それから多少の月日が流れました。


 あの夜会から数か月も経たないうちに、王国内でクーデターが起きて当時の王族の大半が処刑されたようです。どうやら国税の大半を使って贅を尽くしていたとか。

 国税は国民から集めた国を運営するための資金である以上、王族とは言え自由に扱っていい物ではないのです。なので、王族の処刑に反対する国民は少なかったらしいです。


 聞いたところによるとこのクーデターを指揮していたのはあの夜会でターゲットになっていた公爵令嬢だったようです。しかも、クーデターには隣国の皇子も参加していたとか。本当かは知りませんけど。


 第2王子に関してはクーデターの際に命を落としたらしい。

 あの時王子の隣に居た子爵令嬢は王族と同じように処刑されたようですが、どうやらこの新興子爵家はクーデターに参加していた皇国とは別の他国から来た工作員の家系だったらしく、裏からこの王国の侵略を進めていたようです。それが明るみに出たことで令嬢同様に全員処刑されたと聞き及んでいます。


 まあ、当時の私には関係なかったことなので深くは知らないのですけれど。私の知っている情報はほとんどが又聞きですし。


 そして、あの夜会での選択は、多少乗せられたとはいえ正解だったということなのでしょう。

 私はまだ侯爵家の中に居ます。別に拘束されているとか奴隷のような扱いを受けているというわけではないのです。ただ、未だに理解できる状況ではないということではありますが。


「どうしたんだい?」

「何でもありませんよ。あなた」


 何で私はあの侯爵令息と婚約しているのでしょう? 平民上りのメイドをしていたはずなのに、いつの間にか未来の侯爵夫人って、夢物語でももっとましな展開になっているはずですよね?


「もう少し、明るい表情になってもらえると嬉しいのだけど。これから結婚式なんだよ? もう少し嬉しそうにして欲しいのだけどね」

「ああ、ごめんなさい。まだ、こうなっているのを受け入れ切れてなくて」

「君も納得しているから、こうなっているんだよ?」

「わかっています。でもこれはあなたの口車に乗った結果ですよ?」

「言うようになったね? うちに来た当時は反論も出来なかったのに。それに嫌ではないのだろう?」

「う、まあ、そうですね」


 侯爵家を抜きにしてもこの人と結婚するのは別に嫌ではないんです。むしろすでに色々やっているのだから受け入れてはいるし、愛しいとも想っているのですから。


 ただそれとこれとは別。平民が貴族になるのは精神的にそれだけ高い壁があるということ。多分この人は一緒に乗り越えてくれると確信しているけれど、尻込みはするのですよ。


「レトレリオ様方。会場の準備が整いましたので移動をお願いします」


 式に使う屋敷のホールの準備が済んだらしい。レトレリオ様付きのメイドが呼びに来た。

 ここに来た当初は今呼びに来たメイドも私の上司だったはずだけど、思い返してみれば最初から今の態度と変わらなかったような気がする。もしかして、最初から私は婦人候補として狙われていたのでしょうか?


「ほら、行くよ。私の愛しい人」

「うぐっ!」


 くさいセリフだけど、レトレリオ様はおそらく私の反応をからかってわざと言っていますね。ここは私もお返しをしてもいいはずです。


「ええ、行きましょうか。愛しい人」


 私はそう言ってレトレリオ様の頬にキスをしました。するとレトレリオ様は驚いた表情で固まってしまいました。よし、この反応を見る限り私の勝利ですね!

 そうしてメイドに続いて控室を後にしようと歩き出す前に後ろから抱き着かれた。


「ふふっ」


 あ、不穏な気配がします。ってちょっと!?


「待ってください! 持ち上げないで!?」

「いいじゃないか。嬉しいことをしてくれたお返しだ」

「え? もしかしてこのまま移動するのですか!?」


 レトレリオ様は私を横抱きしたまま、控室を出て会場に続く廊下を進んで行きます。私はどうにかして下ろしてもらおうと抵抗したのですが、一向に下ろしてくれる気配はありません。


「レトレリオ様。そのままだと奥様のドレスに皺が出来てしまいます。抱き上げるならもう少し気を使って丁寧になさってください」

「会場が近いのだから問題はないだろう」

「そうですが」


 頼みの綱であるメイドも窘めてはくれていますが庇ってくれる気配はありません。最初は庇ってくれていると思っていたのですけれど、聞いてみれば下ろせとは一言も言っていないのですよね。立場上仕方ないのでしょうけれど。


「あの、さすがに下ろしてください。このまま会場入りはあまりよろしくないと思います」

「そうだろうか? 私たちの仲の良さを前面に押し出せていると思うが」

「ぐっ、まあそうかもしれませんが。ですが…ぅむっ」


 いきなりキスされた。やっぱりさっきの仕返しなのでしょうか。


 突然のキスに顔が火照ります。先ほどのレトレリオ様は驚いた表情だけでしたが、どうして私はここまで狼狽えてしまうのでしょう。

 あ、あれ、じゃあもしかしてさっきのも演技だった可能性も?


「いいだろう? このままでも」

「うっ、わかりました」


 仕方ない。このままだったら火照った顔も隠せるのだから受け入れることにしましょう。何かこれも誘導されている気もしますが、抵抗したところでやめてはくれないので諦めるしかありません。


「少々お待ちください。レトレリオ様方が到着したことを報告してきます」


 そう言ってメイドは私たちの前にある会場の入り口とは別の出入り口から中に入っていきました。


「緊張しているかい?」

「当たり前です。緊張しない方がどうかしていますよ」

「ふふ。何があっても私が守るから安心しなさい」

「っ!?」


 さっきの悪戯するような表情から、いきなり優しい表情になってこんなことを言うのはずるいです。さらに顔が火照ってしまいます。


「お願いしますね? あなた」


 私が溢れ出す嬉しさと色々と混ざった感情から一言振り絞ってそう言う。それと同時に目の前にある会場の扉が開きました。

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