アイドルみやびはギャンブルがお好き

5.バーチャルアイドルやみみちゃん

　誰でも出来るバーチャルアイドル入門。

　用意するもの

・スマホ（普段使い）

・キャラクターモデル（フリー素材）

　以上。

「これ、真剣にやってる人が見たらブチ切れますよ。仮にも中堅どころのＶドルとのコラボで、汎用モデルのキャラクターを使うなんて……。しかも、配信環境ほとんど相手の方に頼りっきりって……。本当にひどい……」

「し、仕方ないじゃない。私、本当にこういうの初めてなんだから。プロに任せた方が良いのは確かでしょ」

　英知くんの苦言に、私は唇を尖らせながら言い訳をする。

　昨今人気が高まっているバーチャルアイドル業界だけど、簡単な配信に限れば、そこまで大仰な機材は必要ない。スマホでバーチャルライブ用のアプリを入れれば、簡単にバ美肉出来る。もっとも、クオリティはお察しだ。

　ガチでアイドル活動をしたかったら、ちゃんと配信用のパソコンを組んで、モーションキャプチャ出来るカメラを設置し、キャラモデリングもオリジナルで作るのが良いのだろうけれど、さすがに私はそこまでやるつもりはない。現実でアイドルやってるのに、なんでバーチャルでもアイドルやらなきゃいけないのか。

「というか、勝手にＶドルデビューしたなんて言ったら、社長きっと怒りますよ」

「だからお遊びレベルにおさえてるんだって。本気出してやったらまずいことくらい、さすがに私も分かってるし」

「だったらせめて、コラボ依頼メールを送る前に僕に相談が欲しかった……」

　それはホント、ごめんね。

　まあ実際、リアルとバーチャルで活動場所は違うとは言え、アイドルという意味ではどちらも同じ人気商売だ。勝手に活動してしまったら、トラブルがあった時に事務所が対応できなくなるので、本来なら必ず両事務所の交渉が必須だ。最も、霧雨ナツの方は個人活動のＶドルなので問題はそこまで起きないはずだけど。

　私にしても、さすがに今回は一ノ瀬みやびという名前は使えない。

　なので、『やみみ』という名前で依頼をした。

　ひねりがないとか言うな。

「あと、用意したのはゲーム機ですか」

「うん。対戦する上で、霧雨ナツ側が提示してきた条件でね」

　子どもから大人まで幅広く大人気の家庭用据え置き型ゲーム機である。どの店舗も売り切れだったので手に入れるのに苦労した。

　今回は、このゲーム機のパーティゲームソフトの中に入っている、テキサスホールデムのゲームを使って対戦することになっていた。

　なぜこんな回りくどいことをしているかと言うと、二つほど理由がある。

　まず一つは、イカサマ対策だ。

　と言っても、ゲームデータを弄るような専門的な話ではなく、単純に相手の配信を見て手札を覗くのを防止する目的である。互いのパソコンの画面を表示すると、ハンドが丸見えになってしまうので勝負にならない。そうでなくても、ハンドが見えていたら配信中のコメントでネタバレされてしまう。なので、片方のゲーム画面を配信用として映し、ハンドは編集で隠すことで公平性を保っている。

　二つ目は、ノーレートでの勝負を行うためだった。これも霧雨ナツからの提案で、コラボ配信では賭け事は無しという約束にした。まあ、妥当な条件だ。オンラインで外国の知らない相手とやるならともかく、同じ日本人同士で賭け事をしたら、どんなトラブルが起こるか分からない。仮にも日本で配信する以上、最悪警察のお世話になる可能性がある。

　そんなわけで、ゲーム機を使っての平勝負である。

　霧雨ナツとは、メールでのやり取り以外でも、軽く通話しながら海外のリングゲームに入って打ち合わせを行った。私が動画配信のずぶの素人だと分かっても、丁寧に色んな方法を教えてくれた。

　ナツは少し甲高いアニメ声の子だった。おそらくボイスチェンジャーを使っているんだろう。声の割に、口調はとても丁寧で親しみやすい。大人びているけれど、言葉の端々に砕けた幼さが垣間見える印象だった。

