第23話 皇国での生活も終わりを迎える
皇子の執務室の前まで来た。そこでメイドが持っていた飲み物が乗ったトレイを受け取る。……なんで2つもコップが載っているのかしらね?
トレイを渡してきたメイドを見つめるとほんの少しだけ強張った笑みを浮かべている。ついでにデュレンを見るとさっき見たものと同じ笑みを浮かべていた。ああ、デュレンの指示と言うことか。何がしたいのかしらね? と言うか勝手にやっているのかしら? それとも誰かから指示を受けているのかしら。まさかお父様からの指示ではないでしょうね? もしくは皇とか? まあ、聞いたところで教えてくれそうもないから、気にしても仕方がないわね。
「皇子。お飲み物をお持ちしました」
「ああ、入ってくれ」
執務室のドアの前で中に居る皇子にメイドが声を掛けた。すると直ぐに中から皇子の返答があったので、そのままドアを開けて私だけ中に入って行く。出来れば名メイドも一緒に入って欲しいところだけれど何人も中に入るのは良くないと諭された。
執務室の中はそこまで広くはなかった。物の配置とかはお父様の執務室とは異なるけれど雰囲気は似たような感じがする。まあ、執務室なのだから似たような感じになるのは当たり前なのだけれど。
オルセア皇子は書類を見ているらしく入って来た人物が私だとは気づいていないようね。ちょっとだけ立ち止まって皇子の様子を観察する。
美男子の執務風景はやっぱり映えるわね。何だろう、真剣な表情で書類を見たり書き込んだりしている姿を見ていると、胸の奥がじんわり暖かくなっていく。っと、変に思われる前に飲み物を運ばないとね。
執務の邪魔をしない様に音を立てないように注意してトレイを持って執務机に近づいて行く。そして、私が執務机の前まで来た時にオルセア皇子が顔を上げた。
「ああ、ありが…とう? え、何でミリアさんがここに?」
「メイド…いえ、デュレンに皇子に飲み物を運んでみないか、と提案されまして。ちょうど時間もありましたから、このように」
何か悪戯が成功したみたいな感じね。オルセア皇子の戸惑った表情を見られて嬉しく感じるわ。もしかして皇子が私にちょっかいを掛けて来る時もこんな感じなのかしら?
「ああ、なるほど。そう言うことか」
「そう言うことです。どうぞ」
皇子に飲み物が入ったコップを渡す。そう言えばこの後どうすればいいのかしら。何も聞いていないのだけれど、空になっているコップを回収して部屋を出ればいいのかしらね?
「もう1つ飲み物があるようだけど、それはミリアさんの分なのかな?」
「多分そうなのだと思います。私はこれについて全く聞かされていないのですけれどね」
「一緒に渡されたと言うことはここで飲むようにと言うことだろう?」
「まあ、そうでしょうけれど、邪魔をする訳にもいきませんし」
計画が纏まって、それに対しての物資の融通とかの調整で忙しそうだから、本当に邪魔だけはしたくないのだけれど。
「いいさ。ちょうど切りの良い所だから休憩にするさ。その間の話し相手になってくれるとなお良いのだけどね」
「わかりました。皇子の休憩中、少しの間だけ話し相手になりましょう」
うーん。見ていた限り切りの良い所って感じではなかったのだけど、皇子が良いと言うのだから良いのかしらね?
そうして少しの間、皇子と他愛ない話しをしてから執務室を後にした。
「あら、皇子お疲れ様です。今戻られたのですか?」
皇子の執務室に初めてお邪魔してから数日。夕食に呼ばれたので屋敷のホールを通ってダイニングに向かう途中、軍の準備で外に出ていた皇子がちょうど帰って来た場面に遭遇した。
「ん? ああ、ありがとう。そうだね。今戻ってきた所だ」
ダイニングに向かうのを一旦やめて皇子の元へ向かう。
「今、ちょうど夕飯に呼ばれたのですけれど、皇子はどうされますか?」
少し疲れた表情をしているから時間を置いてから夕飯を食べるかもしれないけれど、ここのところ一緒に食べているから一人で食べると何か味気なく感じるのよね。前はそうでもなかったのだけど。
ん? 意図してないけど、皇子の帰りを出迎えて後の予定を聞くって何か、夫が帰って来るのを待っていた新妻みたいな感じなのでは? 何か皇子も嬉しそうに対応しているから余計にそう感じるし。
そう思うと一気に恥ずかしさが募り、顔が熱くなっていった。たぶん私の顔は今かなり朱くなっていると思う。
「ふふ、出来るなら一緒に食べたいね。少し待つことになると思うけど大丈夫かな?」
流れるように皇子の手が私の頬を撫でる。最近よく撫でられるようになっていたので慣れ、と言うか全く嫌だと思わなくなっているから直ぐに反応出来ないのよね。いや、婚約もしていない男女が気軽に良くないから! この世界、その辺りの常識って結構厳しめなのよ!?
「ぇあ、ではそのことはメイドに伝えておきますので! 先に行って待っていますね!」
恥ずかしさから私は皇子にそう言って脱兎のごとく逃げ出した。
恥ずかしさで半分くらいしか味がわからなかった夕飯も終えて、食後の紅茶を飲んでいる。さすがに食べ終える頃には恥ずかしさは無くなっていたのでいつも通りのゆっくりとした雰囲気で過ごしていると、皇子が手にしていたコップをテーブルに置いてから私の方を見つめて来た。
「そうだ、ミリアさん。今日やっと進軍の準備が整ったんだ。私は2日後にまた前線基地の方に出向くことになるのだけれど、その時にミリアさんも一緒に行くと言うので大丈夫かな?」
「そうですか。私は問題ないです。元より荷物は少ないので直ぐに移動となっても大丈夫なようにしていますので」
「そうか、わかった」
ここでの生活も、もうすぐ終わりかぁ。まあ、計画のために来ているのだから何れ終わるのはわかっていたし、仕方がないのは理解している。
でも何かしらね。もやもやするわ。たぶん終わらせたくないってことなのだろうけど、どうしてそう思うのかしら。
……ああ、もしかしたら私はオルセア皇子と一緒の生活が終わるのが嫌なのかもしれない。何だかんだ2か月くらい同じ屋敷で生活して、最近だと一緒の部屋に居ることも多かったし、この世界に来てまだそれほど経っていないから、たぶん私の中でこの生活が当たり前に成りかけていた。
それに、これが終われば皇子と一緒に過ごすことは無くなるだろうから。
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