7.アイドルたちの化けの皮



 ミニライブが終わり、ヘトヘトになりながら私は事務所へと帰ってきた。


 疲れた。

 そりゃもう、疲れた。


 今日の仕事は大手パチンコメーカーの新台入れ替えのイベントだった。元々パチンコのキャンペーンガールとしてデビューした私達にはこういう仕事がよく来るのだが、今度新台として入る台がアニメ作品とのコラボだったこともあって、今回は普段と少し毛色が違うイベントだったのだ。コスプレやらをやらされ、声優さんとの共演などもあって比較され、カバー曲でミニライブをし、多数の企業が関わることで拘束時間も長引き――そんなこんなで、出演時間こそ短かった割に、滅茶苦茶疲れた。


 そんな中、夏恋ちゃんや手毬ちゃんは直帰だったが、私はなぜか社長に呼び出しを食らって事務所へととんぼ返りだった。ライインのメンバー全員ではなく、私をピンポイントで呼び出しているということは碌な話ではない。


 半ば諦めの境地に陥りながら、私は社長の前に立った。


「おつかれさん、一ノ瀬。呼び出して悪いな」

「悪いと思っているのなら帰らせてもらいたいんですけど……」

「なんだ。用事でもあったのか?」

「いや、普通に今日は疲れたんで……っていうか、なんですかあのイベント。晒し上げじゃないですか。あんな有名アニメに、私達みたいなリアルアイドルが絡むとかどう考えてもミスマッチですよ。声優さんも困惑してましたし」

「仕方ないだろう。メーカーの多尻社長の方から頼み込まれたんだ。アイドル作品のアニメだから、現実のアイドルを呼べばもっと受けるんじゃね? って」

「なわけ無いでしょうが」

「同感だ」


 つまり、我らが社長は、そういう針のむしろになりかねないと分かっていながら、現場に私達を送り込んだというわけだ。中々図太い神経をしている。

 まあ、仕事なので文句は言わないが、正直に疲れたので早く帰りたい。


 その気持ちはうまく伝わっていないのか、社長はすごく回りくどく本題に入った。


「早く帰りたい理由が、疲れているっていうんなら悪かったよ」

「そうですね」

「私はてっきり、オンラインポーカーをしたいがために、早く帰りたいのかと思い込んでいたんだがね。いやはや、本当に疲れているのなら、悪いことをした」

「……………」

「あまつさえ、事務所に隠れてやった動画配信にも、ドハマリしたのかと思っていたのだが」

「誠に申し訳ございませんでした!」


 その場で頭を下げた。

 土下座まではしないけど、気分的には平伏だった。


 いや、しかし……なんでバレたんだろう。やっぱり英知くん経由だろうか?


「暁のやつが密告したわけじゃないよ。まあ、問い詰めたら白状したがね」

「じゃあどうして?」

「さてね。そのうち聞けるだろう。今の私から話があるとすれば以上だ」

「へ? お咎めなしですか」

「別に、お前が顔出しで活動したわけじゃないからな。動画は一応チェックしたが、あのキャラ付けなら、リアルのお前につながる心配もあるまい。現状としては、お前の活動を把握しているぞという報告だけだ。もっとも――今後はわからんがな」

「なんですか、その不穏な言い方」

「ふ、まあ、すぐに話すさ」


 そう言って、アラフォー美人は格好良く笑った。

 くそう、この貫禄はやっぱりずるいなぁ。私達アイドルがどれだけ努力しても、可愛さはともかく渋さは中々出せない。若さは武器だけど、加齢による威厳も同じくらい大きな武器だよなぁと思う。


 しかし――この言い渋る感じは一体何だ?


