15『友達以上にはなれないよ』
「ハル君、誰と話してるの? 九都って、波芦ちゃん、ココロちゃんのこと? ……やっぱり……ハル君は……やっぱり、そうじゃない」
御心は崩れるように膝をついて大粒の涙を流した。僕は状況を呑み込めずに、呆然と立ち尽くした。何故、御心は泣いていて、何故、僕の後ろで、九都までもが涙を流しているんだ?
九都の手から焼きそばパンが、落ちる。
「ハル君っ、もういいから……ココロちゃんが好きなままでいいからっ……あの頃のハル君に戻ってよぉっ、一緒に遊んだ、あの頃のハル君に戻ってよぉ!」
あの頃って、何だよ?
あの頃の僕って、何だよ?
僕は九都に振り返る。そこに、九都の姿はなかった。否、正確には、九都は僕のすぐ隣にいて、そのまま僕の横を通り抜けて行った。甘い香りだけを残し、崩れる御心の横を走り抜け、屋上を後にしたのだ。
ご、ごめんなさいっ
「ココロちゃん……!?」
「——九都っ!!」
御心の声を遮るように、僕は九都の名を叫んだ。
「私だって、わたしだって! ハル君が好きなのにっ、ズルいよココロちゃんっ! ずっと相談に乗ってくれてたのに、そんなのズルいよっ! そんなの、私の入る余地なんてないじゃないっ!」
九都を追うように声が響き、すぐにグラウンドの大歓声に溶ける。
「……ごめん……私、やっぱり、ハル君とは……友達以上には……なれないよ」
再びグラウンドから声があがる。放送部の実況によると、誰かが盛大に転んだらしい。でも、そんなことはどうでも良かった。
「御心……教えてくれ。九都波芦のことを」
「ハル君は……自分のことを酷く責めた。全部ぜんぶ、自分のせいだって……」
「……僕のせい?」
「そして
——全部! と、言い放って肩を上下させる御心。九都に関する記憶?
——九都、波芦のこと。
鼓動が早鐘をうつ。ココロ。ココロ。ココロ、九都、波芦。はろ。そう、波芦だ。
あいつは、——九都波芦だ。知っている。
そうだ。僕は。僕はあの日、確かに九都波芦といた。いや、波芦と在った。確かに波芦と存在した。小学六年生、冬、修学旅行、スキー場、真っ白な雪、真っ白な息——
ハロは病弱なんです。病弱。——びょうじゃく
身体が弱いってこと——
そう、そうだ。波芦は身体の弱いやつだった。
小学六年生の初めに転校してきて、卒業目前で、転校したんだよ。転校、転校した。そう、転校だ。
てんこう。転校、した。テンコウ、
あれは転校だった。アレは。アレって何だ?
僕は何を知っている?
——僕は何を忘れている?
巡る。巡る。はまっていく。砕けて散ったピースが、一つ、また一つと修復されていく。
——ハルく、ん
九都波芦の手のひらは、冷たかった。
九都波芦の小さな口からは、焼きそばパンの香りがした。
九都波芦の髪は、あの日も甘い香りがした。
——ハル、く
「!」
「ハル君!? し、しっかりして! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ、私っ、酷いよね! ごめんね、思い出したくなかったよね……!」
「はなし、てくれぇっ!」
短い悲鳴をあげ、御心が尻餅をつく。その姿がぐらぐらと揺れて見える。
消えていた九都波芦との記憶が蘇りかけている。僕と御心、そして九都は、三人で仲良く遊んでいた。御心は九都のことを、
ココロと呼んでいた。
ここのつはろ、それでココロ。御心らしい単純な発想だ。しかし二人は、ココロ繋がりだねと、とてもはしゃいでいた。
憶えている。また一つ、はまる。
僕と九都波芦はよく似ていた。
いつも一人で、教室の隅かグラウンドの端で過ごしていた。初めは、あいつのこと、暗い奴だと思った。しかし、話してみると、凄く明るくて、可愛かった。何より、変なやつだった。
僕は、そんな九都波芦が——
◆屋上編◆完結
次話◆幼少編◆
キオクガ、ヨミガエル
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