『準備はそろそろ大丈夫ですか？』

　霧雨ナツの落ち着いた声が聞こえてくる。

　リハとして、私は自分のスマートフォンに顔を合わせてモーションの確認をする。私のアバターはショートの水色髪にメガネの女の子で、どことなく委員長って感じのキャラだ。

「ナツさん。声、聞こえてます？　マイクはやっぱり用意した方が良かったですかね」

『大丈夫みたいです。スマホのマイクでも、性能がいいと十分ですからね』

　横で起動させているパソコンの画面に、ナツのアバターが映っている。パソコンから漏れる音が反響しないように、そちらからイヤホンを伸ばして左耳に付ける。テーブルの上は、ノートパソコン、スマホ、ゲーム機と、大所帯だ。

「それじゃあ、英知くんはリビングの方で配信を見ててね」

「分かりました。まあ、頑張ってくださいね」

　英知くんには環境設営に手伝ってもらったけれど、ここから先は私の勝負だ。

　ま、勝つにしろ負けるにしろ、せめて前回よりもマシな勝負をしたいものだ。

『それでは、よろしくお願いします。やみみさん』

「はい、こちらこそ！」

『あの……』

　不意に、ナツが口ごもった。

「どうかしましたか？」

『いえ。配信直前に聞くのも変ですけど……どうして、誘ってくれたんですか？』

「ナツさんと勝負したかったからですよ」

　私は正直な気持ちを口にした。

　ナツからすれば、私が『ミヤミヤ』だったことは知らないからこそ、疑問に覚えるのは当たり前だろう。だから、せめて分かりやすい理由を作った。

「ナツさんの動画を見て、面白かったから、本気で勝負したらどうなるんだろうって思ったんです。ナツさんの方こそ、どうして私の誘いに乗ってくれたんですか？」

『それは……面白そうだったから、です』

　ニコリと、アバターが楽しそうに微笑んだ。

『麻雀とか、他の対戦ゲームなら、何度もコラボ配信の誘いがありましたけど――ボクの専門であるポーカーは誘われたことがありませんでした。そもそも、バーチャル界隈では配信者が少ないですからね。まあ、ゲーム性が生配信に向かないのは分かっているので、当たり前ですけど。でも――せっかくならやってみようって思ったのは、やみみさんのおかげです』

　だから、と。

　ナツのアバターが、目を見開いて挑戦的に笑った。

『本気でやります。覚悟してください』

「は――はは」

　望むところだ。

　そして――生配信が始まった。

　※　※　※

『みなさんこんにちは！　霧雨ナツのポーカーチャンネル。今日は特別編ってことで、ゲストの人とヘッズアップの勝負をしてみるよ！』

　ヘッズアップ――一対一の勝負のことだ。

　テキサスホールデムは、三人以上のゲームと二人対戦では、全くゲーム性が変わると言っていい。

　理由はいくつかあるのだけれど、最も大きな理由として、チップを奪える相手が一人しか居ないという点である。

　何を当たり前のことを、と思うかもしれないけど、これはすごく大きい。

　だって、三人以上なら、一人には勝てなくてももう一人からチップを奪っていけば逆転出来る。しかし、ヘッズアップの場合は一対一なので、スタックが明確に有利不利を分けてしまう。流れを一度でも奪われれば、下手をすればストレート負けしてしまう可能性があるのだ。

　けれど逆に言えば、ポーカーにおける立ち回りが一番重要なゲーム形式とも言える。

『今日、ゲストで来てくれているのは、Ｖドル初心者のやみみちゃんです！　なんと、バーチャル配信は初めてなんだって。初々しいよね！　でも、ポーカーの実力はそれなりだから、注意が必要。油断していると、ボクも足元すくわれちゃうから、気をつけないと。というわけで、やみみちゃん、挨拶お願いします』

「こんにちは～。やみみですぅ。今日はナツちゃんに誘ってもらいました。楽しい時間を過ごせたらいいなって思います。いっしょうけんめい、がんばりますっ！」

　ぶりっ子である。

　『やみみ』という名前で、委員長アバターの、ぶりっ子キャラである。キャラが大混雑だった。

　まあでも、これくらいキャラを変えないと、ゲーム中に黙ってしまいそうだったから、色々考えた上でこの方向性で行くことにした。勝負は勝負だけど、それはそれとして配信はしっかりと成功させないといけない。私もアイドルだ。仮面くらいかぶれる。