 腑に落ちないものを感じつつも、帰っていいと言われたので私は素直に立ち去る。


 それにしても今日は本当に疲れた。

 あの多尻とかいう社長、人のいい顔をして中々に無理難題を言ってくる。でも、気が良いからなんとなく引きずられちゃうんだよなぁ。あのメーカーとはそれなりに付き合いが長いし、今回コラボしたアニメ作品は最近新作やるとも聞いているから、多分これからも仕事が増えるだろう。ああ大変大変。こういう時はパアッと遊びたいものだけど、さすがに今日は疲れたので寝ないと――


「一ノ瀬みやびさんですか?」


 声をかけられたのは、事務所を出た直後だった。


 すわ、出待ちかと身構える。おいおい、所属事務所の目の前で出待ちとは大胆だな。場合によっては警察沙汰だぞと、警戒心で身を固めながら振り返ると、そこに居たのは中学生くらいの小柄な少年だった。

 少し大きめの学ランは体格にあっておらず、着ていると言うよりも着られているというのが正しい。顔立ちもどことなく幼く、髪の毛が長いのも相まって、女の子に間違えられそうな子だった。


 子供だと分かって多少警戒心が揺らぐが――しかし、次の言葉で総毛立った。


「それとも、『やみみさん』と呼べばいいですか?」

「………」

「それか、『ミヤミヤさん』の方がピンときますか?」

「…………………」

「ちなみに僕、こんな格好していますけど、生物学上はX染色体しか持たない女の子です。まあ、性自認は少し複雑なんですけど」

「………………………おおう」


 おおう、だ。

 情報が多すぎて反応に困る。


 えっと、ちょっと整理させて欲しい。この子が私を『やみみさん』と呼んだ以上、ほぼ十中八九、彼ないし彼女は霧雨ナツの中身だ。そう分かって聞いてみると、大人びている割に、たまに子供っぽい口調だったのも違和感がなくなる。あと学ランを着ているからと言って男の子だと思ったのは確かに早計だった。早計だったかもしれないけれど、分かるかこんなもん。あと性自認は少し複雑って、こんなところでデリケートな話を振ってくるんじゃない。


 そして、最後に――この子、なんで『ミヤミヤ』のアカウントを特定しているの?


「き、聞きたいことはいっぱいあるんだけど」


 長い話になりそうなので、道の端に移動する。

 話を聞く姿勢になると、私は真っ先にそのことを尋ねた。


「なんでミヤミヤのこと知ってるの?」


 霧雨ナツとコンタクト取った時にも、そのことは話していなかった。建前上は、たまたま動画を見て興味を持った、という体で連絡をとったのだ。オンラインポーカーのリングゲームに一緒に参加した時も、わざわざ別アカウントを作ったくらいだ。

 それなのに、何故。


 疑問を通り越して不気味にすら感じている私に、霧雨ナツはあっさりと言った。


「やみみさんと一回リングゲームをやったでしょ? あの時に、やみみさんのIPアドレスを解析してみたんですよ。そしたら数時間前に同じIPアドレスでアクセスしている別のアカウントが出てきたんで、念の為確認してみたらミヤミヤさんでした」

「………嘘でしょ?」

「嘘だと思います?」


 そうニコニコと笑われたら、信じるしかなくなるんですが……。


「で、でも、IPアドレスだけじゃ個人特定は無理でしょ。なんで、やみみとミヤミヤが私だと分かったの?」

「生配信するために、ゲーム機を買ってもらったでしょ。あのゲーム機、アカウント登録の時に外部サービスと連携するんだけど、みやびさんのゲーム機をハッキングして、連携しているSNSアカウントを特定したの。後は宅配履歴とかを探していけば、住所はすぐに分かったよ。ちょうどゲーム機を購入した時の履歴があったから、簡単でした。住所が分かれば他の個人情報についてはもっと簡単。まあ、まさか現役アイドルさんだったとは思わなかったけど」

「……………」


 は、犯罪だーーーーッ!!


 え、何この子。ハッカーなの? この年齢で? っていうか、じゃあ私はアイドルだってことどころか、完全にプライベートまで身バレしてるってこと? やばい、これすぐに警察に行った方が良いんじゃない? あれ、でも未成年だと少年法で捕まらないんだっけ? そもそもインターネット犯罪って少年法適用されるんだっけ??


