◆幼少編◆

16『私ともお友達になろうよ』


 ——僕は、九都波芦ここのつはろを識っていた。あいつは身体が弱かった。

 皆んなと同じように、外で遊べないくらいに病弱だった。だから、最初は転校生としてもてはやされたけれど、付き合いの悪さが災いし、ほんの数ヶ月で孤立した。

 元々、友達の少なかった僕は、そんな九都波芦のことが気になったのだ。多分、最初は僕より下の奴が出来た、そんな気持ちで近付いたのかも知れない。

 グラウンドの端で一人、何をするでもなく座り、ただ空を見上げている九都に声をかけたのが、僕と彼女の始まりだった。


「おい、お前ってさ、身体弱いの?」


 子供だったとはいえ、酷いエンカウント方だったと思う。


「はっ、はい……その……ごめんなさい……」

「何で謝るの?」

「それは、その……み、皆んなみたいな遊びは出来ませんし……足手まといになるので」


 暗いやつ。それが僕の第一印象だった。僕は俯く九都の隣に座った。九都は驚いたのか、目を丸くして僕を見た。その時、初めて九都の顔を、しっかりと見た。六年生にしては幼過ぎる顔を。


「ならさ、どんな遊びなら出来るんだよ?」

「え?」

「だから、どんな遊びなら出来るって聞いてるんだよ?」

「あの、えっと」

「……茂木。茂木陽人もてきはるとだ」

「ここのつ、はろです」

「知ってるっての。で、お前は何が出来るんだ?」

「何って言われても……な、何も、できません……」


 クラスに打ち解けられないのも頷ける。これでは誰も寄り付かないのは明白だった。


「身体弱くてもさ、ゲームなら出来るんじゃね?」


 九都は丸くした目を更に丸くし、それこそ、絵に描いたような大きな瞳を僕に向けた。

 ゲームなら……出来ます。と、小さな口を開いた九都の手を僕は掴み、少しばかり強引に引いた。子供だったのもあり、力の加減が出来なかったのだ。九都はとても軽かった。手を強く引いたことで無理矢理立たせる形になったのだけど、それだけで咳き込み身体を丸める始末だった。正直、かなりビビった。その瞬間、九都がとても脆く儚い、弱い者に見えた。僕の心が、——気分が高揚した。


「大丈夫か?」

「は、はい……ごめんなさい……」

「いちいち謝るなよ。い、今のは僕が悪かったんだし。それより、こっち来てみろよ?」

「あ、えっと……?」

「いいからいいから」


 僕は九都の手を引き、校舎裏にある体育倉庫へ向かった。九都は不安そうに、辺りをキョロキョロと見回していた。そんなことは気にせず、僕は彼女を体育倉庫へ招待したのだ。

 重い扉を閉めると、中は薄暗くなる。


「はっ、もしかして……えっちなこと、するつもりですか? い、いけないんですよ……ハロ達はまだ子供ですし……それに」

「しねーよ馬鹿!」

「ば、ばか……ぁぅ」


 ここは僕の隠れ家だ。奥に隠してあった携帯ゲーム機の入った袋を取り出し、自慢げに見せてやった。九都は瞳を瞬かせ首を傾げる。


「ゲームなら出来るんだろ? なら、これで遊ぼうぜ? 僕も幼稚な遊びはごめんだし。ほら、こっち座れよ」

「……あ、はいっ……へ、変なことしないなら」

「変なのはお前だろ?」

「へ、変じゃ……ない、ですよ……」


 言われるがまま、僕の隣に九都が座る。僕はゲーム機を起動させた。小さな画面にタイトルが映し出されると、九都は小さく声を漏らした。

 頬を染めた九都は、パァッと表情を明るくし、


「あ、あのっ! こ、こここ、このこののこ、このゲーム! ハ、ハロも持ってます!」

「落ち着け」


 身を乗り出して、大きな瞳で僕を見つめる九都。九都の制服の胸元が乱れ、真っ白な肌が見え隠れしている。慌てた僕は目を逸らし九都を落ち着かせた。


「獲物フレンズアドベンチャー、知ってるのか? やるじゃないか九都!」

「はいっ! かわいいキャラがいっぱいで大好きなんですよ、エモフレ!」

「持ってるなら今度持って来いよ。ここに隠してれば一緒に出来るぜ。通信でチーム戦にもエントリー出来るし」

「チーム! あわわわ、ハロ、一人でしかやったことないんですよ!」

「ボッチだもんな、お前」

「お前じゃありませんっ、ハロです!」

「お、おう、わかったよ、えっと」

「ハロです!」

「……お、おう、波芦」

「はぅ〜!」


 九都波芦が豹変した。

 それはもう、別人クラスに。エモフレの初期段階から一気に最終進化まで成長したくらいの豹変だ。

 これが本当の、九都波芦。


「なら、今度フレンズ登録しようぜ。どうしても倒せない強敵がいるんだ」

「フフ、フフフフ、フレンズ!? いいぃ、いいんですかぁっ! っ、こほっ……ぅぃ」

「落ち着けよ波芦、友達なら、フレンズ登録くらい当たり前だろう?」


 なんだか、気分が良かった。子分が出来たみたいで、嬉しかったのだ。


「フレンズ!!」


 この時の、九都の顔ったらありゃしない。

 今にも泣き出しそうな、まるで、夕立が過ぎて、空に光が射した時のような、とても、キラキラした笑顔。笑顔なのに、泣いてるんだから、小学生の僕にとって、それはそれは、理解に苦しむ笑顔だった。


 その時だった。体育倉庫の扉が開いた。


「だったら! 私ともお友達になろうよ! 九都波芦ちゃん!」


 そう、彼女だ。


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