EX2.流れ連荘無間流局 後編
東一局二本場
二本場は比較的平和に始まった。
マサキの手牌はそれほど良くなかったが、ツモがことごとくハマってくれたおかげで、十巡目にはテンパイすることが出来た。
(よっしゃ、運がいいぜ。あとは当たり牌がどこにあるかだけど)
マサキはスマホアプリを立ち上げて、卓上を軽く撮影する。
カメラアプリはすぐにバックグラウンドへと回して、スマホの画面は麻雀ゲームのアプリ風のものにする。
マサキが関わっているグループが開発したアプリで、画像で撮影した雀卓の様子と、ゲームアプリを連携して、印がついた牌を浮かび上がらせるというシステムだった。こうすれば、スマホカメラで雀卓を覗き込んでいる時間は短く済むため、観戦者から見られてもイカサマをしているようには見えない。
精度を上げるためには何度か写真を撮らなければいけないが、その程度の手間で牌が読み取れるのならば悪いことではない。
マサキがこの卓で読み取れるのは『白』と『南』、三索と七索の四種類。他の字牌にも仲間が付けたマークが微かに残っているが、字牌だと分かる程度で、具体的な中身はわからない。
最も、ゲーム中でもガンは更に増やしている。雀卓は通常、麻雀牌のセットを二つ交互に立ち上げてくるため、ガンを付けるためには二セット同じガンを付ける必要がある。この地道な努力こそが勝利への道なのだと、マサキはせっせと印を付けていく。
結局、二本場は誰も上がることが出来ず流局となった。
マサキ以外の誰も聴牌していなかったので、ノーテン罰符を三人からもらう。この半荘で初めて点数の移動があった。
そうして三本場。
またしても流局――今度は四人とも聴牌していたので、罰符は無し。
続く四本場。
(……おかしい)
ようやく、マサキはこの卓の不気味さに気づいた。
手は入るのだ。六巡目という早いタイミングで聴牌し、あとは和了るだけなのに、なぜか当たり牌がどこからも出てこない。
今回はガン付けをしている
しかし、それを下家の伯父が邪魔してきた。
「カンだ」
これでツモ順がズレた。
マサキのツモ和了はなくなったので、振り込みに期待するしか無い。苦々しく思いながら見ていると、次にトラおじちゃんが動いた。
「よし、こりゃあいい。――オレっちもカンだ」
そう言って、彼は手牌の中から一萬を四枚倒した。
そのままトラおじちゃんは、嶺上牌を横に倒しながら河に捨てる。
「リーチだ。さあて、面白くなってきやがった」
ドラが二つ増え、その上でリーチ。これは危険すぎる。
さすがに降りるべきかとマサキが迷っていると、次に上家の源さんが、困ったように「うーん」とツモ牌を手の中でいじっていた。
「さて、どうしましょうか。トラさんの手、高そうですしね」
そんな風にわざとらしく言いながら、源さんはツモ牌を手の中に入れると――四枚を倒してみせた。
「ならば、私も暗槓です」
「ちょ、リーチ相手に何してるんっすか!」
マサキは思わず叫ぶ。
カンは行うたびにドラが増えるため、リーチしている相手の点数を無駄に上げる可能性がある。もちろん、自分の手牌がドラになる可能性もあるため一概に悪いとは言えないが、普通はリーチしている人間が居る時にするものではない。
文句を言うマサキに、源さんは申し訳無さそうにヘラヘラ笑う。
「ごめんなさいね。この方が私にとって都合がいいので――さて、嶺上牌はっと」
言いながら、源さんが嶺上牌に手をかける。
その時、マサキは気づいた。
(次に上家のやつがツモる嶺上牌、『三索』じゃねぇか!)
王牌の奥底で死んでいたと思われた三索だが、カンが三回も発生したため、ついに嶺上牌でツモれるところにまで浮き出ていたのだ。
(上家の男が索子を持っている感じはしねぇ。だとしたら、あれは高確率で出る!)
さあ捨てろと、マサキが強く念じるのを前に、源さんはゆるりとツモ牌を見る。
そして――それを手の中に入れて、別の牌を捨てた。
(くそ、出なかったか!)