　現在の閲覧者数は――もう千人を越えた。事前に告知していたとは言え、すごいな。私がリアルライブやった時は、千人の箱を埋める壁は中々厚かったというのに。ネット配信という媒体の違いはあるとは言え、霧雨ナツのネームバリューを感じる。

　ポーカー分かる人がこれだけ居るのか、はたまたナツの配信は何でも見る人なのかは分からないけど、少なくとも、霧雨ナツが人気者なのは確かだ。

『それじゃ、今日のルール説明をするよ』

ルール

・チップ量（スタック）は5000点スタート

・強制ベット（ブラインド）は最初100点。十ゲームごとに100点ずつ上昇、500点打ち止め。

・どちらかのチップが無くなるか、一時間後にスタックが多い方が勝ち

「運が悪いと十分くらいで負けちゃうかもですね。やみみ、あんまり運良くないんですよぉ」

『あはは。そんなこと言って、やみみちゃんかなりロックだから、怖いなぁ』

「えー、そんなことないですよぅ。ガード固いみたいに言わないでください！　やみみ、これでも結構惚れっぽいんですよ？」

　小芝居をしつつ、私は流れを確認する。

　生配信ということで、それなりに撮れ高は意識するけれども、互いに忖度は無しという打ち合わせだった。なんだったら、最初からオールインしても良いとナツは言ってきた。まあ、さすがに私も、最初の一ゲームで勝負が着いてしまうと困るので、最初は様子見だ。

『じゃ、早速始めましょうか。一ゲーム目、プリフロップ――』

　ゲームの始まりは、比較的穏やかだった。

　ナツと連絡をとった最初の時に、オンラインポーカーでの私のハンドヒストリー（将棋で言う棋譜のようなもの）を送っている。

　普段の私はタイトアグレッシブ寄りのプレイングだけど、その時送ったのは意図的にタイトパッシブにプレイした。おかげで今、私は非常にガードの固い女だと言われた。まあ、貞操観念の緩い女よりマシだ。

　霧雨ナツのプレイングについても、公開済みの動画は全て見て研究した。その結果として分かったのは、彼女はオールラウンダーだ。もちろん、動画にするに当たって、意図的にプレイスタイルを変えている所があるから、実際のプレイは分からないけれど、トーナメントなどを見る限り、状況に応じてかなり大胆にスタイルを変える。

　敢えてスタイルを言うとすれば、タイト寄りで、パッシブ。他のプレイヤーの様子を見つつ、的確にアクションを変えていく。特にキャッシュゲームに慣れた手付きのプレイヤーだった。こういった手合は、ゼロかイチという賭けを嫌うので、今回のようなルールでは大勝負には出てこないと思われる。

　しかし、ヘッズアップは互いのチップを限界まで奪い合うのが目的だ。そこに勝機があるのではないかと考えている。

『うーん、あんまり勝負には出れない手ですねー。撮れ高考えると、あんまりフォールドばかりするのはどうなんだ、って感じなんだけどね』

「なら、勝負します？」

『あはは。やみみちゃん、その手には乗らないよ。遠慮します』

　そんな感じで、私もナツも、淡々とゲームを進めていった。

　一対一のヘッズアップでは、二人しかプレイヤーが居ないため、ポジションも自然と二パターンしか存在しなくなる。

　ディーラーボタンが置かれた方がＳＢでもう一人がＢＢだ。例えばブラインドが100点だった場合、ＳＢは50点、ＢＢは100点を必ずベットすることになる。そのため、フォールドし続けていたら自然とチップが少なくなっていく。

　かといって、弱いハンドで勝負を仕掛けても返り討ちになるので、自然と膠着状態が生まれる。どちらが決定打を早く手に入れ、そして相手をうまく勝負に乗せられるか。それがヘッズアップでの戦略で、これが中々難しい。

（っていうか、キャッシュゲームに慣れると、ヘッズアップって下手になるんだよね。基本的にトーナメント向きの戦術だし）

　そういう意味で言えば、私もナツと同じタイプなので、あまり大きなアドバンテージが存在するわけではない。

　五ゲームが終わり、十ゲームが終わり……ブラインドは300点に上がった。

　この時点でのスタックは、私が4500点、ナツが5500点。

　……しっかりリードされている。

（まあでも、まだ大きな差じゃない。むしろ――いい勝負をしているように、見せかけられているような気がする）

　配信を盛り上げるために、決定的な差が出ないように調整されている。一進一退の攻防を演じさせられているのだとしたら、それほどまでに私とナツの間の実力差があると言うことだ。

