11『半額セール中です』
自由時間、僕は一人夜景を眺めていた。実際は一人ではなく、独り、なのだけど。当然、周囲に人はいるわけで、ただ僕が独り、所謂ボッチなだけだ。
別に何も変わらない。僕は元々、誰かと修学旅行を楽しもうなんて思っていなかったのだから。別に何も変わらないじゃないか。
「居るんだろ、九都」
背後に気配がした。甘い香りが鼻腔をすり抜け、夜の空気にとける。僕は振り返り、俯き、肩をすぼめた九都に歩み寄る。
「ハル君、あの……ご、ごめ——」
「いや、ありがとな、九都」
「えっ? えぇっと、でも、だって」
「いいんだよ、これで。正直、穴があったら入りたいくらいだけど、でも、スッキリはしたし。それもこれも九都のおかげだ。いや、九都のせいだな」
僕はズルい。本当にズルい。最低な男だ。
九都の頭を撫でた。九都が抵抗しないことを知った上で、妹を愛でるように。
フワフワのショートヘアから、甘い香りが舞う。九都の身体の力が抜けていくのがわかる。
「ハル君……だ、駄目ですよぉ……」
「焼きそばパン十個だ」
「ふえ?」
「焼きそばパン十個で手を打った」
「か、勝手に打たないでください!? へ、変な気を起こ——」
「——焼きそばパン十個で、もう少し、一緒にいてくれないか、九都……思ってた以上に、キツいわ」
「ハル君……」
我ながら、都合のいい男だと思う。なのに、九都は顔を真っ赤にしながらも、首を縦に振ってくれた。
「こ、ここっ、こけこっ、今夜だけですよ……ハ、ハロにも、せせせ責任はあります。やや、焼きそばパンは五個で手を打ちました」
「ましたって、勝手に値引きすんなよ」
「へ、閉店間際の半額セール中なんです。九都波芦、半額セール中〜、えへへ」
「ははっ、そりゃぁ、……買いだよな」
こうして僕は、自分を慰めるため九都波芦の時間を買った。心の拠り所として、彼女の心をレンタルした。レンタル? 否、弄んだんだ。
僕は九都を連れて知らない夜の街を歩いた。関西の独特なイントネーションで声をかけられたりしながら、人気の無い公園に辿り着いた。当然、ここが何という公園なのかなんて知らない。
「腹へったな。何か食うか」
「ハロはお腹空いてませんよ」
言い終えると同時に、九都の腹が鳴いた。
「奢るから、気にすんなって」
「むぅ。なら、そこのコンビニで焼きそばパンを買って来てください、五個!」
「お前どんだけ焼きそばパン好きなんだよ?」
「今回はサムプスリクションとは別料金ですから、京都の焼きそばパン五個は即金でお願いいたします!」
「サブスクリプションな」
ハロはここで待ってますねと、いつもの笑顔を見せる。それはともかく、コンビニの焼きそばパンは全国共通じゃないのだろうか。
九都がそう言うなら、勿論買うけれど。正直、九都がいなかったらと思うと、ゾッとする。僕はあの後、途方に暮れていただろう。
御心にそんな気はなかったとも言えるけれど、それでも、成功すると勘違いしていた自分が酷く滑稽だった。九都の自信に乗せられたと言えばしまいだけれど、それは九都への八つ当たりでしかない、僕の身勝手だ。
そう思えるだけ、僕も成長出来たのかな、なんて思いに耽りながら焼きそばパンを購入した。パンだけでは喉も渇くだろう。お茶も一緒に買おう。
公園に戻ると、九都は一人ベンチに腰掛け、何処を見るでもなくボーっとしていた。至極無防備な表情である。何処か抜けたその表情を見て、安心したなんて、恥ずかしくて口には出せないけれど、でも、
「九都、ほれ、焼きそばパン五個」
「はっ、ハル君!?」
「なぁーに呆けてんだ?」
僕は彼女の隣に座る。
「あ、ありがとです。じゃあ、半分こしましょう!」
ふんふふん、と、鼻歌なんか歌いながら、焼きそばパンを二つずつ分け、それぞれの太ももに置いた。そして残りの一つの封をあける。
焼きそばの香りがした。
九都はそれを細い指で半分にし、少し大きな方を僕に差し出した。
「いや、僕はいいよ……」
「はぁ、女の子が焼きそばパンを五個も食べられるわけないじゃないですか〜。ハロはそんなに食いしん坊に見えますか!? それに、食べないと駄目です。ハロが隣で一緒に食べてあげますから、ハル君も、思いっきり食べてください! 元気を出してください!」
笑顔を向けた九都を、食いしん坊だと認識していたとは言わないでおこう。僕は九都から焼きそばパンを受け取り、いただきます、と、一口頬張る。
ソースが濃厚で紅生姜がきいていて、そして、少ししょっぱい。
何処にでもあるコンビニの焼きそばパンが、後にも先にも、この日食べた焼きそばパンが、僕が食べた焼きそばパンの中で、
——最も優しい味の焼きそばパンだった。
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