マサキの手を警戒したのか、はたまたトラおじちゃんの方を警戒したのか分からないが、源さんはその時、しっかりと三索を止めてみせたのだった。
代わりに河に捨てたのは、
その時だった。
「カンだ」
伯父がその八萬を大明槓した。
「は?」
思わず声を漏らすマサキをよそに、伯父は嶺上牌をツモり、そして不要な牌を河に捨ててから他の三人を順繰りと見渡す。
「誰の当たりでもないな。なら、四槓流れだ」
「は、はぁああああああ!? 何だそりゃ!!」
マサキの絶叫が響き渡った。
理由としては、麻雀では
ちなみに、一人の人が四回カンをするのはルール上問題がなく、その場合は
立て続けに特殊流局が続き、マサキはいい加減この卓がおかしいことに勘付き始めた。
「な、なんで四槓流れなんてもんが起こるんだよ……。なあ店長さん、アンタ、わざとやったんじゃねぇのか?」
「当たり前だ。俺の手は悪く、ドラは三枚に増えた状態でリーチしているやつが居る。そんな状態で流局できる手があるんだ。やるに決まっているだろう」
もっともらしい言い訳をしているが、もちろんこれもイカサマだ。
すり替えに続くすり替え。もはや見破られない方が悪いと言えるほど、伯父たちはマサキの目を盗んで目の前で堂々とすり替えを行っていた。
加えて、源さんはゲーム開始前にマサキとは別のガンをすべての牌に施しているので、伯父たちにはすべての牌が筒抜けになっている状態だった。
はっきりと相手が悪いとしか言いようがなかったが――この卓の不気味さに気づいたとしても、マサキはまだ相手三人がグルだというところまでは気づけておらず、また流局が続いているだけで負けているわけではないため、強気で啖呵を切った。
「くそ、やってやる! さあ次っす次!」
それが地獄への片道切符だとも知らず。
マサキは勝負にのめり込んでいく。
※ ※ ※
東一局五本場。
誰も和了らずに流局となった。
東一局六本場。
誰も和了らずに流局となった。
東一局七本場。
トラおじちゃんが九種九牌で流局となった。
東一局八本場――
「さ、さすがに、
顔をひきつらせたマサキに対して、伯父はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「八連荘は八回和了った場合だ。流れ本場では適用しない。そもそもローカル役扱いだから、うちの店では取り扱っていないがな」
「は、はは。そっすよね」
親が連続で和了り続けて八本場まで重ねた場合、八回目の和了はどんな手でも役満扱いにするというローカル役がある。現在でも採用している店がどのくらいあるか分からないが、八回連続で和了るというのはなかなか難しいので、ご祝儀的な役満である。
その可能性はなくなったものの、依然として誰一人として和了れない状況は続いていた。積み棒もすでに八本を越え、一度でも和了れば二千四百点が加点される状況となっている。
なんとしても和了りたい。
そう思いながら、マサキは牌をツモる。
好手配。
リーチすれば断么九・平和・三色で満貫。これは強気に行くべきだ。
「リーチっす!」
「お、強気だな、兄ちゃん」
必死なマサキに対して、トラおじちゃんはニヤニヤと笑う。
下家の伯父が牌を捨てた後、トラおじちゃんは「そうだな。それじゃあ、ま」とぼやきながら、手の中で牌を弄んでから宣言した。
「通らば追っかけ、リーチだ」
二軒リーチ。
トラおじちゃんが捨てた牌はマサキの当たり牌ではなかった。
負けてたまるかと、マサキが祈るような思いでいると、次の手番である上家の源さんが牌を捨てながら言った。
「うーん、ここは私もリーチですね」
三軒リーチ。
捨て身の殴り合いになった。
まさか自分以外に二人もリーチが出てくるとは思わず、マサキは青くなりながら山から牌をツモる。一発ツモは不発。リーチしている以上、そのまま河に捨てるしか無いが、それが他の二人の当たり牌ではないことを祈りながら、彼は力強くツモ切りする。
ロンの発声はない。
通った、とほっと一息ついた時だった。
「――ふん。仕方ないな」
下家の伯父がそうつぶやいて、牌を捨てた。
「俺も、通らばリーチだ」
伯父の捨て牌は誰にも当たっていなかった。
そのことを確認すると、伯父はつまらなそうに鼻を鳴らして言った。
「四家立直だな」
「……へ? なんすか、それ」
疑問を浮かべるマサキに対して、伯父は淡々と「流局だ」と言う。
「四人全員がリーチをした場合、あとはただのめくり合いになるから流局にするというルールだ。知らないのか?」
