06『バイノーラルは許しません』
僕は隣町の駅にいる。
「
「出たな焼きそばパン泥棒」
にしし、と悪戯に笑った九都は僕の隣に立つ。身長は僕より頭ひとつ分以上低い。
ちびっこだ。
ふと、風が吹いた。いつもの甘い香りが鼻先をすり抜けていく。
「どうする、このまま電車で向かうか」
「お任せしますよ。今日はハル君のエスコート能力をチェックしますから! ご自由に連れ回して下さい。ハロのことは気にせず! ハロも焼きそばパンの分はしっかり彼女しますから、そこはご安心を! あ、でもエッチなことは禁止ですよ!?」
「あ、そ。じゃ行くぞ」
「あちょーい! 待ってくださいっ!」
「何だよ?」
「ん!」
「手?」
九都は首を振る。連動して胸が揺れた。
「はぁ、減点いち、何を呆けているんですか? デートと言えば、仲良く手繋ぎですよ?」
「手を繋ぐとか、どんだけエッチなんだよ!?」
「人のおっぱいを平気で掴もうとするくせに、手繋ぎくらいで騒がないでくださいよ! ハル君の基準がわかりませんよ」
「ぐぬぬ」
「ほら、はやく繋ぎますよ?」
「僕には将来を誓った妹がいるんだ」
「そんなバイノーラルは許しません!」
「アブノーマルだ!」
世界一滑稽なツッコミを入れた気がした。
さておき、僕は引っ張られるがまま電車に乗り込む。少し都会に出たところで、環状線に乗り換えた。人が多くて逸れそうになる九都の手を引いて、壁際へ誘う。九都は小さい。胸は大きいが背は低いのだ。そんな九都が逸れないように、目に見える安全地帯へ避難させたわけだ。
このスキルは僕の愛する妹、陽菜とのお出かけで得たお兄ちゃん専用スキルである。大事な妹には指一本触れさせやしないぜ!
さておき、気になるのは、何故か九都が制服姿だということ。まぁ、たまに休日でも制服姿の奴いるし、こいつもその類なのだろう。
「ふぇ、人が多くて大変ですね。でも、点数をプラスです。悪の組織の工作員からハロを守り、今もこうして身体で壁を作ってくれてますね。いいですよ、実に男らしいです!」
「まずは周囲の人々に謝れ」
「この先もその調子でお願いしま——っ、きゃっ!?」
電車は急カーブに差し掛かった。環状線だから、常にカーブのイメージだけれど、時折急カーブを挟んでくるのだ。油断すると盛大にバランスを崩す。
そして見事にバランスを崩したのは九都だった。無防備に胸を揺らし、僕のみぞおちに頭突きを決め、更にバウンドして後方の自動扉に頭を打ち付ける。正確には、打ち付ける前に左手を滑り込ませ激突を防いだ。そして左手に激痛がはしった。
電車のターンはまだ続く。
すれ違いの電車の登場だ。九都がもたれかかる自動扉が激しく揺れた。同時に奴の胸が今日一揺れたのは言うまでもない。僕は咄嗟に右手を突き出し、九都の転倒を阻む。
「……あわわ、か、か、壁ドン……」
「いいから掴まってろ」
「あ、ありがとう、ございます」
九都は僕の右腕に両手を回し身体を安定させた。周囲の反応が気になったけれど、どうやら誰も見ていない。皆も急カーブとの戦いに必死なのだろう。
心なしか下半身に力が入っている。特にいやらしい意味はない。
更に電車を乗り継ぎ、目的地のある海辺の町へ着いた僕達は、潮の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
海の匂い、どこか生臭くもあり、反面、爽やかでもある不思議な匂い。この辺りに来るのは久しぶりだ。一年前、陽菜と来た時以来か。
「空気が美味しいですね、まるで焼きそばパンのようです!」
空気に謝れ、阿呆。
ともあれ、僕らは館内へ。事前に予約していたのでスムーズに入館することが出来た。
乳館、しつれ、入館した後は二人で並んで歩いた。手は繋いだままだ。九都の手は相変わらず冷たい。子供のようにはしゃぐ九都の横顔は、悔しいけれど、そこそこ可愛くも見えた。
御心と来たら、僕は同じような感情を抱くのだろうか。いや、それは、
「この蟹、鍋にしたらサイコーですよ、きっと!」
蟹に謝れ!
「見てくださいっ、人面ザメです!」
「ジンベイザメな!」
どんなホラーだよ。やっぱりこいつ、馬鹿なのかな。僕の決死のツッコミも虚しく、次々と犠牲になる魚達に謝罪の言葉を並べながら館内を回ること数時間、お決まりの虫が鳴いた。時刻は午後一時を回ったところだ。
「飯でも食うか、奢るわ」
「おお! まぢですか!? やっほー! お腹空いてたんですよー! あ、でも無理はしないでください! ハロはあそこのコンビニの焼きそばパンでけっこうです! ハロはここで待ってますので、買って来てください!」
「え、焼きそばパンでいいのかよ? 変なやつだな」
「変とは失礼な」
普通に変だろ。デートで焼きそばパンとか。
館内放送で迷子のアナウンスが流れるなか、九都のお腹の虫が大音量で鳴いた。
頬を染める九都のことが、ほんの少し、本当にほんの少しだけ、可愛く見えた。
なんて、口が裂けても言うものか。
言ってたまるか。
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