第12話 ミラ日記 トラウマ
私の名前はミラ。魔族である私は魔王軍で親衛隊として働いている。24才という若さである私が、親衛隊員というのは自分で言うのもなんだけど、かなりの出世コースである思う。魔族は長寿という事もあって、周りは50歳を超えるベテランばかりだ。親衛隊長は200才を越えている。
そんな親衛隊で最も若い私は優しい先輩たちに可愛がらている。ただし一部は除く。そんな先輩たちに囲まれる理想の職場だった。そう、だったです。全ては過去形なのです。もう私、泣いてもいいですかね?
全ては前魔王様が現魔王様、アンドレアス様に殺された時から始まりました。私もあの日、親衛隊として前魔王様の護衛で魔王城の玉座の間にいました。私はあの日ほど、非番でなかったこの身を、いや、運命を恨んだことはありません。
魔王城へ侵入者が現れたのです。ここで大事なのが攻められているでも、攻撃を受けているでもないことです。来た報告は侵入者一人。私は思いました。玉座の間に控える私達には関係ないと。それは玉座の間いる全ての人たちがそう思っていたと思います。
だって魔王城ですよ。魔王城に一体どれだけの兵がいる思ってるんですか? そこに一人で侵入とか、もうただのバカですよ! 玉座の間まで来れるはずがありません。どうせすぐに捕まるか、殺されるでしょ、と私は思っていました。だってあの頃の私、アンドレアス様を知らなかったんだもん。
それからすぐに玉座の間に居た者たちは、嫌でも気づかされたました。ただ事ではない、何かがこの魔王城で起こっていると。
鳴り響く爆発音と共に魔王城が揺れます。それと共に聞こえてくる悲鳴……。一人の侵入者って何かの間違いじゃないかな? 勇者率いる人族の総攻撃って方がまだ分かるだけど。
そんな中だけど、私は恐怖を感じてはいなかった。だって玉座の間には魔王様と四天王が揃っていたのだから。
だが、そんな私の甘い考えは、玉座の間の扉と共に吹っ飛ばされました。鉄製の巨大な扉が吹っ飛ばされ、玉座の間を舞います。その扉に当たっり数名の同僚が死にました。それを見た私は恐怖しました。攻撃でもない、吹っ飛ばした扉で殺す様な相手です。勝てるはずがありません。私は恐怖で動けませんでした。
私が恐怖で竦む中、同僚の先輩たちは恐怖に臆す事無なく、侵入者へと向かって行きます。宙を舞う先輩たち。先輩たちが次々と吹っ飛ばされていくという、現実味のない光景でした。
そんな光景を何もできず私は眺めていました。そんな時、四天王の一人であるオーレン様が「下がれ、俺が相手する」と言い親衛隊を下がらせました。何て頼もしいのでしょう。恐怖で怯えていた私にはオーレン様が希望の光の様に輝いている様に見えました。
しかし、それも一瞬の事で、次の瞬間には迫って来た侵入者に首をもがれていました。まだ、親衛隊員たちも下がり終わっていないのに。みんなが信じられない光景に唖然としました。四天王も魔王様もがです。
そんな中で侵入者は薄笑いを浮かべ、言いました。
「なんだ、こんなものか? 四天王って言っても、この程度なのか!? これじゃ魔王も期待できんな!」
そう言い挑発的な笑みを浮べる侵入者は、白髪で整った顔立ちにゾッとするような鋭い眼つき、そして赤い瞳。そうです、私の今のお仕えする魔王様、アンドレアス様です。
初めて見たアンドレアス様の印象は、性格の悪い暴君でした。突然オーレン様の首もぎ取って、こんなものか? ですからね。私は思いました。この人は殺す事に何も感じてない。殺したいと思ったら取りあえず殺すのだろうと。決して関わってはいけない、そう感じました。その印象は今でも変わりません。残念な事に。
挑発する様な笑みに、我に返った残った四天王の三人が怒りをあらわにして、アンドレアス様へと襲い掛かります。ほぼ同時に攻撃する四天王の三人。しかし次の瞬間に倒れたのは三人でした。そう、四天王の三人です。全員一撃でした。
今思えば、あれは戦いではなく、虐殺だったのだと思います。戦いってお互いが傷つける事が出来て初めて戦いって言えるだと思います。なのであれは虐殺です!これは内緒なんですが、今思えば何であの人たちが四天王だったのでしょ?弱すぎじゃないと思います。
