第30話 決別、喪失感

 

「はは、本当にね。あぁ、確かにこれは自業自得だ」

「いや、笑い事ではないだろう」


 グレテリウスは自身の行動を思い返してか苦笑していると、オルセア皇子が呆れたように言い返した。


「グレテリウス」

「何かな」


 このまま、グレテリウスの話に付き合っていても時間の無駄だし、たぶん自業自得のくだりは時間稼ぎな気がするからさっさと話しを進めよう。


「元婚約者として、最後に話をしましょうか」

「最後…か」


 うーん。あからさまに時間稼ぎしようとしているなこいつ。


「あ、そう言うのは要らない。どうせあの令嬢が逃げ切れるように時間稼ぎしているだけでしょう?」

「うっ! いや、そう言うのは気付いていてもそれとなく躱そうとするものじゃないかな。ミリアは昔から割と話の流れを無視するよね」

「時間の無駄ですから。と言うか折角綺麗に話を終わらせようとしたのに、なぜそう言うことを言い出すのかしら」


 これ、もういっそ無視して先に行った方が良いわよね? でも、ミリア的にはしっかり区切りをつけた方が良いのは事実だし、面倒だわ。


「はあ、もういいです。近くに居ながら貴方を碌に矯正できなかったのは私の不手際ですし、貴方の手綱を上手く操れなかったのもあります。それに最大の失敗はあの令嬢が貴方に近付かせてしまったことです」

「あの子は悪くない」

「いえ、それはないです。あれは貴方を腐敗側に巻き込むために近付いて来ただけですよ。少なくとも最初は、ですけれどね? まあ、今はこんな時にやる位には仲が宜しいみたいですけれど。それに、多少は気付いているのでしょう?」

「…さぁ」

「…貴方がどう思っているかはわかりませんけど、婚約破棄については多少傷つきました。ただ、別に長く引きずるとかは無いので気にする必要は無いですよ? 元より親から決められた婚約でしたし、子供の頃から一緒に居たせいで異性と言うよりも家族と言う印象が強かったせいで恋愛感情は一切ありませんでしたからね。貴方もそうでしょう?」

「まあ、そうだね。姉とかそう言った印象が強いかもしれない」

「なので、あの令嬢に貴方が取られても、今まで大事にしてきた犬が相手に取られたくらいの衝撃でしたから」

「え…犬?」

「ちょっとお馬鹿で私に懐いていた犬ね。それがいきなり私を無視して他の相手に思いっきり尻尾を振って媚びを売っていたって印象ね」

「酷い言い方だ」

「でもそうでしょう? あの令嬢がくれた餌が美味しかったからあちらに付いたのでしょうよ」


 私がそう言うとグレテリウスは完全に黙ってしまった。色仕掛けに引っかかったのだから餌が美味しかったという表現も間違っていないだろうから、気付いていれば言い返せないわよね。


「本当なら、貴方が王位を継承した上で、私と協力しながらベルテンス王国を立て直していく予定だった。でも、そうも言っていられないと言うことに途中で気付いたのよ。それであの夜会の前に色々していたら貴方はあの令嬢に丸め込められているし、私は完全に王宮から追放される流れになっていた。だからね。グレテリウス。私にはこうする以外の選択肢はなかった。そうしないとこの国は崩壊するし、私は死んでいたから」

