ココロレンタル
カピバラ
◆屋上編◆
01『彼女になりましょう』
——湿気の多い日だった。そんな気の滅入るような曇り空の下、
——僕はその香りを知っている。
「というわけで、ハロがハル君の彼女になりましょう」
「意味がわからん」
そも、見知らぬ人間に名前で、しかも親しげに呼ばれていること自体が不愉快である。
この時僕は、どんな顔で彼女を見ていたのだろうか。当然、知っての如く、自分の表情を自分で確認など出来るはずもなく、そりゃ鏡を見るなり、硝子に映すなりすれば可能なのだけれど、残念なことに、いや大して残念でもないのだけれど、ここは学校の屋上なのだから、そんな便利なものはないのだ。誰かは知らないけれど、屋上の鍵を破壊してくれた親切な先輩がいたようだ。それをたまたま知った僕は、ここをお気に入りの場所として使っているのだ。だと言うのに。
そんな風に思考を巡らせている、更に言えば、訝しげな表情を浮かべているであろう僕から、視線を外さず更に付け足す女。
僕は構わず学食のパンの封をあける。焼きそばの匂いがした。食欲がそそられる。
「ん〜と、そう、レンタル彼女、みたいな? ほら、恋するハル君の為に、彼女ってのがどんなものなのか、練習用に、そう、ハロが君の彼女作りの為の練習用彼女になってあげるって言ってるんですよ! だから、レンタル彼女! ドヤです!」
「レンタル、彼女? へぇ、却下。飯は一人で食いたいんだ、向こう行ってくれないかな」
「いやいやそこは健全な男子中学生として、ひゃっほーい! とか、ぴゃらぽー! とか、そんな感じで喜ぶところだと思うのですが!? 彼女出来るんですよ? おっぱい触れるんですよ?」
「……おっぱ、いや、彼女が出来ると胸を触れるは別問題、関係ない話だろうが」
「カンケーあります! ありありです!」
ほら! と、九都は胸を張る。確かに、中学生にしては立派なものが、これ見よがしに存在を主張している。そうか、こいつが彼女になれば、これを触れるのか。確かに悪くはないのかも知れない。それが僕の感想だった。
こんな僕でも女の身体には興味がある。その部位がどれだけの柔らかさなのか、気にならないわけではない。いや寧ろ気になる。なり過ぎる。
「触るぞ」
「え!? あ、ぁぁあのっ、えっ!?」
馬鹿ですか! と、僕は胸を揉むどころか平手打ちを喰らった。目から星が出るとはこのことだ。
しかし腑に落ちない。触れという意味で突き出したのだと思い手を伸ばした結果、逆に手を伸ばされた。否、手のひらで打たれたのだから。文字通り星を見たのだから。
「ま、まだ料金を、も、もらってませんっ! い、いいいきなり女の子のおっぱいに手を伸ばす人がいますかっ!?」
「……ここにいる」
「そこで自分をカウントしない! はぁ、全く、全然変わってないですね、昔と」
腕を組み、頬を膨らませ、
「レンタルなんだから、ちゃんと料金を——」
鳴いた。その時、虫が鳴いたのだ。僕はその鳴き声を良く知っている。腹の虫の鳴き声である。九都の微妙に肉付きの良さそうなお腹が見事に鳴ったのだ。
九都は顔を真っ赤にしている。面倒なので、腹の虫は無視して、僕は焼きそばパンを一口頬張る。実に美味い。隣にこいつがいなけりゃ、もっと美味いのだけれど。しかし、
「……一口、食うか?」
この時の自分の行動には驚いたが、恐らく、餌をやるから向こうに行け、といった意味合いだろう。
九都の表情があからさまに変わった。まるで太陽のような、少し大袈裟だけれど、曇り空が気にならない程度には明るい笑顔を僕に向けた。向けながら、ぐぅ、と答えた。かなり印象的な返事だった。
こうして僕と彼女の関係が始まり、屋上には物語の幕開けとばかりに陽がさした。校庭に舞う桜の花びらもキラキラと光を反射し、何となく、本当に何となくだけれど、気持ちが軽くなった。
「そういやお前、あまり見ない顔だけど——」
既に彼女、
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