お嬢様の様子がわからない

 

 あの夜会から数日が経ちました。

 夜会での出来事はしっかり旦那様に報告し、その後それを確認するための諜報員が数人王宮内に出ています。


 私たちが屋敷に戻った時には既にいくつかのうわさ話が出回っていたようですが、どう考えても事が起きてからの時間を加味すると、その前から流れていなければ在り得ない程に広まっているようです。十中八九、現王政側の手が入っていると思われますが、証拠が無いのでどうにもできませんね。憎たらしい事です。


 そして、屋敷に戻って来て夕食を食べた後から、お嬢様の姿を見ていません。もしかしたら、あの夜会や噂のことを引き摺って、部屋に引きこもっているのかもしれません。ですが、理由はわかりませんが旦那様の指示で、お嬢様の部屋に立ち入るどころか近づくことすら禁止されていますので確認も出来ません。


 しかし、お食事をとっている様子も無いので、確実におかしいです。


「旦那様、少々よろしいでしょうか」


 雇い主である旦那様の命令を無視するわけにもいきませんし、私だけではどうやってもお嬢様の現状を知ることは出来ませんので、確実に事情を知っているであろう旦那様に直接聞きに来た次第です。

 あ、別に仕事をサボっている訳ではありませんよ? 今は休憩時間ですからね。


「む?」

「ミリアお嬢様の付きメイドのクロエです。少々聞きたいことがあるのですが」


 執務室の中から旦那様の声が聞こえたので、扉越しに名前と要件を伝えます。


「ふむ。なるほど、まあ、良いだろう。入れ」

「ありがとうございます」


 旦那様から許可が出たので執務室の中に入ります。旦那様の声が聞こえると同時に、何やら中から、カンッ、と言う金属同士が当たったような音が聞こえましたが、もしかしたら執務の邪魔をしてしまったのかもしれません。


「失礼します」

「ああ、とりあえず、こちらへ来い」

「? わかりました」


 何時もだったら執務室の都合で、使用人は扉付近から旦那様に話しかけることになっているのですが、どう言うことでしょうか? 指示されたので、それに従いますが。


「ち……?」


 近づいて大丈夫かの確認をしようと声を出そうとしたところで、旦那様に手で制止されました。


 そして、それから数秒も経たないうちに扉の外側から扉を叩いた音が聞こえてきました。あれ? 私がここに来た時は近くに他の使用人は居なかったと記憶しているのですが。


「入れ」


 旦那様の呼びかけで扉を叩いた人が中に入ってきます。見たことが無い方ですが、どのような方でしょうか。


「どうだ?」

「2名、近くに潜んでいました」

「そうか。処理は任せる」

「了解」


 そう言って今入って来た人は旦那様と短く会話すると直ぐに執務室から出て行きます。え? 本当に誰だったのでしょうか。


「お前は、ここに来るまで付けられていたことに気付いていたか?」

「はい? 付けられて?」


 何を言っているのか理解できません。何故、屋敷の中で私を付けるようなことをする必要があるのでしょうか。


「お前がおそらく知りたがっていることに少なからず関係することだ」

「お嬢様に関係する事…ですか?」

「そうだ。まぁ、直接ではないがな」

「と言うことは、現王政関係ですか」

「ああ、そうだ」


 なるほど、付けられていたのは私が目的ではなく、旦那様との会話を盗み聞きするためでしょうね。


「お嬢様のことを聞きたかったのですが、今聞いても大丈夫でしょうか?」

「問題はない。時間はあまりないが、聞き耳を立てているような輩は排除したからな」

「では、お嬢様の現状をお聞きしたいのですが」


 これでようやく本題に入れます。まあ、それほど時間が掛かった訳ではないのですけどね。旦那様の時間もないようですし、さっさと聞いてしまいます。


「ミリアは体調を崩し、療養している。…ということになっている」

「…ということになっている?」


 私が最初に言われたことと同じことを言われ、反論しようと身構えたところで後につけられた言葉が理解できず、そのまま聞き返してしまいました。


「そういうことになっている。ということだ」

「え? それは、どういう……」


 いえ、なっている。と言うことは、実際はそうではないのでしょう。ですが、何故、ここに来て今まで教えてもらえなかったことを話してくれたのでしょうか。


「何故、今更教えて下さったのでしょう?」

「お前に関しての調査は終わったからだ。現王政との関りが無く、それに口も堅い方だ。このまま何も教えないままだと、こちらに不都合なことをされる可能性があったからな」

「不都合、と言われるのはあれですが、確かにこのまま知らなかった場合、強引にお嬢様の部屋に侵入していたかもしれません」


 お嬢様のためなら多少の無理も出来る自信があります。もとより口数も少なく、おとなしい方ですが、小さい頃から見て来たので可愛い妹みたいな存在なのですよ。なので、困っているなら手を貸したくもなります。


「それと、こちらも手を借りたいところだったからな」

「…なるほど、何をしているかはわかりませんが了解しました。私は何をすればいいのでしょうか」


 教えてもらった以上は手伝わなければなりませんよね。さすがに無償で教えてもらえる何てことは無いでしょうから。


「理解が早くて助かる。まあ、それは追って伝える。今は、元の仕事に戻れ」

「わかりました。では失礼します」


 私が今ここに来たことは予定外でしょうから、やることが決まっていないのは仕方が無いことですね。そんなことを考えながら元の仕事場に戻りました。

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