「そ、そんなの、めくり合いすればいいじゃないっすか! それも含めて麻雀っす」
「確かに採用していない店もあるが、少なくともうちの店では
すげない伯父の態度に、マサキは頭が真っ白になりながら食い下がる。
「そ、そうだ! そんなに都合よくみんなリーチできるわけがない。誰かノーテンリーチしているんじゃないっすか? みんな手を開かないと駄目っすよ」
「……そうだな。そもそも、四家立直は手を開いて全員
マサキの言葉を認めながら、伯父は手を開いた。
「おう、オレっちはこれだぜ」
トラおじちゃんが手を開く。
「私はこれですね」
源さんが手を開く。
見事に三人共聴牌していた。
「は、はは……」
マサキは自分の手を開きながら力なく崩れ落ちた。
※ ※ ※
東一局九本場。
誰も和了らず流局した。
東一局十本場。
東一局十一本場――
「……もう、積み棒に使う百点棒がないんすけど。両替できますか?」
本場が重なるごとに親が右端に置く積み棒は、本場数を表す目印として置く決まりとなっている。それ自体は親の点棒なので誰かが和了っても失われるものではないが、その積み棒の数×三百点が和了った人の点数に加点される。
現在は十一本場なので、すでに積み棒の加点だけで三千三百点――
「積み棒か。それならもう仕舞っていい。どうせまだ流れるんだ。別の席の点棒を借りる」
ああ、やっぱりコイツらはわざと流局しているのかと、ようやくマサキは危機感を覚える。
偶然が重なった可能性にすがりたかったが、伯父の宣言に他の二人がまるで文句を言っていないから、やはりわざとなのだろうと分かった。マサキにはその理由は推し量れなかったが、目の前の三人がグルなのはようやく分かった。
「……どこまでこんな無駄な勝負を続けるつもりっすか?」
「どこまで、か。そうだな。どうせなら、五十二本場でも狙ってみるか」
「はぁ? 五十二本場って、なんすか、それ……」
本気で意味がわからず困惑するマサキに、トラおじちゃんがゲラゲラ笑った。
「なんだおい、今どきのガキは、麻雀やってて『東一局五十二本場』も知らねぇのか。もっと本を読め、本を。がはは、オレっちたちの世代じゃ、阿佐田哲也は麻雀打ちの必修だったぜ。なあ源ちゃん。お前も読んだことあるよな?」
「あれはしびれますよね。それも、こんな遊びではなく真剣勝負なのだから素晴らしい」
どうやら自分以外の全員には話が通じるらしいとわかり、マサキは血の気が引きそうになっった。ちなみに私も分かるが、仮に分かった上で同じ立場に立ったとしたら、多分マサキ以上に背筋が凍っただろうと思う。
一流の麻雀打ちたちが、五十二本場までは流局し続けようって口裏を合わせたのだ。
こんなの――怖いに決まっているだろう。
なにせ、この時点ですでに一時間半は経過しているのだ。いつまで続くかわからないこの流局地獄が、マサキの精神を少しずつ削っていった。
十一本場は、全員和了れず流局した。
続く東一局十二本場。
ここでようやく、マサキは自分が
しかし、マサキの狙いに気づいたのか、伯父とトラおじちゃんがそれぞれカンを二回ずつして四槓流れを行った。
東一局十三本場。
なら振り込めば良いじゃないか。
マサキは必死で周りの当たり牌っぽいものを打ち続けた。安牌ならぬ危険牌ばかりを手に集め続け、的確なところで打ち込んでいった。
その甲斐あってか、
「ロン。
ただの
しかし、振り込んだにもかかわらず、マサキはホッとしていた。これで少なくとも本場はリセットされるし、局も次に移る。ようやくまともな麻雀ができるのだと、胸をなでおろした。
しかし、その安堵はすぐに崩れ落ちる。
「それならオレっちもロンだ。
トラおじちゃんが手牌を倒す。
二人から同時にロンされた。
この場合、ルールによって状況は変わる。頭ハネと言って席順の早い方の和了が優先される場合は、トラおじちゃんの和了が優先される。しかし、どちらの和了も認めるダブロンが採用されていた場合、マサキは二人に点棒を払わなければいけない。
十三本場でダブロン。
これはでかい放銃だ。
マサキが微かに顔をひきつらせたところに、下家の伯父が声をかける。
「安心しろ、坊主」
「は、はは。安心って、この店、頭ハネルールでしたっけ?」
「いや。ダブロンはありだ。だが――三人目が居た場合は、話が変わる」
そう言ってから。
伯父は、「ロン」と宣言して、手牌を倒した。
五筒単騎待ち。
しかし――
「
「さ、さんちゃ、ほー……。流局、スか……」
