最終話『これからはじまる物語』



 僕は、——彼女の手をとった。


 彼女の願いはただ一つ、そう思っていたけれど、それは少し違った。正確には、二つ。


 一つ、僕に本当の気持ちを伝えること、


 一つ、僕と御心が両想いになること、


 その二つなのだろう。

 そして今、九都波芦は僕に想いを告げてくれた。それを聞いた上で、僕は、御心の手をとった。


 それが彼女の願いだ。


 御心の素っ頓狂な声は澄んだ青空に吸い込まれて消えた。そんな僕達を見る九都の笑顔は、澄んだ青空の太陽よりも眩しかった。

 憎しみや妬みなんて微塵も感じさせない、心からの祝福。そんな笑顔だ。

 これで良かったんだ。九都はちゃんと、行くべき場所へ行くべきなんだ。九都がココロちゃんでいられるうちに、僕は答えを示さなければいけない。

 そしてこれが、僕の答えだ。


 九都は涙を浮かべながら、それでも微笑む。


「ハル君……約束、憶えてくれていたんですね」


 風が柔らかな髪をフワリと靡かせる。九都波芦の髪からは、とても甘い、いい香りがする。


「これで……ちゃんと天国にいけます……」


 わかっていた。覚悟だって出来ていた。それなのに、やっぱり視界が滲む。九都の身体が、ぼんやりと光りはじめたように見える。

 これも、涙のせいだろうか。それとも、願いが叶ったことで旅立ちの時が迫っているからだろうか。恐らく、答えは後者だ。

 九都波芦との時間が、今度こそ、終わろうとしている。だけれど、その前に、


「波芦、行く前に、皆んなで食べよう。お前の大好きだった、焼きそばパン、いっぱい貰って来たんだからさ」

「ハル君……そ、そうですね! カップル誕生のお祝いに、パァーッとやりましょうっ!」


 はしゃぐ九都の胸が跳ねる。この揺れも見納めか。




 皆んなで焼きそばパンを食べた。

 あの頃みたいに地面に座り込み、何でもない話や昔話をした。


 九都波芦からは、焼きそばパンの匂いがした。


 九都を中心に、三人、川の字になり空を仰ぐ。

 雲ひとつない青空、晴天の下、僕達は互いの手を握りしめた。


 九都波芦の手のひらは、とても、あたたかい。


「ハル君、稀沙ちゃん、ハロは……二人に出会えて幸せでした。短い時間だったかも知れませんが、ハロにとっては、大事な時間でした。ありがとうございました……! そ、そろそろ、行かないとです。


 ハル君の止まっていた時間は、動き出しました。

 これからはじまる物語を、ハロの分まで、楽しんでください! よっと」


 九都は上体を起こし、立ち上がり僕達に振り返る。

 そして、甘い香りを残して、消えた。


 呆気なく、僕達の前から居なくなった。


 御心の泣き声だけが、青い空に溶けていく。僕は御心を抱きしめ、心の底から泣いた。







 卒業式。


 僕達は、大人でもなく、子供でもない、そんな中学生活を終えた。また一つ、大きくなった。


 僕は帰り道、稀沙と並んで歩く。


 わかれ道、僕達は互いの目を真っ直ぐ見つめる。


「ハル君、さよなら」

「さよなら、稀沙」


 またね。と、御心稀沙は背を向け、振り返らずに歩き出した。僕は、その背中を見送ることはせず、同じく背を向け、歩き出す。




 茂木陽人もてきはるとは恋をしています




 ココロレンタル


 完



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ココロレンタル カピバラ @kappivara

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