第31話 あの令嬢を
薄暗い通路を進む。逃走時に使うため、外から気付かれにくいようにしているので光は全く入って来ない。そのため、熱光石を使って通路を照らしながら進む。
この通路は、王族が反乱などによって身の危険を感じた際に使われるもの。そのため出口は王城から大分離れた位置にあり、故にこの通路は結構長く続いている。
壁沿いに進めば光が無くても進むことは出来るけど、先が見えない以上足が進む速度は当然落ちる。
だからなのか、割とすぐに皇子が逃がしたと思われるあの令嬢に追いつくことが出来た。
「誰っ!?」
グレテリウスと別れてから直ぐにこの通路に逃げ込んだからか、着の身着のままと言うかかなり薄着の令嬢が私たちの足音に気付いてこちらに振り向いた。
「久しぶりですね? あの夜会で会っただけなので3カ月ぶりくらいかしら。まあ、それ以前の面識は全くないのだけど」
そう言えばこの令嬢の名前は何なのだろうか? あのゲームの主人公だったから、プレイヤーごとに名前は違うし、初期状態でも名前の表示は無かったのよね。
「久しぶりって、何で貴方生きているのよ!」
「何でと言われましても、貴方が私を精神的に追い込んで殺そうとしていたのはわかっていましたから、それを回避しただけです」
うわぁ、何か凄い形相でこっちを睨んできているのだけど、グレテリウスはこの令嬢のどこが良かったのかしら? それとも主人公補整的な何かで攻略キャラにはすごく可愛く見えるのかしら?
「グレテリウス王子はどうしたのよ? この通路に来るまでに会っているはずでしょう?」
「ああ、グレテリウスなら死にましたよ」
実際まだ死んではいないと思うけど、ミリアの記憶の中に居た腐敗政権に取り込まれる前の綺麗なグレテリウスは完全に死んだ。と言う認識なので間違いではないはずです。相手がどうとるかは別ですけれど。
「え? 嘘でしょ? 何で……まさか貴方、振られた腹いせに殺したんじゃ…」
「いえ、そんなことはしませんよ。グレテリウスは王族ですから殺さずに確保する予定でした。まあ、簡単に言えば、ただの自滅です。おそらくこの通路に辿り着けない様に城を壊そうと爆弾を使ったようですね。まあ、その爆発に巻き込まれて、と言うことです」
まさかのことに対峙している令嬢は困惑している表情になり口を閉じた。まあ、死因が自爆とか言われたら微妙な気持ちになるのは理解できるので、特に口に出そうとは思わないけど。
「……それで、私をどうするつもり? 私はただ反乱に巻き込まれた普通の貴族の子よ。保護でもするのかしら?」
「普通の貴族? 内側から王国を乗っ取るつもりだった勢力に所属していたのに? まさか一切バレていないとでも思っているのかしら」
「……ふん。じゃあ、それを証明する証拠でもあるのかしら? ないなら言いがかりも良い所ね!」
「証拠もなく、こんなことをする訳ないでしょうに。まあ、これに関してはあの愚王に感謝しないといけませんね。管理が甘くて非常に簡単に証拠が集まりましたよ」
まあ、そう言ってくることは想定していたから、その辺の情報はかなり前から集めていた。全てをミリアが集めた訳ではないのだけど、少なくとも証拠となる情報の一端はミリアの努力によって見つけ出したものだ。
後手に回ってしまってはいたけれど、本当にミリアは国のために動いていたと言うのがよくわかるわ。この証拠が取っ掛かりになって他の情報も集まったらしいから、その点では努力は報われているわね。
ん? あ、何か逃げ出そうとしているわね。今更逃げ出そうとしても、逃げ切れるわけないと思うけど少しでも可能性があるなら、とかそんな感じかしら。
「どこに行こうとしているのかしら?」
私がそう令嬢に声を掛けると、直ぐに私の後ろで待機していた軍人が令嬢を確保するために前に出た。
「くっ! 離しなさい!」
逃げようとしたタイミングと同時に声を掛けられた令嬢は、少し体を強張られながらも逃げ出そうとしたが、直ぐに軍人に取り押さえられた。