へなへなと、マサキは力なく椅子にもたれかかった。
最も、それが本当にマサキにとって救済になったかは分からないが。
「がはは、珍しいもんがあるな。三家和なんて狙って出すのはなかなか難しいぜ」
「ええ、そうですね。狙ってやるのは、相当の実力が必要でしょう」
「ああそうだな。狙ってやるからには、かなりの実力差があるだろうな」
三人の悪魔がそう言う。
ここに来て、マサキはようやく恐怖を覚え始めた。
目の前の三人が何者なのかわからない。この三人が何をやっているのかも分からなければ、目的すらもわからない。ただひたすら、マサキは翻弄され続けている。
この無限に続く流局の先に、一体何があるのか……。
「あ、あんたら……一体何なんだ……!」
マサキの心からの叫びに対して。
トラおじちゃんは満面の笑みで手を上げ、
源さんは頬を掻きつつ薄ら笑いを浮かべ、
伯父さんはつまらなそうに鼻を鳴らした。
「ただの麻雀打ちさ」
※ ※ ※
結局。
東一局は二十一本場まで続いた。
「うわ、ひどいことになってるね」
私が『紅一点』に顔を出したのはその日の二十三時過ぎ。終電ももう少しで終わってしまうから、今日は伯父のところで泊まろうかと思って来店したら、マサキが酷い目にあっていた。
他の客は誰もおらず、卓には伯父とトラおじちゃん、源さんとの三人と、雀卓に突っ伏してうめき声を上げているマサキだけが居た。
「決着はどうなったの?」
「二十一本場でこの坊主がトラの大三元に振り込んだ。ついでに、俺の七対子も当たりだったからダブロンだ。源の準備が間に合わなかったから、三家和は失敗した」
「あはは、面目ない。でも、これで十分ですよね?」
なにせ、二十一本場な上に、役満を含めたダブロンに振り込んだのだ。
伯父の店の高レート卓では点デカリャンピンなので、千点二千円。二万五千点持ちの三万点返しでウマがワンツー。仮にゼロ点の最下位で終わった場合、まず三万点返しでマイナス三万点に、ウマでマイナス二万点。つまり、五万点の負けなので十万円の出費となる。
最も、これは箱下を考えない場合だ。
二十一本場なので一つの和了に対して六千三百点が加点されているし、何より役満の三万二千点に振り込んでいる。純粋な点数だけでなく、役満の場合はご祝儀で二万円分のチップを出すのがこの店の決まりだったはずだ。さらには、伯父の七対子も地味に効く。二十一本場ともなると、二翻千六百点の七対子でも、六千三百点を加算して七千九百点、ほぼ満貫だ。
ちなみに今回のルールでは箱下精算あり。つまり、マイナスは計算できるだけ計算する。なので、マサキはこの時点で十二万円近く負けたことになる。
加えて、最初の取り決めでマサキは全員と二十万の差しウマをしているので、上位三人に二十万ずつ渡す。この数時間で七十万以上の負けである。
「それで、もう決着は付いたんでしょ。じゃあ、マサキくんのことはどうするつもりなの?」
「おいおい、何言ってんだみーちゃん」
と。私の言葉に、トラおじちゃんがニヤニヤ笑いながら言った。
「まだ半荘一回が終わっただけだぜ。このお兄ちゃんとはな、半荘四回する約束なんだよ」
そのトラおじちゃんの言葉に、雀卓に顔を伏せていたマサキがビクリと動いた。
それを見て、源さんが柔和な笑顔で言う。
「そうでしたね。まだあと三回残ってます。博奕の約束は守らないと」
笑顔は柔らかいが、言うことは残酷だ。
マサキは怯えたように顔を上げ、ふるふると震えながら椅子を立って後退ろうとする。
そんな彼の背後を塞ぐように、伯父が立った。
「さあ、お客様。負けを取り戻さないと。勝負はこれからですよ」
伯父、ニコリともしない。
マサキはガタガタと震えながら周囲を見渡す。その目がすがるように私へと向けられたが、私はそれをニコリと笑って返した。
「ごめんね、マサキくん。さすがにかばってあげようかと思ったけど、きみが約束したなら仕方ないや。だって――博奕の約束は絶対だもの」
そう、博奕の約束は絶対だ。
なぜなら、それをふいにした瞬間、ギャンブルの持つ合意の略奪という不文律が崩れるからだ。お金を賭けるという約束を互いに守るためにも、博奕を打つ上で結ばれた約束は、絶対に守らなければならない。
「がはは、まあ安心しろや兄ちゃん。こっからはオレっちたちも本気でやるからよ。流局なんて馬鹿な真似はしねぇし、お互いに真剣勝負をするさ。なあ、源ちゃんに、勘ちゃん」
「ええ、そうですね。最近はトラさんに負け越していることですし、そろそろ私も儲けさせてもらわないと」
