04『二つ買うことをお勧めします』


「ねぇハル君、勉強教えて?」

「出たな補習隊員!」


 別のクラスからわざわざ僕の元へやって来たのは、学園のアイドルでありながら、残念なことに頭の弱い僕の幼なじみ、御心稀沙みこころきずなその人である。僕はクラス中の男子から突き刺さるような視線を浴びせられた。いや、死線かも知れない。デスビーム。何故僕のようなボッチが、学園のアイドルである御心に話しかけられているのか、そんな殺意にも似た視線死線だ。


「なぁ御心、この場所はまずい。例の場所で」

「ん、わかった」


 遅れて行くね、と御心は教室を去った。僕の言う例の場所とは言うまでもなく屋上だ。僕は御心に勉強を教える時、この場所を使う。御心には勉強の時以外は来ないようにと約束させている。

 ここはあくまで僕の聖域、幼なじみとはいえ、その場を侵すことは許されないのである。

 しかし御心稀沙、彼女は補習になるほどの馬鹿ではないと僕は思うのだ。何故なら、僕が教えてやるとそれをしっかり理解して覚えている。

 本番に弱いタイプなのかも。

 ふと風が吹くと、御心の長い髪が靡く。


「ずっと伸ばしてるのな」

「ん? あ、髪のこと? うん、まぁね」


 綺麗な栗色、地毛だとか。確か小学生の頃、親が先生に説明していたな。ドイツと日本のハーフだ。殆どのパーツは日本人だけれど、髪の色と質は母親から受け継いだのだろう。


「いつから伸ばしてんだ?」

「ん〜、いつからだっけ、忘れちゃった」


 適当な奴だな。しかしまぁ良く伸ばしたものだ、腰のあたりなんてものじゃない、お尻のあたりまで綺麗に伸びている。シャンプーとか大変そうだな。

 どうやら問題の箇所は理解した様子だ。御心稀沙は満足そうに屋上を後にした。さて、残った時間は僕の昼食タイムだ。そのあたりを理解して早々に立ち去る御心は中々わかる奴である。

 僕は焼きそばパンの封をきる。焼きそばの匂いが食欲をそそる。そして、虫が鳴く。


「いつまでそこに居るつもりだ、九都」


 僕と御心のいた反対側から観念したかのように姿を現したのは九都波芦ここのつはろだ。九都は笑顔で小さく手をあげ、ハロー? と戯けてみせる。


「いや〜、お熱い二人の邪魔は出来ないと思いましてですね〜、ほんと、ハロが出るまでもないですね〜、もういっそ付き合っちゃえばいい——」

「一口……食うか?」

「……え?」

「いや、あれだ。昨日のこと、だけど」

「ありがとうございますっ、とう!」

「あ!」


 焼きそばパンを取られた!


「あれあれ〜、そうですかそうですか〜、ハル君ってツンデレ属性だった、みたいな? はぅ〜、それはそれで萌えますね、え、デレました? いま、デレてる状態ですか?」

「あ、いやだから、そうじゃなくて」

「一言でツンデレとは言いますが、その定義は幅広く、——」

「き、昨日の、ちょ」

「更に更には、逆ツンデレなるものまであったりして——」

「昨日は悪かった! ゲーム如きで熱くなっちまって、お、お前に大声出して、悪かった」


 ツンデレ議論は途切れ、沈黙がはしる。気に病んだわけではない。ただ、格好悪いのは確かで、だから、僕はこいつに謝らないといけない。

 八つ当たりにも程があった。

 あー、そんなことありましたっけ、なんて白々しく笑った九都。


「仕方ありませんね、許してあげます。この焼きそばパンで手を打ちました!」

「ました! じゃねー!」

「ました! ましたったら打ちました!」


 こいつは僕からどれだけの焼きそばパンを奪えば気が済むんだ!?


「これからは焼きそばパンを二つ買うことをお勧めします!」

「いや待て!」

「待ちません! いいんですか〜? ハロが学校中に言いふらしちゃいますよ? 茂木陽人もてきはると君はゲームで負けたことを女の子のせいにする、ミジンコ以下の酷い人ですーって」

「ちゃんと憶えてるじゃねーか! ミジンコ言うな!」

「当然です、あの場所で一時間は泣いたハロの気持ちがわかりますか?」


 一時間、だと!?

 これは契約です、と、彼女は胸を張った。


 こうして僕の九都波芦レンタル契約はサブスクリプション化した。毎日の焼きそばパンの出費が二倍になった瞬間であった。

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