「ダメじゃない。話の途中で逃げ出すなんて、貴族として失礼に当たるわよ? って、ああ、そう言えば貴方はこの国に来る前は貴族じゃなかったわね。忘れていたわ」
「っ!?」
令嬢は私の言葉を聞いて、取り押さえていた軍人に向けていた視線を私に向け驚いた表情を見せた。
「そうよね。元奴隷上りの新興貴族だから、貴族としての礼儀を知らなくとも仕方がないわよね?」
「何で…それを」
「何でって、さっき証拠はあるって言ったでしょうに。その中に貴方の家の情報もしっかりあるのよね。だから貴方がどう言った経緯でこの国に来て、何をしていたかもちゃんと把握しているわ」
この国で何をしようとしていたかの情報を知られていると知った令嬢は、もう完全に諦めたのか抵抗していた力を抜いて視線を下に向けた。
「どう言った経緯でそうなったかはわからなかったけれど、貴方はグラハルト商国に所属していた奴隷だった。まあ、こういったことで他国に出向いているから、奴隷の中でもましな方だったのでしょうけど。
それで、ベルテンス王国を乗っ取る際に王子に近付いて周囲の邪魔な貴族を排除すると同時に、王子を誑し込むのが貴方の仕事だった。おそらく、成功したら商国で貴族に成れるとかそんな感じかしらね」
「そうよ」
本当に逃げるのは諦めたみたいね。多少悔しそうな表情はしているけれど、抵抗は一切していないし。
「もう少しだったのに、何でこんな事になって。もう少しで貴族に成れたのに」
他国のことだからよくわからないけど、奴隷でもいろいろあるらしいから。特にグラハルト商国は奴隷の扱いが悪いらしいから、どんなことをしてでも奴隷から脱却したかったのでしょうね。
まあ、そもそもグラハルト商国の貴族って、ベルテンス王国の平民と同じような立場らしいから、そもそも認識が嚙み合わないのよ。私からしたら平民イコール貴族って理解できないし。
「大丈夫よ。貴方のことはしっかり貴族として扱ってあげるわ」
「え?」
「どんな経緯であれベルテンス王国では貴方は子爵令嬢。だからこの後の対応も貴族として扱うことになっているわよ?」
「どうして?」
これは元から決まっていたことだし、むしろ貴族でないと困る。簡単に言えば貴族の行動には常に責任を求められる。それに対して使用人やベルテンス王国にはいないけど奴隷はそこまで責任を問われない。
指示する側と指示されて動く側である以上、そうなるのは当たり前だ。まあ、大半は使用人に無理やり罪を着せて、責任から逃げている貴族もいるけれど、それはあくまで罪の正確な証拠が残っていないから出来ることだ。今回はそんなことは出来ない。
故に貴族である。と言うことは、罪の責任を十全に取らなければならないと言うことになる。だから、私はこの令嬢を貴族として扱う。
この令嬢がどこまでこの事を把握しているかはわからないけれど、今までしでかしてきたことを考えれば、かなりえげつない方法で公開処刑されることは確実。
とりあえず、そのことを掻い摘んで教えてあげた。
「嫌よ…そんなの」
「今までやって来たことを思い出してみなさい。貴方直接ではないにしろ、何人の人を死に追いやった? それを考えれば当然のことじゃない」
「私は…命令されただけで」
「貴族である以上、実行した段階で責任は発生するわ」
先の暗さを痛感したのか令嬢はまた逃げようと体に力を入れ始めた。しかし、取り押さえられている状況は改善することは無かった。
「何で…こんな、嘘よ」
もういいかしらね。この令嬢も十分精神的に仕返しが出来たし、これ以上言うことは無いから。
私はオルセア皇子にもういい、と言う合図を出した。そしてそれを確認した王子が軍人たちに指示を出して令嬢は軍人に引き摺られながら元来た通路を戻って行った。
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