気に変わるだろう。
ブクブクに太った家畜を収穫するタイミング。
そこに乗れれば勝てる――けれど、さすがに、それは今じゃないだろう。
「……あるとしたらビッグバカラの時か。じゃあ今日じゃないのかな」
「ん? なにか言った?」
「いいえ。少し負けが混んできたなぁと、思いまして」
クールな面持ちを崩さずに、私は困ったように小首をかしげながらぼやく。
いつの間にか、私の目の前のチップは五万円を切っていた。すでに鞄の中の十万円はチップに替えた後なので、私は実に二十五万円分負けたことになる。
無理もない。あれだけ連続で負けていれば、資金を吐き出す一方だ。一回の賭け金が五千円とか一万円とかちまちましているから危機感は薄いが、三十万なんてあっという間に無くなるのがバカラ賭博という遊びである。
ああ残酷かな博打劇。
まあ、遊ぶつもりで持ってきたお金なので、特に惜しくはない。これを惜しいと思うようなやつは博打なんて打つべきじゃない。
けれど――惜しくはないけど、負けっぱなしは癪だ。
というか、何を良いようにやられているんだ、私は。
しかも、他人のダシに使われているようなもんじゃないか。
ここがステージの上だとすると、私はバックダンサーで、中央で踊っているのは八嶋だ。それが道化役だとしても、主役が八嶋であるのは間違いない。随分といいご身分だ。おかげで私は二十五万スッたってのに。このまま終わるのじゃあ、話としてつまらない。
ならば、戦略が必要だ。
大勝せずとも、一矢報いるにはどうすればいいのか。ここが闇カジノであることを考えると、勝ち越すことまでは望むべきではない。ただこの溜飲を下げることだけを考えよう。脇役ならば脇役らしく、役柄を全うしつつ自身の目的を果たす。なに、言うは難いがやるは易い。だって――私の本業はアイドルだ。
期待に答えるのは得意なんだよ。
「こんなに負けるとは思ってなかったです。もうちょっと持ってくればよかったかな」
「はっはっは。まあ、これも勉強だよ。どれ、それじゃあ、この勝負は僕の勝ちかな?」
「やだなぁ。私はまだ降参じゃないですよ」
そこでちょうど、カードシューのカードを入れ替えるタイミングがやってきた。六デック分の一定枚数を使い切ったので、補充をするのだ。ディーラーが新しくカードデックを開けて、テーブルの上でバラバラに混ぜていくのを見る。
いいタイミングだ。私は一度席を立つ。
「チップを補充してきます」
「おいおい、みやびちゃん、本当にお金は大丈夫かい?」
「ご心配無用ですよ。ちゃんと弁えていますから。それに、まだまだ遊び足りないでしょう?」
そこで微かに表情を緩めて笑ってみせる。ずっと愛想の無かった女が、ふと緩みを見せたものだから、八嶋は油断しきって「仕方ないなぁ」と愉快そうにぼやいている。
本当に、幸せな人だ。
自分がカジノ側からカモにされかけているなんて、彼は微塵も思っていないだろう。そんな彼を尻目に、私は受付に向かう。
頼むことは決まっている。
「貸付をお願いします」
「…………」
マジかこいつ、って顔をされた。
ここの従業員は躾がなってないですねぇ。黒服なら黒服らしく、表情を殺してシステマチックにやらないと、オーナーやバックの怖い人にどやされるぞ、と他人事ながら心配する。まあでも、私みたいな女性の一見客が、ためらいもなく借金をするとは思わなかったのだろう。これがもう少し病んでる風ならともかく、私は少なくとも外面は正気に見えるだろうから、余計に不思議だったはずだ。
人の良さそうな受付の黒服は、「本当に良いのですか?」と再三尋ねてくる。
あまりにもしつこいので、私は小首をかしげながら言う。
「担保があったほうが良いですか? 全裸写真とかはさすがに困りますけど」
「…………」
どうやら冗談は通じなかったらしく、仏頂面を返された。真面目か。こんな堅物だと、裏社会で生きていくのは大変そうだなと他人事ながら思った。
そんなわけで、二十万。
借用書にサインして、お手軽手続きの闇金借金である。どう考えても正気ではない、気が狂ったとしか思えない所業だ。
ちなみに利子は十日で一割。利率も正気ではない。
闇カジノには闇金がセットではあるけれど、ここまでの暴利はなかなか見られない。どこの組織がバックに付いているかわからないが、あまり長く運営するつもりは無いんだろうと察した。
まあでも、これで資金(だんがん)は手に入った。
あとは的確に狙い撃つだけだ。
「おまたせしました」
八嶋の隣に戻ると、これからゲームが始まる所だった。
ディーラーがまとめたカードの最初の十数枚を抜いて、残りをカードシューにセットする。これは、カードに仕込みがなにもないことを客に見せるパフォーマンスだ。実際は何らかの仕掛けをしているはずだが、表向きはイカサマなど無いということをアピールしている。
