23『バチが当たったんです』



 僕の回想は、ここでおしまい。


 どうやら記憶を取り戻したようだ。そして、それを、喜べない自分がいて、目の前には泣きじゃくる御心稀沙がいる。

 僕はまた、彼女を泣かせてしまったようだ。


「御心……思い出したよ。九都は、もう、いないんだな」


 酷い顔だ。綺麗な顔が台無しになるくらいに泣き腫らした瞳で、僕を見上げる御心。その大きな瞳には波打つ僕の姿が覗く。

 なるほど、人のことは言えないか。

 僕の顔の方が、御心よりもずっとめちゃくちゃで見れたものではないじゃないか。


 九都波芦は転校したのではなく、旅立った。


「……あいつは……僕の目の前で、死んだ」

「……もういいよ……ハル君は何も悪くないよ……」

「よくなんてない……僕はずっと、その真実から逃げてきたんだ。記憶を消してまで……波芦の死を認めなかった。違う……認められるわけがなかったんだ……僕はっ……あの日、波芦にっ……」


「……じゃぁ、私だったら良かった……の、かな」


 僕はあの日、九都波芦に告白した。


 ◆◆◆


 知っての通り九都は身体が弱く、雪山でのスキーは断念するはずだったのだ。しかし、九都の熱望により、参加することになった。

 そして、九都に伝えることがあると呼び出され、二人でホテルを抜け出したんだ。


「私が……悪いんだよ……」

「御心。お前は何も……」

「違う。だってあの日、ココロちゃんがハル君に伝えようとしたこと、私のお願いだったんだよ」


 私が……と、言葉を繋ぐ。


「私がハル君のこと、好きだってこと、伝えてもらうはずだった……ココロちゃんはね、ずっと私の相談に乗ってくれてたんだよ。プールの日も、お祭りでココロちゃんが迷子になったのも、全部わざと。わざとね、私とハル君を二人にしてくれてたの」


 僕の沈黙に、一瞬の間をおき、続ける。


「知ってたんだ。ココロちゃんも、ハル君のことが好きだって。見たらわかるよね……それなのにココロちゃんは、私にハル君を譲ってくれるんだよ。でも、肝心のハル君は」


「僕は修学旅行で、波芦に告白した……」


 そう、僕は九都波芦に恋していた。だから、呼び出された時、チャンスだと思った。

 そして想いを伝えたのだ。

 当然、九都は驚き、首を横に振り後ずさる。顔を真っ赤にした九都が、ふと、姿を消したのは、その直後だった。足を踏み外し急斜面を転げ落ちていったのだ。一瞬の出来事で、僕は唖然としていたのだけれど、というか、完全にフリーズしていた。

 そんな一瞬の出来事に僕の意識が反応をしめしたのは、九都の姿が全く見えなくなってからだった。


 振り返ると、御心がいた。

 当然、御心もフリーズ中だった。そんな御心に僕は先生を呼んでくれとだけ伝え、九都の滑り落ちていった後を追ったのだ。

 何故、そこに御心がいたのかなんて、考える余裕はなかった。ただ、九都を助けないと、それだけで、僕は無謀にも後を追ったのである。


 滑り落ちた先で、雪に埋もれた九都を見つけた。

 僕は慌てて抱き上げ岩陰に体をあずけた。


 吹雪く横殴りの雪の中、二人手を繋ぎながら助けを待った。

 九都波芦の手のひらは冷たくて、濡れた髪からはシャンプーの甘い香り、口元からはおやつで食べていた焼きそばパンの匂いがした。


「……きっと……バチが当たったんです……」

「波芦! だ、大丈夫だっ……せ、先生達が来てくれるから……」


 手足の感覚は既になくなり、次第に言葉数も減る。


「はろ……は、ろ?」

「……っ……る、……く……」

「し、っ……かり……しろっ」


 死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、

 死にたくない、————

 泣き声、すすり泣く声、九都波芦の涙はすぐに凍りつき、やがて声も掠れ、途切れ


「……」


 虚な瞳、


「……ハル……くん、……ごめん……なさい」


 ————それが、こたえです



 その言葉が、彼女のさいごの言葉だった。




 気が付けば僕は病院のベッドにいて、何もかもを忘れていた。

 そう、僕は九都波芦にフラれたのだ。




 ◆幼少編◆完結——

       ——次話◆告白編◆


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