14『ただのお友達です』
僕の身体が浮いた。
御心の強烈なスタートダッシュが決まったのだ。咄嗟に体勢を整え、何とか持ち直した僕は御心のスピードに合わせるのが精一杯だった。横で無防備に揺れまくるおっぱいを見る余裕なんて、それはあるにはあるが、というか目についてしまうのだけれど、それより何より、足元に全ての神経を集中させなければ転倒は免れないだろう。
「茂木君っ、な、なんでっ、ハァ、なん、でっ、私にっ、ハァ、告白なんてっ、した、のっんはぁっ!」
いや待てこの状況で!? んっはぁとか、なんかエロいし!
全力疾走の中、僕に問いかけた御心。その視線は、ゴールテープに向けられている。
「そ、そんなのっ、決まって、るだろ!?」
「き、きまっ、て、ハァッるって……」
「す、きなんっ、ハァ、だよっ……」
「んっ、そ、嘘っ、そんなはずないっ、ハァハァ、だって茂木君……ハァッ」
茂木君は、と最終コーナーを曲がり切り御心は言った。言い放った。歓声がグラウンドに響く中、僕だけに聞こえるくらいに、言い放ったのだ。
「茂木君はっ、ココロちゃんがっ、九都波芦ちゃんが今でも好きじゃない!」
「御心っ!?」
「きゃっ!?」
脚がもつれ、視界がグラリと傾いた。このままだと、僕達二人は顔面から砂にダイブすることになる。もはや回避は不可能なくらいに、前のめりになった時、僕の鼓膜を、あの甲高い声が、鼻につく生意気な声が揺らした。
——ハル君! 踏ん張ってくださいっ!
確かに聞こえたその声は、歓声も号砲も、その全てを切り裂いて僕に届いた、そんな気がした。
九都波芦の声だった。
「ちっくしょぉぉっ、んがががぁぁーー!!」
「ふわぁっ!? もて、ハ、ハ、ハル君っ!?」
躓いても、前のめりなら、
「御心!」
「はっ! う、うんっ! 行こう、ハル君!」
持ち直せるだろーが!
グラウンドの砂を蹴る。二人で、同時に。そして全速力でゴールテープを切った。ゴールすると、チームの仲間達から激励を受けた。名前も知らないような奴に肩を叩かれ、名前は知っているけれど疎遠だと思っていた元友人達に揉みくちゃにされた。
よく耐えたな、やるじゃねーか、御心を守ったのはお前だ、そんな言葉が降り注ぐ中、僕の思考は別のところにあった。
勿論、悪い気はしていない。僕みたいな奴でも、こうして青春の一ページじみた瞬間を味わえるのだと、正直驚くと共に興奮さえしている。
けれども、その一番の功労者が、
一番の功労者が、何故、あそこにいるのだ?
僕は包囲網を抜けて走った。御心が何か言っていたけれど、それよりも、僕はあの場所へ急いだ。
階段、階段、階段、階段、階段! 全力疾走で階段を駆け上がり、重い鉄の扉を開け放つ。そこには彼女がいた。制服姿で、焼きそばパンを頬張りながら、体育祭の様子を見ている、
「やりましたね〜、ハル君」
「九都……お前……」
「あ、えっと、ほら、ハロは病弱なのです。だから、体育の授業も、当然、体育祭も見学なんですよ」
「そ、そうだったのか。えっと、お前の、九都の声が聞こえて、それで、助かった」
「ふふん、焼きそばパン二個で手を打ちました!」
「打つな!」
「ました!」
「ったく、仕方ねぇ奴だな」
「ふふふ、それで、稀沙ちゃんとは何を言い合ってたんです? 気になりますぅ〜!」
何をって、それは。
茂木君は九都波芦ちゃんが今でも好きじゃない、御心は確かにそう言った。引っかかる。何が引っかかるって、それは、今でも、という言葉と、ココロちゃん、という聞き覚えのあるフレーズ。
「九都……僕は、お前と友達だったんだよな?」
「あ、はい。ハロの勘違いじゃなければ……」
「教えてくれ。僕は小学生の頃、九都と御心と、一緒に遊んでたんだよな? その時のこと、僕は憶えていないんだ。知りたくなった」
「どうしたんです? そんな真剣に……教えるも何も、ハル君とハロは、ただのお友達です。それ以上でも、以下でもありませんよ〜」
「だから、その時のことを詳しく教えてくれって言ってるんだ!」
「っ!? そ、そんなこと言われても……」
はぐらかすように焼きそばパンを頬張る九都。
「ハル君、いったい誰と……話してるの?」
御心稀沙、
僕の背後から、彼女の声がした。
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