08『緊急ミッションを与えるのです』
九都波芦は今日も焼きそばパンを食べる。僕のお小遣いで買った、僕の焼きそばパンをだ。
エスコート能力検定を兼ねた水族館デートから数週間が経過、変わらず、屋上で空を見上げている。何ら変わり映えのない日常だ。
あれから僕は毎週のように九都と過ごした。毎日の焼きそばパンを対価に、九都波芦をレンタルしているのだ。九都波芦のサブスク契約は継続中なのである。いつしかそれが当たり前になっていた。そんな時だった、
「レンタル彼女も、そろそろお役御免ですね」
ふいに九都が言った。
「ハル君もそこそこ女の子の扱いに慣れてきたわけですし、ゴールデンウィーク明けの修学旅行で稀沙ちゃんに告白しましょう!」
「告白? いや待て、急過ぎるだろ!?」
既に僕は認めつつある。僕は御心のことが好きかも知れないと、認めつつあるのだ。
九都の前だと何故だか素直になれた。そうだ、僕は多分、昔から、御心稀沙が好きだった。のかも知れない。我ながら、はっきりしない心だ。
「元より、そのためのレンタル彼女ですよ? 腹を斬ってください!」
「切腹か!」
斬ってたまるか!
仕方ない人ですね、と、九都は肩を竦める。いちいち動きが鼻につく奴だ。と、思うと、わかりました、と立ち上がり僕に振り返った。
「緊急ミッションを与えるのです! ゴールデンウィークの期間中、どうせ暇でボッチのハル君に緊急ミッションを与えるのですよ!」
ピンと左腕を伸ばし、右手は腰に当て、大きく脚を広げ大地を、いや、屋上のコンクリートを踏みしめた九都の胸が、とんでもない揺れ方をしたのはこの際おいておく。九都波芦は僕を指さし告げた。
「名付けて、ハル君のハロハロ告白大作戦! です! ドヤですぅ!」
「あ……」
「ルールは簡単っ! 期間中に、ハロに告白してください! それがハロからの最終ミッションです。そしてそれが出来た暁には、満を持して稀沙ちゃんにアタックするのです! ドヤドヤ、です!」
「いや……」
「頑張ってくださいね、ハル君! ハロはいつでもオッケーです!」
例えば、と、九都。
「ハロのお散歩中でも、お食事中でも、なんならお風呂の時間でも大丈夫です。いつでもウェルカムです、ドヤです!」
「ウェルカムじゃねー! ドヤじゃねー!」
「あれ〜? あれあれ〜? もしかして、もしかしたら、もしかします〜? ビビってます? ハル君?」
「だ、誰がビビるかって! な、何とも思ってねー奴に、こ、告白するくらい何てことねーよ! 要は真似事だろ?」
「……そ、そうですよ! 真似事です! 告白ごっこも出来ないほど、ハル君は漢として落ちぶれちゃぁいないですよね?」
「当然だ、この焼きそばパン泥棒! 僕の告白でお前の顔が真っ赤に染まるのが目に見えるぜ!」
「ハル君の声が裏返るのを考えただけで笑いが止まりませんよ!」
そこまで言うなら、やってやろうではないか! 僕はそう啖呵をきり屋上を後にした。
そして帰宅後、——
「どうしたの? お兄ちゃん?」
妹に相談した。ここは恥を凌いで、恋愛の先輩である陽菜に話を聞いた方がいいと判断したのだ。我ながらプライドも何もないとは思うが、この勝負、負けるわけにはいかないのだ。
「陽菜、もしもの話として聞いてくれ」
「うん、わかった、お兄ちゃんの力になれるかわからないけど、ハルナ頑張る!」
健気だぁ、あー、可愛いなぁ〜
「もしも、僕が女の子に告白するとしよう」
「はぁ? 誰だその女!?」
「ちょ、もしもの! もしもの話だ!」
「もしもの話……わかった、続けて」
相談する相手を間違えたかも知れない。しかし、もう後には引けない。
「もしも、僕が女の子に告白するとしよう。その際だけれど、どのタイミングで告白するのが正解だと思う? 例えば、彼女の散歩中、はたまた食事中、時に入浴中、——陽菜はどのタイミングが正解だと思う? というか、陽菜ならいつが一番キュンとくるかな?」
「……」
陽菜は徐に立ち上がり、僕の勉強机の上に座った。
「お兄ちゃん、とりあえず正座」
「え、あ、はい」
正座した。正座して、妹を見上げた。ホットパンツから伸びる細くも肉付きのよい太ももを拝む。ニーハイとの組み合わせが実に素晴らしい。
——絶対領域、僕はそう呼んでいる。
「お兄ちゃん、逮捕されたいの?」
「え?」
「え? じゃないの、蹴るよ?」
け、蹴るとか物騒な。いやでも待てよ、女子小学生の妹に足蹴にされるってのも中々どうして、悪くない。このアングルなら、尚更である。
勘違いされると困るので説明を加えておくけど、僕はマゾじゃあない。僕を足蹴にしていい御御足は世界でただ一つ、茂木陽菜の御御足だけである。健気に兄を愛する穢れなき御御足だけが、この神聖なる儀式を執り行えるのだ。
その後、儀式が執り行われたのは、言うまでもない。
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