紹介
仕えている身である以上、余程無理のある指示以外は拒否することはできません。できればあの場から離れたくはありませんでしたが、それならばすぐにこの書類を届けて王妃様の元に戻ればいいのです。
しかし、何でこのような指示を出されたのでしょうか。いつもなら他の者に頼んでも問題は無かったのですが、今回に限って駄目だと言うのはおかしい気がしますね。もしかしたら何か別の意図があったのかもしれません。
まさか、私が見ていない所で何か駄目な事をするつもりなのでしょうか? いえ、最近のことを鑑みれば王妃様の事ですからそういったことは無いでしょう。
国王の執務室の前に着いたので、ノッカーを使い来室を知らせます。
「少々お待ちください。ああ、それと、所属をお願いします」
ノッカーの音に気付いたのか執務室の中から声が聞こえました。声の感じからオルセア国王ではなさそうですね。補佐官の方でしょうか?
「ミリア王妃様付のメイドになります」
「了解しました。こちらから扉を開けますのでお待ちください」
「はい」
まあ、王妃付きとはいえ私はメイドですからね。見せられない書類も多いでしょうからちょっと時間が掛かるかもしれません。
「どうぞ、入ってください」
私の予想とは裏腹にそれほど間も空かずに執務室の扉が開きました。
あら? 思いの外早く扉が開きましたが、直ぐに中に入れなかった理由は書類ではなかったのでしょうか。
だとすれば、身だしなみを整えていたのでしょうか? いえ、私に対してそんなことをする理由がありませんね。
「失礼します」
執務室の扉を開けた男性が笑顔で私を執務室の中に迎え入れました。確か、この方は何度か見たことのある顔ですね。先ほどの声はやはり国王の補佐の方のもののようです。
「それで何の用事かな?」
「王妃様から書類を国王に直接渡すよう指示を受けまして、書類はこちらになります」
王妃様から受け取った書類を直接ではなく、補佐官に一旦渡す。
さすがに王妃様の指示とはいえ、一メイドである私が国王へ直接書類を渡すのは憚られますからね。なので、補佐官に渡したのですが、碌に確認しないまま国王に渡しました。
どういう事でしょう? 普通でしたら書類の中身を確認して国王に見せて良い物かどうかの確認をするはずなのですけれど。
んん? オルセア国王も渡された書類をちらっと見ただけで読み進めているというよりも、枚数の確認しかしていないような? あ、最後の1枚はしっかり確認するのですね。
「ふむ。なるほど確認した。ご苦労、と言いたいところだが、これを確認してくれ」
「なんでしょうか?」
オルセア国王は私が渡した書類の内にあった1枚を渡してきました。見間違いでなければ国王がしっかり確認していた最後の1枚のはずですが、何故私に?
国王から受け取った書類の内容を確認する。内容は…ああ、別に重要な内容は書かれていませんね。まあ、国王にとってはですけど。
渡された書類の内容は簡単に言えば、王妃様から私に対しての心配と言えばいいのでしょうかね。
『クロエが婚期について悩んでいるのは把握していますが、婚姻に関しては私が口を出すべきではないと考えています。私が口を出した結果、嫌な相手と婚姻を結んでしまったという嫌な思いをして欲しくないのです。
ただ、確かに今の環境では出会いがないのは事実です。ですので、そちらの提案を全面的に支持するわけではありませんが、一考の余地はあるでしょう。
お相手に関しては陛下に任せてしまう形にはなりますが、出来る限りクロエに配慮していただけるようお願いします』
この文の前後にあったオルセア国王との惚気とも取れる部分は省いて抜き出した文がこれです。
確かに王妃様の付きメイドをしている限り出会いは殆どなさそうなので、このまま独身のままなのではという不安はあります。そもそも現段階で婚姻するにはギリギリな年齢なんですよね。
しかし、しかしですよ。こういった場でこんなことを知らされる身にもなって欲しいものです。
提案自体は有り難いです。国王直々の紹介ですから変な方が来るとは思えませんから…ん? もしかして、執務室に来てからの対応と反応を思い返してみると、オルセア国王から紹介されるお相手って、まさか補佐の方?
そう思い、国王の横に待機している補佐の方を確認すると、少し恥ずかしそうにこちらを見ていました。ああ、これは、当たり……のようですね。
ごめんなさい。先ほど考えたことは訂正します。ご紹介していただけるのは有り難いですが、国王付きの補佐の方は私には荷が重すぎると思います。
「ああ、気付いたようだな。紹介するのはここに居るヒルトだ。私付きの補佐ではあるが、君と同じ伯爵家の出だ。君と同じようにヒルトも私の補佐をするようになって、出会いが減ってしまったようでな。さらに寄って来るのも問題がある者が多くなってしまった。それに国王付きと王妃付きなのだから立場も近いだろう」
「いえ、あの」
いえ、立場が近いとは、確かに私も王妃様付きでたまにですが補佐はしています。ですが、あくまでメイドなのです。それと国王付きの補佐となると大分遠いと思うのですが。
「なに、別に強制する訳ではない。ただ、この場で直ぐに断るよりも、互いにもう少し関りを持ってからでも遅くはあるまい」
「えぇ…」
もう、何でしょうか。どう返したらよいのかがわかりませんね。
確かに、すぐに断るのは良い機会を無駄にするかもしれません。今後のことを考えてもこれ以上の縁は来るとは思えませんし。
そう思って補佐の方をもう一度確認します。すると、補佐の方は満更でもない様子で私に向かって微笑みかけてきました。
……補佐の方も満更ではなさそうですので、すぐに断るのは難しそうですね。
あ、いえ、別に笑顔が好みだったとかではないです。とりあえず、様子見も必要だろうと思っただけですよ。それだけです。
こんな感じで彼と出会ったわけです。
あ、別に婚姻を結んだわけではありませんよ。あれから数カ月ほど付き合いが続いている、というだけの事です。
これから先、どうなるかはまだわかりませんが、悪い事にはならないでしょう。少なくとも、彼は良い方ですからね。私もこの関係が長く続いて行けたらとは思っていますし。
さて、ここから先の話は、表舞台どころか裏舞台にも上げる部分ではありませんので、ここまでとなります。
そもそも私はお嬢様の付きメイドであり脇役ですから、これ以上、私に関して語るのは蛇足でしかありませんからね。
転生したら婚約破棄され負け確定!? 死にたくないので王国を乗っ取らせていただきます! にがりの少なかった豆腐 @Tofu-with-little-bittern
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