「僕はミリアを殺そうとはしていない」


 グレテリウスがそんなことを考えていないことくらいはわかる。単に馬鹿と言うだけで優しい性格であるのは知っているのだから。


「貴方はそうでしょうけど、あの令嬢は違うわ。少なくともあれは直接ではないだろうけど、結構な数を死に追い込んでいるわ」

「いや、あの子はそんなことはしない。とても優しい子だ」

「貴方に対してはそうなのでしょうけど。そもそも、あの夜会を取り仕切っていたのはあの子でしょう? あんな場を作るような子が優しいとかありえないわ」


 まあ、あの夜会の精神的リンチを考えたのは別の人かもしれないけど、少なくとも実行している段階で優しいと言うのは在り得ない。


「いや、…でも」

「貴方が見たい所しか見ないのは昔からわかっているからこれ以上は言わない。でも、あの夜会で私たちの道が分かれたことは事実だから、最後に言っておくわ。

貴方のことは愛していなかったけど、家族としては大切な人だったわ。グレテリウス」

「…ミリア」


 とりあえず、グレテリウスとの会話は終わりね。後は、逃げているであろうあの令嬢を捕まえて終わりかしら。


「ああ、そうだわ。私たち側だけど第1王子が来ているのよ。最後に会って来たらいいのではないかしら?」

「え? 兄上が?」


 元から伝えるつもりだった情報も渡したし、後は軍の人に任せて先に進みましょうか。

 それにあの令嬢にはいろいろやられているから、早く仕返ししないとね。



 グレテリウスは後から来た軍人たちによって運ばれていった。あの怪我だし血もそれなりに出ていたから多分そう長く持たないと思うけど、何でかしら。何だかんだ生き残りそうな気もするわ。

 まあ、そうだとしても敗政側だから何らかの形で処刑されるだろうけれど。


「ミリアさん、大丈夫かい?」


 オルセア皇子が心配そうに声を掛けて来た。一瞬、何故皇子が心配して来たかしらと思ったのだけど、どうやら私泣いているみたいね。

 ああ、これはミリアの精神部分から来るものね。みどりではグレテリウスと決別したくらいでは泣けないもの。


最近は殆ど意識が混ざり合っていて完全に同化していると思っていたけど、そうでもなかったらしい。


 でも、たぶんミリアの意識が出て来るのは今回が最後。

 大して悲しいとは思っていなかったのに、涙を意識したら喪失感が生まれて私も悲しくなってきたから。おそらく完全に同化したのね。


 うん。悲しい。心に大きな穴が開いた感じかしら。腐敗側に回ってしまったけれど、ミリアにとってはこんなにも大きな喪失感を覚えるくらいに大切な人だったと言うことね。


「大丈夫ですよ」

「本当に?」


 強がり。だけど、それ以外に何も言うことは出来ない。今はまだ終わっていないし、ここで立ち止まることは出来ないのだから。


「そうか」


 オルセア皇子はそう言って私の頭を撫でた。戦いの最中だから厚手の手袋をしているけれど、前と同じように優しい手つき。本当に初めて会った時から私を喜ばせるのが上手い皇子だわ。


「行きましょう。まだ事は終わっていませんから」

「そうだね」


 そう言って私たちは王城内の奥に進んで行く。

 すると、明らかにこの先に居ますよ、と言わんばかりに通路を通れなくするように物が置かれた場所に辿り着いた。


「この先は何があったかわかるかい。ミリアさん」

「確か、この先は王城内で働く使用人用の場所だったと思います」

「立てこもっているのか? それともこの先に出口でも在ったりするのだろうか」

「うーん、いえ。おそらくこれは見せ掛けでしょうね。確かにこの先に出入り口はありますが、王都内に出るための物なのでそこから逃げるのは向いていないと思います。それにあの令嬢はグレテリウスから逃走用の道筋を聞いているでしょうからそちらに向かったのだと思います」

「逃走用、と言うことは王族が逃げるための物か?」

「そうです。確かそれなら少し前の部屋に、その通路に出るための隠し扉があったと思います」


 普通に考えたら皇子の恋人的な位置に居たはずの令嬢が知っているとは思えないけど、さっきグレテリウスが時間稼ぎをしていたと言うことは、逃走用通路を教えていても不思議ではないと思う。


「なるほど。ではそちらの通路に向かおう。ただ、この先に誰も居ないと言う保証はないのだから半数はここに残り、この先を確認してくれ」


 ああ、確かに裏の裏をかくようなこともあり得るわね。さっき聞いた情報だと腐敗政権側の重鎮が全員捕まっていないらしいから。


 そうして私たちはあの令嬢が逃げた可能性が高い、逃走用の裏通路に向かうことになった。

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