10『試験はこれで合格です』



 僕は撃沈した。それはそれは見事に。


 御心稀沙みこころきずなに、フラれたのである。


 修学旅行先、——京都、更に詳しく言えば、夕焼けの綺麗な清水の舞台で盛大にフラれた。

 清水の舞台から飛び降りる、という言葉があるが、僕は違う意味で飛び降りるべきか悩んだ。

 彼女は泣いていた。僕達は、幼なじみ以上にはなれない。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、何度も、何度も御心は謝りその場を去った。

 僕は一人、嫌味なほどに綺麗な景色を眺めた。綺麗な夕焼けだ。


 九都の応援を受け、僕は御心に告白した。

 しかし、その想いが伝わることはなかった。とはいえ、こうなった経緯も語らないわけにはいかないだろう。ゴールデンウィーク、僕が九都波芦ここのつはろに告白するまでの経緯は、一応、語るべきだろう。



 時は、ゴールデンウィークに遡る。


 ゴールデンウィーク初日、僕は絡まる妹、世界一可愛い僕の妹、陽菜が眠っている隙に家を出た。愛している宣言をしたにも関わらず、練習とはいえ、女子に告白するために僕は出かけた。

 すまない妹よ、事が済んだら商店街の駄菓子屋で三千円分の駄菓子を自由に選ばせてやるからな。そんなことをすれば、部屋がモロッコヨーグルに埋めつくされそうだけれど。しかし、寝言でも、それは恋だよ、と、うなされるくらいには陽菜を傷つけたわけだ。それくらいは許容せねばなるまい。

 さておき、僕はとんでもないことに気付かされる。


「九都の連絡先、知らねーわ」


 つまりは、九都を呼び出すことが出来ないのだ。

 一から、いえ、ゼロから始める告白大作戦。などと馬鹿な思考を巡らせている場合ではない。これは大問題ではないか。とはいえ、僕もロマンティックな演出を用意出来ているわけでもないのだけど。


 ひとまず、町を歩くことにした。

 運が良ければ、九都にも出会えるだろう。そう思っていた。しかし結局、ゴールデンウィーク初日に、僕と九都が顔を合わせることはなかった。

 二日目、三日目も然り。

 我ながら、暇だなと思う。馬鹿正直に九都の挑発に乗るのもなんだけど、ここで逃げると今後の焼きそばパン事情が悪くなるのは目に見えているのだ。これ以上、奴に焼きそばパンを奪われるわけにはいかないのである。


 そして最終日、ついに、僕は見つけた。

 九都波芦を見つけ出した。

 やっと来ましたか、と僕に振り返る。僕は鉄の扉をそっと閉じた。


「九都、見つけたぞ……」

「逃げ出したのかと思いましたよ。ゴールデンウィーク中、ずっとここで待っていたハロに一言どうぞ」


 僕も大概だけども、九都も相当な暇人だった。

 どうせ何も考えてないんですよね? と、僕の背中にもたれかかる九都。図星もいいところだ。確かに僕は何も策を考えていない。ただ、九都を見つけ出すことだけを考えていたのだ。


「ハル君は、恋をしています」

「……あ? あ、あぁ……そうだな……」

「よろしい。なら、試験はこれで合格です。もうハロのお尻ばかり追いかけてちゃ駄目ですよ?」


 僕は何もしていないのだけど。


「ハル君。きっと大丈夫です。ハロが保証しますよ。稀沙ちゃんはハル君のことが好き、絶対。だから、ハル君の気持ちを伝えてあげれば大丈夫。きっと、その時を待っているのですよ」


 九都波芦。自称、僕の友達、


「九都、ありがとな。修学旅行、僕は御心に告白する。お前のおかげで、素直になれた」

「どういたしまして。ドヤです」

「……でも、お前に告白出来なかったな……」

「そうですね……し、勝負はハロの勝ちです。焼きそばパン十個で手を打ちました」

「ました、じゃねーよ」

「ました……!」

「……しゃーねぇな。分割払いで頼むわ」

「仕方ないですね」


 お互い、背中合わせのまま。

 辺りが暗くなりはじめる。九都の肩が小さく震えているのが、背中越しにもわかった。

 ——多分、九都は、——ている

 ただ、振り返らず、彼女が落ち着くまで、冷たい手のひらを握ってやるしか出来なかった。

 何故だろう。少しだけ、胸が痛いな。



 そして、——そして僕は、見事に撃沈された。


 御心稀沙に、フラれたのである。

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