そして賭けが始まる。
「今度は僕の番だったよね」
八嶋がプレイヤー側に一万円を張る。
強気だったはじめの五万円が最高額で、八嶋はそれ以下の金額しか賭けてきていない。それを慎重というべきか臆病と言うべきかは、人によるとしか言えないだろう。ただ一つだけ言えることは、今のままでは、彼が賭け金を無理にして上げることはないだろう。
だったら――その均衡を、崩してやろうじゃないか。
「じゃあ、私はバンカーに」
ベット。
バンカーに二十万。
チップを両替したのなんて何の意味もない。私はついさっき貸付して支給されたチップを、全てバンカーに突っ込んだ。二十万はこの卓のマキシマムベットだ。これにはさすがに、テーブルの周りに居る全員が驚いた顔をする。
「な、どういうつもりだい、みやびちゃん。僕は一万しか賭けてないのに」
「なにか問題があります? 確かに、先攻と賭け金を揃えるって話はしましたが、それ以上を賭けちゃいけないって決まりは無いと思いますけど」
言ってしまえば、八嶋との勝負は一万円分で、残り十九万は私が勝手に賭けているだけだ。屁理屈に近い言い分だが、しかし否定するだけの論拠はすぐに用意できないはずだ。そもそもが私と八嶋の勝負は二人で勝手にやっていることで、カジノ側とは何の関係も無いのだから。
八嶋が納得しようとすまいと、ゲームは進行する。
「ノーモアベット」
ベットタイムが終了し、ゲームがスタートする。
まず、一枚ずつ。
バンカーが絵札。
プレイヤーが3。
次に、二枚目。
バンカーが5。
プレイヤーは絵札。
勝負は三枚目にもつれ込んだ。
「ふ――ぅ」
私は小さく息を吐く。
現在、バンカー5点。プレイヤー3点。
ここまでが私にとって最初の賭けだった。三枚目にもつれ込んだ時点で、この勝負の半分は制している。そしてもう半分、私が『賭け』た結果を、ディーラーはカードで答えてくれる。
結果は。
バンカー絵札。
プレイヤー絵札。
「バンカー5、プレイヤー3。バンカーの勝ちです」
ゾワリ、と背筋を快感が駆け抜ける。
不確実だった狙いを的中させたカタルシスに腰が砕けそうになる。外面こそ平静を装っているが、腰は今にも砕けそうだし、頭の中では脳内物質がドバドバと止めどなく溢れている。下腹部がキュッと締まり、思わず粗相をしてしまいそうな程の興奮が襲ってくる。
ああ、これが博打だ。
この快感があるから、私はギャンブルが好きなのだ。
ただの運否天賦でも十分快感は得られるが、ここまで興奮できるのは、それは理詰めで得た勝利だからだ。きっとこの勝負は勝てるという確信があった。けれど、その確信はもしかしたら虚像の可能性があった。その確信と虚像の狭間を制した快感は、何物にも代えがたい。
簡単な話だ。
私をここで負けさせるのは惜しいと、カジノ側に思わせたのだ。
ためらいなく借金をして、負けを取り戻そうとする、自制も効かないような金銭感覚のゆるい女。そんなやつは、闇カジノからすればカモでしか無い。
金を持っているやつ。
勝ちすぎているやつ。
そして、借金してでも勝負するやつ、だ。
だからこそ、これは賭けだった。私というカモが美味しいと思われなければ、今の勝負はあっさりと負けていただろう。こいつは少しでも勝たせて調子付かせた方が良いと思われたからこそ、敢えて勝たされた。
そして――私を勝たせることには、もう一つメリットが有る。
私は現在、八嶋と個人的な勝負をしている。つまり、私がレートを上げれば、自ずと八嶋もレートを上げることになるのだ。八嶋に大金を賭けさせたいカジノ側からすれば、私の暴走はちょうど良いきっかけになるはずだった。
無論――ここまでの話は、あくまで私の推測でしか無い。私が都合よく考えているだけで、実際は全く違うかもしれない。けれど、だからこその賭け。それ故のギャンブルだ。確かなことなど何もなく、不確かなものに確信を持つからこそ、これは博打として成立する。
ああ、まったく。
これだからギャンブルはやめられない。
「いやあ、やられたなぁ……」
私の勝ちに、八嶋はあっけにとられたように驚いている。というより、若干引いているようだった。そりゃあそうだ。逆の立場だったら私でも引く。何を馬鹿なことをやっているんだこいつは、とドン引きするだろう。
けどこれで、私は八嶋と対等になった。
ステージに無理やり割り込んで、なおかつ八嶋を同じポジションに引き上げた。
だから――勝負はここからだ。
そんな風に勘違いをしてしまった。
「仕方ないなぁ。みやびちゃんがそう来るなら」
と。
八嶋はバンカーにチップを置く。
「僕も勝負をしないとね」
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