21『帰って来なかったら、踏むからね』


 僕達の通っていた小学校だけれど、修学旅行は二学期に行くことになっている。しかし、今年は三学期に延期となり、場所は雪山となった。

 修学旅行、僕の記憶を全て取り戻すために、必ず通らなければいけないイベントだ。


 けれどその前に、語らずに通るわけにはいかないイベントもあった。僕が御心を泣かせたクリスマスのことを、懺悔の如く語ろう。



 時はクリスマスイブ、十二月二十四日。

 残念ながら雪は降っていないけれど、それは寒いイブの日、僕は妹の前で宣誓儀式を執り行っていた。


「宣誓! わたくし、茂木陽人はっ、愛する妹、茂木陽菜の愛をっ——」

「純愛! やりなおし!」

「じゅ、純愛を! う、裏切らないことをっ、ここに誓い、ただただ友達として御心稀沙とっ——」

「あの女と!」

「あ、あ、あの女とっ……遊ぶことを約束します!」

「うむ、行っていいよ。でもでも、夜の七時までに帰って来なかったら、踏むからね?」

「……は、はい……」


 こうして僕は、無事に? 家を出た。時刻にして正午過ぎ、昼食は御心と一緒に食べることになっている。そう、僕はこれから御心稀沙とデートなのだ。

 当時、僕の持っている通信手段は子供用のスマホだったけど、御心とメールのやりとりくらいは難なくこなせた。


「急がないと遅刻するな……遅刻なんてしたら御心怒るよな……女ってこわい」


 僕は早足で、——競歩選手並みの早歩きで最寄りの駅へ向かった。約束した当初は御心が家に迎えに来るって話だったけれど、駅での待ち合わせに変更された。御心の家から駅までは、僕の家より遠いのに、何故、わざわざ駅で待ち合わせなんてするのか疑問に思いながら、競歩で到着。

 御心は僕より早く到着していたらしい。遅刻寸前だし、当然と言えば当然だけれど。僕は御心に遅くなってすまないと謝罪をいれた。先手を打たないと何を言われるかわからないからだ。


「ハル君、こんにちは。私も今来たところだから気にしないでよ」


 あれ? なんか優しいぞ?

 それが僕の第一印象だったけれど、そんな印象はすぐさま吹き飛ぶこととなる。


「御心……な、なんか……」


 大人っぽい、ぞ?

 どういうことだろうか。いつもの元気っ子満開の子供服と違って、真っ白なコートに身を包んだ御心稀沙がいつもより大人に見えた。唇なんか、テカリんだし、なんだ、顔がキラキラしてる?

 混乱。

 小学生の僕の脳では、この変化の意味を処理しきれそうになかった。というか、無理だった。


「ふふーん、どう? 可愛い?」

「か、かわいい……」

「えっ!?」

「あ、あーっ、いやなんでもないって!」

「かわいい……」


 頬を染めた御心が僕の手を握る。昔から、御心は僕の手を握りたがる。だから慣れてはいるのだけど、少しばかり緊張している自分がいた。

 御心稀沙の手のひらは、とても、あたたかい。

 冬に握ると、ちょっとしたカイロくらいには。


 ——ハルナを裏切ったらお風呂に沈めるよ!


 おっと、僕の脳裏にあの声が……そ、そうさ。僕と御心は付き合ってるわけじゃないし、ただ、クリスマスイブに一緒にご飯を食べるだけだ。

 所謂デートだとしても、所詮は小学生。僕達の向かう先は街のショッピングモールのレストラン街くらいのものだ。いつもならフードコートで買い食いをしたしするのだけれど、今回は初めて子供だけでレストランに入るのだ。

 ある意味、こっちが緊張する。

 結局僕達は、レストラン街の奥に位置する、ばっくれドンキーに入店。馴染みのあるレストランだから入りやすいと考えたのだ。


「いらっしゃいませ、お二人様でしょうか?」


 店内に足を踏み入れると、すぐに声をかけられた。


「あ、えっと……お、おふたりさまですっ?」

「ハル君……なんで疑問系?」


 クスクスと上機嫌に笑う御心の手を引き案内された席に座ると、大きなメニューが視界に飛び込んでくる。それぞれメニューを選び注文を終え、やっとのことで一息つけたわけだけれど、


「ハル君、この後はどうする?」


 この後のことなんて考えていなかった。

 デートなんてしたことないし。

 御心稀沙のキラキラした瞳が、僕をしっかりと捉えている。


「なら、店でも見てまわろうか?」

「はっ! う、うんっ!」


 その笑顔は天使だった。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る