 混乱しきってぐるぐると思考が空回りしている私をよそに、霧雨ナツは天使のように笑う。


「大丈夫だよー。事務所の社長さんと連絡取った以外に、悪用はしていないので」

「私としてはその時点で大事だよ……」

「そうなの? 社長さん、面白がってたけど。『これからバーチャル方面の仕事を考えてもいいな』って」

「あぁ、それで……」


 あの人、意外と新しいこと好きだからな……。もしかしたら、ライアーコインのVドル計画なんかを考えているのかもしれない。いや、やれと言われたら仕事だからやるけどさ……。


 そんなことより、なんだこの中学生。


 彼女が霧雨ナツであることはもう疑問の余地もないけれど、あのポーカー技術がこの男装少女にあるなんて、今でも信じられない。


 頭痛をこらえるように目元を抑えた後、ちらりと霧雨ナツの方を見る。彼女はニコニコと無邪気に笑って私を見上げていた。私より頭一つか二つ分は小さい。150くらいかな。こんな、小柄で無邪気そうな女の子が……私の……


「私の弱みを握っているなんて……」

「弱みだなんて、そんなぁ。僕、脅迫なんてするつもりなんてないよー」


 ぶー、ナツはと不満そうに唇を尖らせる。いや、でもあなたね、アイドルみやびがオンカジに入り浸っているギャンブル狂いだってことを知られてしまったことは、十分すぎるほどの弱みだ。


 さて、私はこの子をどうしたものかと頭を抱えていると、ナツは私から数歩距離を取って両腕を広げた。ブカブカの学生服からちょこんと両手が覗いている。萌え袖可愛いな。でも今の私からすると、悪魔が両手を広げているようにしか見えない。


耶雲やくも胡桃くるみです」

「え?」

「名前です。有耶無耶な雲に、ナッツの胡桃」

「ああ、本当にナッツだったんだ……」

「そうだったのです。だから――」


 そう言って、彼女は手を伸ばしてきた。


 はじめは、何故彼女が手を伸ばしてきたのかわからなかった。袖口からちょこんと伸びた白魚のような指は、庇護欲をそそるほどに可憐だ。少なくとも、それが私に向けられた銃口でないことは確かだ。敵対ではなく友好。でも、どうして?


「ポーカー楽しかったよ、みやびお姉ちゃん」


 あ、キュンと来た。


 ユニットメンバーからみゃー姉だのミヤ姉さんだの呼ばれているからといって別に姉呼ばれフェチというわけではないのだけれどもこの女子中学生からのお姉ちゃん呼びは完全に不意打ちだったそりゃもう急所にズキュンときたこんなのもう堕ちるに決まっているでしょう私がお姉ちゃんだ今日からあなたは私の妹だ。


 なんて、まあ冗談だけれど。

 でも、彼女に好感を抱いたのは確かだった。


「はは。まあ、よろしくね、胡桃ちゃん」


 私が手を握り返すと、霧雨ナツ――胡桃ちゃんは、花が咲いたように笑った。


「これからよろしくおねがいしますね、お姉ちゃん」


 ああ――もう。こんなのずるい。

 ブラフなんて張れやしない。騙されていたとしても許しちゃいそうだ。


 耶雲胡桃。一流のポーカープレイヤーで、バーチャルアイドル霧雨ナツの中の人で、そして凄腕のハッカーで――彼女がどんな人物で、どんな理由があってそんな立ち位置にいるのかわからないけれど、ひとまず今は深く考えないことにした。


 ポーカープレイヤーは嘘をつくけれど、プレイングにはとても真摯だ。


 少なくとも、霧雨ナツというプレイヤーは、どこまでもポーカーに対して真摯だった。それは、彼女のプレイを見ていれば嫌でもわかる。極限まで相手の腹の底を探り合うのがポーカーというゲームだ。相手の好ましい部分も、嫌な部分も、全てまとめて知ろうとする。そんな純粋な人間が、仲良くしたいと言ってきたのだ。そんなの、受け入れるほか無いだろう。


 騙し合いの後には、胸襟を開いて称え合う。

 偶像たちの化かし合いは、舞台裏で正体を明かし合って終わりを告げる。


 そんなわけで、私にポーカー友達が増えたのでした。



 EP2『バーチャルアイドルはポーカーフェイス』 END


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