　しかし、このままではジリ貧だ。

（なら、そろそろ勝負に出てみようか）

　勝負が始まって二十分。

　十三ゲーム目。

　スターティングハンドは♡８♡９。

　スーテッドコネクター(同じスートの連番)

　フロップは♡Ｊ、♣７、♠４。

　スートがばらばらのレインボー。

　フラッシュは難しいけれど、１０が来ればストレートになる。ちょうどホールカードが真ん中のコネクターなので、ボードだけでは気づかれづらい。

　ひとまず方針として、Ｊペアのハイが入っているように見せかけながら回してみようかと考える。

「レイズ、500点」

『迷いが短かったですね。ハンドができてるのかな。ならボクも――コール』

　これでポットは1600点。

　続いて四枚目、ターンは♢Ａ。ホールカードと絡まなかった。

　少しだけ考える。

　ここで相手にＡや絵札があった場合、私の８，９ではまず勝てない。役無しのハイカード勝負では、９というカードは非常に脆い。本来なら勝負に出るべきところではないけれど――まだ、五枚目で１０が落ちてくる可能性も捨てきれない。こういう、来れば勝てるというカードをアウツというけれど、問題はそれを待つことが割に合うかだ。

　今の私にとって、アウツは１０だけだから四枚。

　場に見えているカードは私とナツの手札二枚ずつとボードの四枚なので、山札には四十四枚のカードが残っている。その中にアウツ四枚が全て入っていたとして、最後にそれが出てくる確率は、約９％。一割程度の確率でしか無い。

　オッズを考えれば、ベットできるのはポット額の十分の一、つまり160点までだろう。そんな額をレイズした所で攻撃にもならないので、ここは確率的に考えれば降りるべきだ。

　一割。そう、一割の確率。

　けど――

「レイズ、1000点――です！」

　それはオッズには合わないかもしれないけど――賭けるからこそギャンブルだ。

「ふふ、今回のやみみは強いですよー。どうします？」

『わぁ。強気だね、やみみちゃん！　これは困ったなぁ』

　アバターを大げさに動かしながら、ナツはリアクションをする。

　この後の彼女の行動次第で、彼女の手の内がある程度しぼれる。レイズだったら確実に何かしらのハンドが出来ているので、即降りだ。コールの時が困るけど、それなら五枚目で判断すればいい。どちらにせよ、私からの攻撃はこの1000点レイズで済ませている。

　あとは、ナツの方がどう出るかだが――

『うーん、困った困った。それじゃあ――』

　ナツのアバターが、目を細めて口角をニヤリと釣り上げる。

　二次元のキャラクターのはずなのに、それは随分と表情豊かだった。

『オールイン、だよ。やみみちゃん』

「………ッ！」

　配信中だと言うのに、思わず反応しそこねた。

　ただ息を呑むことしか出来ない。ここでレイズは可能性として考えていたけれど、まさかオールインしてくるなんて思わなかった。だから、第一声は疑問符だった。

「どう、して……？」

『だってやみみちゃん、ストレートドロー待ちだもん。最初はＪハイだと思ったけど、さっきの長考を見ると、ペアはまず無いし、今のボード的にフラッシュはありえない。だとしたら、ストレートのガットショットを狙っているんだって思ったんだ。違う？』

「…………」

『一応言っておくと、ボクのハンドもそれなりに強いよ？』

　放送事故覚悟で、少しだけ無言になった。

　図星をことごとくつかれてティルトしそうになるのをぐっと堪える。小さく息を呑み、そのまま吐かずに悔しさとともに飲み込む。

　ミスを取り繕うために、キャラを作って声を出すくらいの余裕は取り戻した。

「う、くぅうううううううううう！　はいっ、そのとおりです！　参りました、フォールドですぅ！」

　ここまでハンドを見透かされてしまえば、ナツのアクションがブラフかどうかなんて関係ない。仮にオールイン勝負で負けた場合、ここで対決が終わってしまう。だったら、傷が浅いうちに撤退するのが吉だ。

「あーん！　ナツさんがいじめる！　頑張ってブラフかけたのにぃ！」

『あははは！　まだまだだね、やみみちゃん。もっと巧妙にブラフしないと』

　私の悲痛な叫びとナツの愉快そうな声が同時に響き渡った。