02『首を洗って待ってます』
焼きそばパンの恨みはそう簡単には晴れない。
僕の当たりどころもない怒りを、——そんな小さな怒りの感情を逆撫でるかのように、彼女はやって来た。
それは僕の焼きそばパンが行方不明になってから三日後のこと、焼きそばパンが九都波芦の胃で消化され影も形もなくなった頃だった。変わり果てた姿となり焼きそばパンは帰って来た。遺族はさぞかし無念だったろう、まぁ、この場合遺族は僕だけれど。僕は九都波芦を無視し、何とか手に入れた学食の焼きそばパンの封をきる。当然、焼きそばの匂いがする。食欲をそそる。
「ごごご、ごめんなさいーー、焼きそばパン貰ったのに土日に会えなくて、ほんっとごめんなざいーー、あ、いえいえ、どうという理由があったわけではないんですけれど、ち、ちょっと興奮し過ぎて動悸を抑えるのに必死で、あ、だから、き、今日の放課後とか時間ありましたらお付き合いしましょう! 報酬もいただきましたし!」
理想の彼女、しっかり演じますから! と、九都は胸を張る。おー、揺れる揺れる。相変わらずいい胸だ。実物を見たこともなければ、ましてや触れたこともないような僕が女性の胸の良し悪しを語るのもなんだが、手のひらにしっかり収まる、いや、少し漏れ出るくらいには大きいと、そう話を盛っても過剰表現ではないだろう。改めて見ると、デカい。
しかしこの女、どうやらあの焼きそばパンを報酬だと勘違いしているようだ。思った以上に頭が痛い子なのかも知れない。
「……放課後は用事がある」
「えーっ!? ボッチのハル君になんの用事があるのですかーーっ!?」
「失礼な奴だな。失礼ついでに言うけど、そもそもお前、誰だっけ?」
「認識されてない!?」
確かに成長して見た目は変わりましたけど! と、九都の必死の自己アピールタイムが始まる。
「小学生の頃はよく一緒に遊んだじゃないですかーーっ!」
「そんな遥か昔のことは憶えていない」
「ほんの数年前のことですよ!」
「知らん」
だからと言って、と、声を荒げていた九都だったけれど、ふいに言葉を飲み込んだ。このまま諦めてくれたら嬉しいのだけれど、
「そうですか……わかりました、なら、また仲良くなりなおせば」
「……はぁ、僕は一人でいい」
そうですか……と、九都は空を見上げた。
「やっぱり、
「はぁ? なんで御心の話になる!?」
思わず怒声を込めてしまう。九都は驚いたのか少し後退り小さく身体を丸めた。女子相手に少し声を張り上げ過ぎたかも知れない。とはいえ、僕の領域に入ってきたこいつが悪い。自業自得だ。
因みに、
特に六年生の記憶が思い出せない。ある一時と、それに関わる何かの記憶が、すっぽり抜け落ちている。特に支障はない。だから僕は、知ろうともしなかった。
「ハロのおっぱいより、
と、項垂れながらも、「ふっふっふ」と怪しげに肩を揺らす九都。
正直、気持ち悪い。
「おっぱいなら、ハロの方が大きいのです! ドヤですぅ!」
「どれどれ」
——星を見た。
左の頬に熱を帯びた状態で、会話は続く。これが会話と言えるのかは別として。
「お前さ、何がしたいの?」
とにかくですね、と、九都。
「おっぱいはもっと仲良くなってからです! というか、ハロのは駄目です! あくまでハロはレンタル彼女なんですから。確かに、ハル君と稀沙ちゃんのキューピッドになるために、どーんと胸は貸すつもりだけれど」
「ならいいだろ」
「貸すの意味が違います! やっぱりハル君には女の子の扱い方を一から学んでもらわないとです」
人差し指をピンと立てて、
「今日の放課後、校門前で首を洗って待ってますから、必ず来ること! デートです! ハロを満足させてください! あ、それと、」
「あ」
焼きそばパンを取られた。
焼きそばパンを取られた!
「これはレンタル料です! 授業料も加算して焼きそばパン二つで手を打ちました!」
「ました! じゃない」
「ました!」
「返せ」
「返しません!」
九都は僕の焼きそばパンを片手にクルクルと回転しながら距離を取る。屋上の入り口前でこちらに向き直り、
「わかりましたか! 雁首そろえて校門前まで来て下さいよ! はむっ、ん〜、まーーい!」
食いやがった。また食いやがったぞ、僕の焼きそばパンを、目の前で。そもそも、僕一人でどうやって雁首揃えろってんだ。何人とデートする気なんだ。
馬鹿なのかな、こいつ。
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