09『それ、もう恋だよ』


 さて、お遊びはここまでに、陽菜先輩のお説教が始まった。そも、選択肢があり得ない、と、一蹴された、文字通り一蹴り。

 確かに、九都の言っていたタイミングは、どれもピンと来ない。僕も薄々感じていた。いや、嘘じゃあない。しかし、僕は女子に告白なんてしたことがない。どのタイミングで、どんな言葉で想いを伝えれば良いのか、わからないのが現実だ。


「なら、僕はどうすればいい?」


 我ながら、滑稽である。


「まずは雰囲気作りなの、お兄ちゃん。女の子はね、雰囲気に弱いの。雰囲気に流される系女子なの」

「雰囲気?」

「そう、雰囲気。女の子はロマンティックな演出に憧れるものなんだから。多少顔面偏差値が低くても」


 顔面偏差値……

 九都波芦に、ロマンティックという概念があるのかはともかく、陽菜の言っていることは一理ある。いや、一理あるどころか、ここに来てやっと話が前に進んだ気がする。さすがは僕の妹だ。


「お兄ちゃん的に、ロマンティックな演出って、どんなものを思い浮かべる?」

「ロマンティックか……そうだな、巨大ロボットとか、宇宙、とか?」

「それは男のロマン」

「リゼ○に出て来た、あれあれ、大罪○教様とか」

「それはロマネコンティ。ペテルギ○ス・ロマネコンティ」

「ブルゴーニュ最高峰のワインか?」

「ロマネ・コンティ違い」

「フィギュアスケートの選手にいたような」

「ロマネンコフ」

「よく知ってるな、かなり前の選手だぞ?」


 駄目だ、全くわからん。どうやら僕にも、ロマンティックという概念はないらしい。


「そうだ陽菜。ロマンティックとオリンピックって、響きが似てると思わないか?」

「ふぅ……お兄ちゃん? お兄ちゃんは本気でその子に告白する気あるの?」

「あるある、大ありだ!」


 負けるわけにはいかないのだから。


「そ、そうなの……じゃ、じゃぁちゃんと考えなきゃだめでしょ? ふざけてばかりじゃだめ」


 叱られた。恋愛相談で女子小学生の妹に叱られる、それはこの世で最も惨めな兄の姿かも知れない。

 陽菜は呆れた顔で僕を見ている。しかしこれが現実だ。僕は恋愛経験はおろか、友達を作ることさえままならないボッチの代表格だ。


「質問。お兄ちゃんは、その子といつ知り合ったの?」

「数週間前かな」

「す、数週間……たったそれだけの期間で……くぅ」

「毎日のように屋上へやって来て、僕の焼きそばパンを食べるような奴なんだけど」

「い、一緒にお昼……」

「まぁなんだ、僕も最初は鬱陶しいとばかり思っていたんだけど、思いのほか話しやすくて、いつしかそいつがいるのが当たり前になっていて」

「お兄ちゃん、それ……」

「毎週の週末が、心なしか楽しみだったり」

「……っ」

「多分、僕はそいつのことを認めているんだろう。このボッチの帝王ともあろう僕が、だ」

「……っ……ぅ、うっ……おにぃ、ちゃ……の……」

「陽菜?」

「お、お、お兄ちゃんのばかぁっ! それ、もう恋だよっ! うぁぁ〜ん、お兄ちゃんに、ひっぅ、お兄ちゃんに彼氏が出来ちゃったぁ〜、うぅ」


 恋だと!? いや、訂正しないといけない項目が山ほどあるけれど、今はそれどころじゃあない!

 僕はなんて残酷なことをしたんだ。兄を慕い愛する妹に、あろうことか恋愛相談を持ちかけるなんて。少し考えればわかることじゃないか。陽菜がどんな気持ちで相談を受けていたのか、考えると胸が痛いぜ……悪かった、僕が間違っていた!


「陽菜、僕の大切な人は、陽菜だけだ!」

「うっ……そ、それは、誠、か?」

「誠も誠、大誠だ!」

「ほんとに?」

「あぁ!」

「愛してる?」

「愛してる!」

「メルちゃんの駄菓子屋、行ってくれる?」

「今からでも行くさ! あ、いや、行くのじゃ!」

「一緒にお風呂入ってくれる?」

「隅々まで洗ってやる!」

「よ、夜は……?」

「勿論一緒だ! 僕の抱き枕は陽菜しかいない!」

「お兄ちゃんっ!」

「はるなぁーー!」


 はい。

 結局、何も解決しないまま、僕の、中学最後のゴールデンウィークが幕を開けた。


 ——僕はまだ気付いていない。

 陽菜の言葉が、案外、的を射ていたことに、気付いてはいない。何故なら、この時点で僕の心は、御心稀沙に傾いていたのだから。

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