20『いいから黙ってデートしなさいよね』


 結果から言うと、九都は無事だった。

 無事、というより、ただの貧血だったわけで、その後早めに切り上げることで難は逃れたのだった。

 御心は帰り道、ずっと謝っていた。九都はというと、こちらこそごめんなさい、と謝り合いになっていた。御心は、身体の弱い九都を炎天下に連れ出したことを気に病んでいたのだろう。

 御心は帰り道、僕の手をはなさなかった。


 九都の家に到着。

 親御さん達にその旨を伝え頭を下げると、二人は笑顔で僕達の頭を撫でてくれた。


「ありがとう、陽人君、稀沙ちゃん。気にすることはないよ。それより、これからもこの子と、波芦と遊んであげてほしい」


 九都の父の言葉は、僕達二人の心を救ってくれた。

 波芦の母の優しい笑顔が、僕達の視界を濡らした。

 僕達は九都波芦にとって、無力ではないんだと、そう思えて嬉しかったのだ。


 長い夏休みはまだまだ続く。

 僕達は三人一緒に遊ぶことが以前より増えた。九都と御心の仲も、遥かに良くなっていた。僕のいない時も、二人でいるくらいには。

 僕が遅れて体育倉庫へ入ると、二人が頬を染めていたりとか、もはや日常茶飯となっていた。僕が何を話していたんだ、と問い正しても、断じて答えてくれなかった。

 女の子同士のお話、だそうだ。


 夏祭り、——僕達は相変わらず三人一緒だった。

 途中、九都が迷子になって必死に捜したけれど、基本的には平和だった。御心は、僕の手を握ってはなさなかった。僕もそれを受け入れていた。

 いつしか彼女の好意に心地よさを感じていたのかも知れない。九都を想いながらも、身の程知らずもいいところだけれど、揺れていたのだろうか。

 それは、今になってもわからずじまいである。


 さておき、夏は終わり短い秋を越え、次第に肌寒さを感じる季節となる。冬がきたのだ。冬と言えば、所謂恋人の季節だけれど、僕はいまだにはっきりしない気持ちで二人と付き合っていた。


 そして、あのイベントがやってきてしまった。


「ハル君、クリスマスなんだけどね?」

「クリスマス? それがどうかしたの?」

「えっ!? あ、いや〜、ほら、私たち、もう六年生でしょ? だから、その、クリスマスに、デ、デ、」


 何をもじもじしているのだろうか。僕には到底わからなかった。クリスマスと言われても、僕には九都の家でゲームパーティーくらいしか思いつかなかったのだ。当時の僕は、それくらいゲーム好きで、何より九都と遊ぶのが楽しかったわけだ。


「なに顔あかくしてんだよ、御るぁっ!?」


 星を見た。こんな強烈な攻撃は、そうは受けることはないだろうけれど、僕はそれをそこそこ喰らっているので今なら言える。

 女の子の平手打ちは、強烈である。


「ばっ、ばか! せ、せっかく私が……ボッチのハル君と、デデデ、デートしてあげようって思ってたのに! この鈍感!」

「な、なんだよ、どんかんってあれか? マ○オに出てくる——」

「それはドカン!」

「タイム——」

「ボカン!」

「人類——」

「……補完……っけいかく……」


 今思えば、あの頃の僕は馬鹿だった。

 思い出したけれど、これは酷い。当然、御心は活動限界を迎え、その後、暴走した。


「いいから黙ってデートしなさいよね!」

「え? デート? 僕と御心が!? そ、それって、あれだろ? こ、こ、こ、ここ」

「こ、こ、こ」

「こい、びと、どうしでする……あのデート?」

「そ、そうよ……い、嫌だったら嫌って言いなさいよ……」

「いいぜ。クリスマスの日は恋人だ!」

「あ、うん……なんか色々違うけど……ふふっ、いっか。じゃ、クリスマスの日、迎えに来るから、ちゃんと準備しててね、ハル君!」


 この時の御心の笑顔。今考えると、とてもいい笑顔だった。それもそのはず、好きな人とクリスマスデートの約束を取りつけたのだから。


 嬉々として僕の家から去った御心の背中を見送り、——そう、御心はわざわざ押しかけて来ていたわけだけど、そこは置いておくとして、——彼女の背中を見送り振り返ると、


「お兄ちゃん、お兄ちゃん、今の話、誠か?」


 鬼の形相で立ちはだかる妹がいた。その夜、僕が眠れなかったのは言うまでもない。

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