05『フルーツの味がしたの』
僕の聖域は大きく分けて三箇所あるのだけど、その中でも最も重要な聖域が、自室である。学校の屋上、ゲームセンターのデビルダム、そしてここ、我が家のマイルームだ。
しかしここ数日で屋上とデビルダムが敵の侵攻を受けはじめたわけで、真に落ち着ける場所は世界中でここだけとなってしまった。いや、なくなってしまったというのが現実か。
僕の聖域、つまり、僕の部屋に入り浸る、妹。小学六年生、可愛い、黒髪、ツインテール、先は少し巻いている、一丁前に制服付きの小学校に通っている、——そんな妹が友達を連れて僕の部屋に入り浸っているのだ。女子小学生達が、僕の部屋で何をしているのかというと、それは、
「ぎゃー! ゾンビキター!」
「ま、まっかせなさい、このわたしがっ!」
「噛まれるーー!」
「ぎゃー!」
いや、それ年齢制限的に駄目なやつだから、せめて普通のゲームをやれ。パイ乙ハザードは女子小学生には早い。僕は強制的にディスクを取り出し、妹達の背の届かない所に置いてやる。
そうすると始まるのが、木登り大会である。この場合、木の役は僕なわけで、よじ登るは引っ張るは。僕はそんな妹達をベッドに振り落とす。こうなると止まらないのが子供だ。そこからデスマッチが始まってしまう。中でもお団子の子の攻撃は強烈で、油断すれば泣きそうな程である。少しは手加減してほしいものである。
やがて妹の友達は帰って行ったのだけれど、部屋には僕の妹が残っていた。
僕の妹、
「お兄ちゃんお兄ちゃん、ハルナとお話しよ」
まだ部屋に帰る気はないようだ。可愛いからいいけど。
「何の話だ?」
「お兄ちゃんお兄ちゃん、ハルナさ、好きな人が出来たかもなの」
「なんだと!? それは誠か!?」
「誠も誠、
なんだ、その大誠って。しかし解せぬ、妹に好きな人が出来たときた。近頃の小学生はませている。しかしここは兄の威厳のため、怯むわけにはいかない。どんと構えて話を聞いてやるか。
「で、その好きな人ってのは、あれか、同級生か?」
「うん、同じクラスなの」
でね、と陽菜は話し始める。
「その子ね、ハルナの前では明るくて楽しい子なんだけどね、皆んなの前だと途端に静かになるんだよね」
「なるほど、わかるぞ、その子の気持ち」
「お兄ちゃんボッチだもんね。でね、二人っきりになるとね、凄く甘えるの」
「ん? そ、そうなのか、まぁ、甘えたい年ごろっちゃ年ごろだしな」
「ふざけてお尻触ってきたり」
「んあっ!?」
「この前なんて、チューされちゃって」
「ちゅー!?」
「でねでね、先生に見つかっちゃってね、怒られちゃったんだよ」
クスクスと悪戯に笑いながら、妹は続ける。
「女の子同士でそんなことしちゃいけないって、怒られちゃったの」
「まさかの同性ーー!?」
百合か? 僕の妹はいつから百合属性なんて得たのだ? 落ち着け僕、ここは兄として、しっかりと事情聴取をせねばならぬ時だろう。そんな僕が取り乱してどうする。
「で、ど、どんな感じなんだ、キ、キスってやつは」
「え? お兄ちゃん、知らないの?」
失言だった。大きな瞳が僕を捉える。
「ば、馬鹿なことを言うな妹よ。僕はキスくらいとっくに経験済みだ。僕が聞きたいのは、あれだ、お、女の子同士って、どんな気分なんだ?」
我ながらクズな質問だとは思う。しかし気になる、リアル百合小学生が目の前にいるのだ。こんな尊い話があるか! 百合は世界の真理と言っても過言じゃあない。
「フルーツの味がしたの」
「
なるほどそうか、甘い果実が如き味わい!
「飴の味だよ」
「皆まで言うな、妹よ、幻滅させるでない」
「お兄ちゃん近い近い、ビンタするよ?」
「おっと、僕としたことが取り乱して済まない。さ、続きを」
「でもね、ハルナ、ちゃんと言ったの。ハルナには好きな人がいるから、もうチューしないでねって」
なんてことを。一つの儚い恋が終わりを告げたのか。いや、だとするとその好きな人って、やっぱり男? 男なのか? 落ち着け僕、何を動揺している、胸を張れ! 陽菜だって女の子なんだ、男の子を好きになって何が悪い。そうさ、陽菜はいつか大人になり、僕の部屋になんて来なくなる。彼氏を作り、朝帰りなんてして、そしていつか、け、結婚して、僕の前から居なくなるんだ。
「お兄ちゃん、泣かないの」
そうだ、ここで祝福してやらずに何が兄だ。涙を見せるな、笑って妹の門出を祝福するんだ。それが兄として出来る最大限なのだから。
「ハルナ、お兄ちゃんが好きだから、付き合えないって、ちゃんと断ってきたから安心して?」
「はるなぁーー!!」
——そんな他愛もない日々が過ぎ、ついに週末がやってきた。
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