03『ゲームだけは上手いですね』
小さいと言われようが、なんと言われようが僕は声を大にして言おう! 焼きそばパンの恨み、晴らさでおくべきか! 奴は食ったのだ。
僕の目の前で、恐らく、同じ手口で他人から奪ったであろう幾多もの
怒りも冷めぬ放課後のことだった。いやだから小さい男だと言うなし。さておき、
そんな僕の前に、彼女が現れた。
「あ、ハル君、もう帰り?」
「あぁ、お前は?」
「あー、私は、いつものやつ、かな! えへへ」
補習か。そう、馬鹿である。そして僕の幼なじみでもある。僕が学校で話せる唯一の女子だ。
「ほら、数学でヘマやっちゃって」
ごめんね、この前教えてくれたのに〜、と御心はニタリと笑ってみせた。可愛い、しかし、馬鹿だ。残念ながら馬鹿なのだ。可愛いのは認めるが。
「ま、頑張れよ」
しかし、話しやすい奴だな。僕がまともに会話出来る異性なんて、母さんと妹と御心くらいだ。
また教えてね、なんて言いながら嬉々として補習部屋へ姿を消した学園のアイドルを見送り、僕は下駄箱で靴を履き替えた。
そしてそのまま校門へ向かう、のではなく、踵を返し裏口から校舎を後にし、デビルダムへ向かった。デビルダムとは、魔界という名の小さなゲームセンターだ。デビルダムは商店街を抜けた先にあるのだけれど、僕が敢えてそのさびれたゲームセンターを選ぶのには理由がある。
言わなくても、察してほしい。
さておき、無事に
しかし、
「ハールーくーんー?」
九都波芦は現れた。僕の前に、現れた。汗だくで。
ひとまず無視してみたけれど、魔界への入り口は奴の胸で塞がれてしまった。巨大な門が如し。
「何だ、焼きそばパン泥棒」
我ながら、小さいとは思う。
「泥棒とは失礼ですね! ハロは待っていたんですよ? 他の男子に声をかけられるかも知れない危険を冒して、校門で!」
「知らん」
「むぅ、しかーし! ここで会ったが百年目! お前はもう、死んでいる!」
「お前セリフがめちゃくちゃだぞ。せめて統一しろ」
「サランラーップ!」
「それを言うなら、シャラップだろ?」
「よ、よく今のがわかりましたね? そ、それより何より耳より情報! 大人しく、観念してハロとデートするのですよ! これもハル君のためなんですから!」
何が耳よりだ!
くっそぉ、喋る度にばいんばいん揺らしやがって。しかし、こんな奴と一緒に居るのを誰かに目撃されたら困る。ひとまず、緊急回避で店内へ逃げ込むしかあるまい。あくまで緊急避難だ。
「九都、とにかく中に入るぞ!」
「え!? あ、ら、らじゃぁ〜!」
九都の手のひらは妙に冷たかった。
店内は、魔界よろしく薄暗い。陳腐な電子音が某アクションゲームの地下ステージを連想させる。ここは異世界、僕の癒しの場所である。
隣にこいつさえ居なければ。
僕は九都を魔界の野に放ち、お気に入りの筐体に腰かけた。今を輝く新世代格闘ゲーム、『ストリートパイター乙』だ。この新機種をいち早く導入する辺り、ここの経営者はわかっている。しかも並ばず遊べるのだ。魔界どころか天国に等しい。更に、ストリートパイター乙だけではなく、パイナルパイトエボリューションまで設置してある。
それはさておき、この機種は僕ですらまだキャラを使い切っていないわけだけど、今日はストレスも溜まっていることだし、使い慣れたキャラで爽快にプレイすることにしよう。
「へぇ、まだそのおっさん使ってるんですね」
「おっさん言うな、闘神ババズーリアさんと呼べ!」
「変な名前。動悸息切れに困ってるのかな」
「救○じゃねー、闘神だ」
言って九都が僕の隣に座った。隣の筐体の椅子ではなく、同じ筐体の長椅子の片方に座った。圧迫感が半端ない、が、しかし、こいつに何か言っても仕方ないとみた僕は、無視して小銭を取り出す。
ゲーム開始だ。
話の流れで察しはつくと思うけれど、僕はこのゲームが得意だ。小学生の頃からやり込んでいるのだ。僕の唯一の特技と言っても過言ではない。いや、今の発言は忘れてくれ。
しかし何だろう、画面に影が映り込むというか、視界でたゆんたゆんと揺れているというか、
「行け〜、そこそこ! きゃっ、あ、危ない! はっ、今です、やっ、お、おおー! やっつけたんですか!? さっすがハル君、ゲームだけは上手いですね!」
九都波芦のおっぱいが邪魔で集中出来ない。
あ、次の相手は仮面の変態親父です! と画面を指さす九都はとても楽しそうだけれど、僕としてはもう少し静かにしてほしいものだ。狭いし。
それに、彼は四天王の一人だ。仮面の変態親父では断じてない! 今すぐ土下座しろ!
「お前もゲーム好きなのか? なんならやってみるか?」
「へ? あ、いいですハロは! 見てるだけで楽しいですから!」
隣の席に移動させる作戦は失敗した。
その後も次々と強敵を倒し、ラスボス手前まで来た、そのとき、画面に英文字が点滅した。このタイミングで乱入者だ。受けて立とうではないか。
そんな僕の余裕をよそに、隣の九都はオロオロと心配そうな表情を浮かべている。いちいち反応がデカくて鬱陶しい。デカいのは胸だけにしろ。
結果から話すと、僕はボコボコにのされた。
ババズーリアさんは顔面ボコボコでテンカウントをとられ天に召されてしまったのだ。僕だって並の戦士ではない、歴戦の勇者のつもりだった。しかし、相手の使用してきた裏キャラ、カピバランボルギーニにハメ倒され、なす術なくマットに沈んだのだ。あれは反則だ。なんなんだ、あの汁は!
「元気出してください〜、ハル君は頑張りましたよ。財布の中身が空になるまで死力を尽くしたじゃないですか、胸を張ってくださいっ」
それに、と、九都は続ける。
「それに、カウントされてる時のババズーリアさんの顔、面白かったじゃないですか! 敗けてもそうやってネタを入れて笑わせてくれるなんて、素敵なゲームじゃないですか〜」
「ババズーリアさんに謝れ、あれはネタじゃなく至って真剣なんだよ」
「嘘だ〜、変顔ですよねあれ?」
これじゃババズーリアさんも浮かばれないな。しかし腹が立って仕方がない。
帰り道、九都波芦はまだついて来ている。僕の前を後ろ向きに歩きながら。
「まぁ中々楽しかったですけど、やっぱり女の子はゲームセンターでデートなんてブーブーだと思います! だから明日は——」
「お前さ、ほんとうるさい」
我ながら、小さいなと思う。
しかし僕は言い放った。負けたのもお前のせいだ、と。何て言うか、すっげぇ格好悪い。
立ち尽くす九都を追い抜き、振り向くことなく僕はその場を去った。空気が重くて、一目散にこの場から逃げ帰ったのだ。
その時、九都がどんな顔をしていたかなんて、僕には一生知ることは出来ない、知りたくもない。
だから僕は、そういう奴なんだ。
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