「そうだな。店としても、トラが暴れているせいで最近客足が良くない。そろそろ虎退治をする必要があるとは思っていたんだ」
そう、三人が戦意を燃やす。
すでに四時間近く流局を続けるという神業をやり続けたにもかかわらず、三人は未だに元気だった。
それを前に。
正木賢太郎は、「ひ、ひひ」と、引きつった笑い声を上げたのだった。
※ ※ ※
後日談。
マサキは結局、五百万近く負けたらしい。
何でも途中から借金を取り返すために差しウマの額を上げたらしい。馬鹿だなぁと思う。負けを取り返すためにレートを上げるというのは、基本的に負けフラグだ。そもそも、ギャンブルというのは勝つのと同じくらい負ける可能性が高いので、負けがこんでいる時こそいかに負けを広げないかを考えるべきで、取り戻そうなんて考えてはいけないのだ。
そんなわけで、博奕の負けを払うために複数の消費者金融でお金を借りたマサキは、借金を返すためにホストクラブで働くことになった。
「ちわっす、先輩! 今日もきれいっすね。あ、どっすか今日は。良い新ネタ拾ってきたんスけど、代わりにボトルとか入れてくれませんか?」
こんな感じで、マサキは闇カジノの情報と引き換えに、私にホストクラブでの指名と注文をおねだりするようになった。まあ、私としても闇カジノの情報は嬉しいので、付き合ってあげようと思い、ホスト通いが始まったのだった。
ちなみに、マサキがやっていた集団イカサマについてだが、マサキが負けた時に全てを伯父たちにゲロったため、程なくして全滅することとなった。
半グレたちが集団でシノギとしようとしていたみたいだが、所詮は素人のイカサマなので、裏プロたちがこぞってぶっ叩いていった結果、全員借金野郎となったのだとか。
雀荘で大勝ちするなんてシノギ、ヤクザにしてはみみっちい上に先がないなとは思っていたけど、やはり後先考えない少数の半グレたちだったわけだ。
まあ、彼らが好き放題しているのは、暴対法のせいで裏社会を仕切るヤクザが弱体化している証拠でもあるんだけど……十年前くらいだったら、こんな半グレたちをヤクザが野放しになんてしなかっただろうに、時代は変わるものだ。
ちなみに、そのイカサマ集団の掃討戦には、源さんがこしらえたガン牌がかなり猛威を発揮したらしい。
源さんはあちこちの店で専用のガン牌を作っては、その店で戦う裏プロにその仕組を教えていった。それはある意味、手品の種を教えるようなもので、非常にもったいないものだったけれど、その理由を源さんはこう語った。
「麻雀で稼ぐなんて時代は終わったんですよ、みやびさん。ガン牌なんてものは手品みたいなもんで、広く知られればお店も対策を取りやすいでしょう。イカサマは公開してこそ公平になるんです。隠し続けるのは、『敵』に対してだけでいい」
イカサマというのは、相手をはめるためではなく、はめようとする相手と戦うための技術である。それは、伯父を始めとして、私が教えを受けたギャンブルの師匠たちがこぞって言うことだった。
それはかつて、神童と呼ばれ、伝説のガン牌職人の薫陶を受けた源克巳にしても同じだった。
彼は若干十代にして一色勘九朗と勝負し、互角の戦いを繰り広げた男である。そんな彼にしても、イカサマを使う時は的確に自分の中で線引をしていた。
二十年経って三十六歳となった源さんは、麻雀牌を拭きながら言う。
「私は所帯も持ってますし定職もある。麻雀打ちとしてはもうほぼ引退しているので、ガン牌はただの趣味ですよ。造形しとしての稼業の片手間の、ほんのお遊びです。だから、その技術を晒しても別に惜しくない」
「でも、遊びにしては、随分本気で仕事してたよね。それはどうして?」
ガン牌はかなり強力なイカサマなだけに、源さんは伯父の店以外ではそれほど使おうとはしなかった。
そんな彼が、なぜ今回は率先して動いたのか。
「そんなの、私だけじゃなくて、勘九朗さんやトラさんと同じですよ」
はて、同じとはなんだろうか。
私が首をかしげると、源さんはくすりと柔らかく笑って言った。
「私達の可愛い娘分が、くだらないイカサマで負けさせられたんです。そんなの、仕返ししなければ気がすまないに決まっているじゃないですか」
まったく、もう。
この人達は、本当に私に甘いんだから。
可愛い娘分としては、素直に甘やかされるのが親孝行かと思う今日このごろだった。
EX2『流れ連荘無間流局』 END
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