17『波芦ちゃんとお友達になるためなら』


「私ともお友達になってよ!」


 体育倉庫に響いた声。声の主は御心稀沙みこころきずなだった。


「げ、御心!?」

「げ、じゃないよハル君? まぁ〜たこんなところでゲームしてる!」

「うるせぇな、僕の勝手だろ?」

「クラスの女子を連れ込んで?」

「べ、別にいいだろ? こいつ……が、ひとりだったから、さ、誘ってやっただけだろうが」

「ふーん、偉い!」

「は? エロくねー!」

「違うよ、偉いって言ってんの!」

「だからエロくねー! べ、別に変な意味なんてないからな!?」


 僕と御心が言い争うのを九都は黙って見ている。いや、恐らく入る余地がなかったのだろう。

 しかしその時、音が鳴った。キュゥゥ、と小さく、九都波芦のお腹が鳴ったのだ。思わず僕達は振り返る。そこには、顔を真っ赤にして照れ笑いする、九都の姿があった。


「ふふっ、私ね、ずっと波芦ちゃんとお話したいと思ってたんだぁ。学校でゲームは、うん、悪いことだけど、波芦ちゃんとお友達になるためなら、仕方ないよね」


 にっしし〜、と悪戯に笑った御心は、僕と同じ携帯ゲーム機を取り出した。赤とピンクの限定カラー。


「ふわあぁぁ〜! そ、それは、エモフレの喋るんキャット仕様! かわいいです〜!!」

「えへへ、そうでしょ! パパが買ってくれたんだ〜」


 こうして、僕と九都、そして御心の三人でチームを結成することとなった。

 その後、隙を見ては体育倉庫に集まる日々が続き、次第に絆も深まっていった。御心は九都のことをココロちゃんと呼ぶようになり、九都も御心のことを稀沙ちゃんと呼ぶようになった。


 さておき、九都は焼きそばパンが好きだった。

 家がパン屋さんらしく、いつも差し入れとして焼きそばパンを持ってきてくれた。九都の持ってきてくれる焼きそばパンは美味しかった。


 さておき、御心はクラスの人気者だ。

 御心が不在の日、僕と九都は二人で遊んでいた。そんな日は二人で買い食いをしたり、ゲームセンターへ行ったりしていた。


 ——


「ハル君って、ゲーム上手ですね!」


 ゲームセンター、デビルダム。

 九都は僕の斜め後ろで鑑賞するのが好きだった。やらないのかと聞いても、断じて見ることに拘る。僕としてはどちらでもいいのだけれど、ゲームセンターでの九都は、何処か心ここに在らず、といった感じだったのだ。


「波芦、何かやりたいのあるなら、やって来てもいいんだぜ?」

「へ? あ、ハロはいいですっ! 見ているだけで楽しいですから」


 気にしないでください、と笑う九都の視線の先には、クレーンゲームとプリクラコーナーがあった。僕には縁のないエリアだと思った。

 プリクラなんて、僕達のような子供がするものではないと、そんな固定観念があったのは認める。しかし、あの頃の僕には、きっとあの中は大人の世界なんだ、という、確固たる、それでいて根拠のない謎設定があったのだ。


 しかし、九都は頬を染めて俯いた。悔しいけれど、九都が少しだけ大人に見えた。


「……いいぜ、あれ、したいんだろ?」


 精一杯の強がりだった。僕は九都の手を引き、未開の地へ足を踏み入れた。だけれどそこは、僕が思っているほど、大人の世界ではなかった。僕達と同じくらいの子が割といて、可愛いだとか、変な顔だとか、そんなことを言い合っていたのだ。

 だがしかし、女子だらけだった。

 僕が九都の手を引いて歩くのを見て、他校の女子達がヒソヒソと話しているのが見えた。僕は途端に恥ずかしくなり、勢いで個室へ飛び込んだ。


 その日、九都波芦と、人生初プリクラを撮った。

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