亡命令嬢の心残り
亡命 他国にて
「リオナ。行きますよ」
「はい。お母さま」
馬車が我が家から出発する。
いつもの移動風景。いつもの御者。いつもとは異なる付き人。馬車に乗り込んでいる人もいつもより多い。
行先は、ルクシアナ国。小国ながら多くの国と交易を結んでいる影響力が大きい国です。私たちが向かう理由は亡命と言うところでしょうか。お母さまの生まれがルクシアナ国であり、そこの伝手を使ってお母さまの実家で一時的に居候のような形で厄介になる予定だとか。私は詳しく聞かされていませんので、それ以上のことはわかりません。
馬車が走り出しました。今回は私の嫁ぎ先の視察と言う名目でルクシアナ国に向かうことになっていますが、実際はそんなことは無いでしょう。場合によってはそうなる可能性は捨てきれませんが、他国の貴族同士が婚姻する場合は両国からの許可が必要になるのでほぼ間違いなく許可は下りないでしょう。少なくとも王国がこのまま変わらず腐敗を進めて行くなら。
そもそも王国から亡命して他国に向かう原因がその王政の腐敗によるものですから、お父様もお母さまも既に王国には見切りを付けているのでしょう。かく言う私も王国の未来は暗いことは理解していますので、反対することは無いのですけど。ですが、私の付き人がいつもと違うのはどういう事なのでしょうか。
いつもの移動でしたらドルスが私の付き人兼護衛役として付いていましたのに、今回は亡命する人選の中にも入っていません。
いえ、わかってはいるのです。おそらく、今回の亡命がうまくいかなかった時に私を政略結婚なり、何なりの交渉する際に交渉材料として差し出されることになることになるのでしょう。私が付き人であるドルスに好意を持っていることはお母さまも薄々は理解しているでしょうし、それは亡命が上手くいかなかった時の交渉材料としては邪魔ものでしかありませんからね。
私も貴族に生まれたからには婚姻の自由はあまりないことは承知しています。家の繁栄や、貴族間の繋がりを維持するために望まない婚姻をすることは覚悟していますから。ですが碌に別れの挨拶も出来ないまま、出発する羽目になったのは少しだけ物申したくはなりますね。口には出しませんけれど。
ルクシアナ王国の南西に位置する領地に着きました。馬車は検問を過ぎてまっすぐ目的地であるお母さまの実家である、ドルセイ子爵家へ向かいます。
馬車があまり整備されているとは思えない道を進みます。周囲の景色は畑が多いですね。少し向こうには農村?のようなものも見えます。私はあまり人の多いところが苦手なのでこういった人が疎らな環境の方が好きです。
しばらく進んだところでドルセイ子爵家の屋敷が見えてきました。屋敷は周囲に比べてほんの少し高い位置に建てられていました。近くに川も流れていますし、増水した際にその被害を受けない様にするためでしょうか。
そして屋敷に着き、出迎えに出て来ていたメイドたちの先導で屋敷の中に入ります。
「ようこそ。久しぶりだね。クラシス姉さま」
屋敷に入ると直ぐにドルセイ家の当主である叔父様がお母さまに挨拶をしてきた。立場上、こちらは受け入れてもらうため下に位置するはずなのですがどうやらその辺りは気にしないで良いのかもしれません。
「ええ、久しぶりね。何か変わったことでもあるかしら? ここを出てから1度も帰ってこられなかったからその辺りが知りたいわ」
「何も変わりはありませんよ。ああ、最近新しく使用人を雇ったくらいですね」
叔父様には今まで1度もあったことがありませんでしたが、とても穏やかそうな方で安心できますね。そう思っていると、叔父様の後ろから私よりも少し年の若そうな方が現れました。おそらく叔父様のお子さんでしょう。
「お前が何れ俺の奴隷になる女だな!」
想像していなかった突然の言葉に私の頭の中は真っ白に染まった。
奴隷? 何故? そのような事は一切聞かされていないのですが、どういうことなのでしょう? そう思い直ぐに確認を取ろうとお母さまの方を向くと、私と同じようにお母さまは驚いた表情をしていました。
え? これはお母さまも聞かされていなかったことなのでしょうか。そう考え叔父様を見ると驚きを通り越して驚愕の表情をしていらっしゃいました。あれ、ではこれはどういう事なのでしょうか。
「ロイス」
「ひっ!?」
お母さまの底冷えしそうなほど冷ややかな声で我に返った叔父様が悲鳴を上げました。ああ、なるほど兄弟間の力関係は完全にお母さまが上なのですね。
「私はこのようなことを一切聞いていないのですが、どういうことなのでしょうね? ねぇ、ロイス?」
「え? あ、いえ、ええ?」
お母さまの威圧で叔父様の顔から急速に血の気が引いて青白くなります。あの状態になるとお父様でも抑えることが出来なくなりますから、心の中でご愁傷様としか言えません。私は今のお母さまに睨まれたくは無いので無言を貫くことにしましょう。
「オ、オイガ! なぜそんなことを言うんだ!? 私はそんなこと一度も言ったことは無いはずだが?」
「え? グイがそう言っていたからです。我が家の下に付くのですから何れそうなると……言われ…て」
どうやら、場の空気をようやく感じ取られたようで、オイガ様の声が徐々に小さくなっていきました。顔色もあまりよろしくありませんね。ああ、私の正面に居るという事はお母さまの正面に居るという事ですから、お母さまに睨まれているのかもしれませんね。
しかし、グイとは|何方≪どなた≫のことでしょうか? 少なくとも貴族の年若い令息にそのような事を言うのですから、真面な方とは到底思えませんね。
「グ、グイだと!?」
「グイとは何方なのですか。ねぇロイス?」
「ひっ! あ、いえ。グイはこの前新しく雇った使用人の1人です!」
「そう。ならそいつをここに連れてきなさい。それと新しく雇った他の使用人も別室に確保しておくように。いいわね?」
「は、はい! お、おい! 早くクラシス姉さまの指示に従って動け!」
一部のメイドが戸惑っているようですが、お母さまがここに居た時から使えていたと思われる方たちは既に動き出していたようですね。ですがお母さま。いくら現当主の姉だとしても、こうやって威圧して指示を出させるのはあまり良くないのではないでしょうか。怒っているお母さまが怖いので口には出しませんけど。
しばらくして、執事服を着た男性が同じく執事服を来た初老の男性に連れられてきました。おそらくこの方がグイと言う方でしょう。何かあまり良くない空気を纏った方ですね。
「いきなり何用でしょうか。仕事の途中だったのですが」
おそらく上司である方に連れてこられたと言うのに不服そうな感情を一切隠さないのは良くないと思います。何故このような方が当主の家族に関われる立場に居たのでしょうか。
「貴方がグイね?」
「そうですが、あんたは?」
対応がなっていませんね。明らかに現当主と同格か上の立場だとわかるような立ち位置にいますのに、この態度は在り得ません。それにどうあれ客人だとはわかっているはずですが、それでこの対応と言うのは貴族家に雇われたものとしては失格でしょう。
「……ロイス。何故こんなゴミを雇ったのかしら。経緯を話しなさい。全てよ!」
「え…あっ、その」
「ドルセイ子爵家の当主に向かってその態度ぐっ!?」
お母さまの自らの雇い主に対する気に食わなかったのかグイはより態度が悪くなりました。そしてお母さまに近づこうとしたところでグイを連れて来た執事によって取り押さえられました。
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