四天王が殺されて、魔王様も冷や汗をかいていました。あの時既に諦められていたのだと思います。魔王様が、その時言った言葉が今でも忘れられません。
「そのだな、歯向かわない部下は殺さないと約束してくれないか?」
そこには、威厳や権威はありませんでした。ただ部下を思う優しい魔王様でした。涙が私の頬を流れました。ありがとう魔王様と、これで死なないですみそうですと。私はこの時ほど、魔王様を偉大と感じた事はありません。
神妙な面持ちで言う魔王様に、アンドレアス様は嫌らしい笑みを浮べそう答えます。
「皆殺しにする気はないが。さあ、どうだろうな? 気分次第だな」
ちょっとアンドレアス様、死を覚悟した魔王様のお願いですよ。普通聞くでしょ? 聞かないとダメでしょ? 約束して欲しかった私の精神の為にも。
この時の私の絶望がわかりますか? わかりますか? おもちゃの様に殺される。気分で殺される。まだ男性とお付き合いもした事ないのに、ですよ。絶望しました。未来が見えない事に。
魔王様はアンドレアス様の答えに少し考えると。
「気分次第というのであれば、どうだろう。ワシは引退する。見逃してはくれんか?」
私たちの命が、アンドレアス様の気分という不安定なものに掛かっているというのに、自分だけ助かろうとか幻滅しました。信じられないですよね? 最低ですよ! 魔の者たちの王のやる事じゃないです。終わってます。言ってる事コロコロ変わってるけど、知ってる? 女の心は変わりやすいんですよ! 女心は難しいです。
しかしアンドレアス様は、そんな魔王の命乞いを即答でお断りしました。
「ダメだ! 王座は殺して奪う。でなければ意味はない」
さすが、アンドレアス様。殺さないと意味がないらしいです。これには私も、ざまぁと思ってしまいました。
アンドレアス様に断られた魔王は剣を取り襲い掛かりました。
「ワシは魔王だ! 勝てんとしても、一死剝くてやるわッ!」
結論としては一撃でした。魔王が死にました……。信じがたい光景でした。斬り掛かる剣をアンドレアス様が受け止め、手刀で魔王の胸を一突き。魔王の瞳から光が失われていきました。それを見て私は思いました。魔王でもこんなにあっさり死んでしまうの。何て理不尽なの! 死ってこんなに身近にあるの!?
良い立場が築いて行けば、人生をより安心して生きていけると思ってました。出世すれば生活が保障され、食べ物に困ったり理不尽な死を避けれると。組織で立場を得るって、そう言う事ですよね。でも、目の前で、その組織のトップが一人の男に殺されてしまいました。組織のトップですよ! 組織で一番、安泰であるはずの魔王がですよ。私の価値観は音を立てて崩れ去りました。私はこれから何を信じて生きて行けばいいのでしょう?
なんと理不尽な存在なのでしょう。一人で魔王軍が守備する魔王城にやって来て、魔王を殺してしまうのです。私は思います。この人がいる限り、この世界で生きる全ての者は、常に死と隣り合わせで生きていかなければならないのだと。
アンドレアス様は魔王を殺し玉座に座ります。玉座に座る姿は様になっていました。魔王よりも魔王らしいものでした。
そんなアンドレアス様に皆が緊張し、視線を向けていました。そこでアンドレアス様は宣言したのです。
「我が名はアンドレアス。今より余が魔王だ! 異論がある者がいるのであれば聞こう」
この時、私は意外に思いながらも、思います。あれ? もしかして話し通じる系なの? 人の意見を聞く人なのかと。
私がそんな事を考えていると、親衛隊長が前へと進みでました。堅い考えの持っていて、私は苦手とする方です。アンドレアス様の前に立ち、緊張した様子でしたが、はっきりとした口調でした。
「魔王様とは皆に選ばれてなるものです。断じて略奪など――」
アンドレアス様が話している隊長に一指し指を向けます。指先が光ると、話していた隊長の頭に穴が開きました。痙攣し話す事が出来なくなり、そのまま倒れる隊長。
ダメです! 話通じない系です。いえ、話し聞かない系です。
誰もが言葉を失っていました。そんな中アンドレアス様は、「次」とだけ言います。皆がその言葉が理解できないといった様子でした。退屈そうな表情をしていたアンドレアス様が、少しだけ意外そうな表情を浮かべます。周りの者たちを見渡し言います。
「次と言ったのだが、他にはいないのか?」
その言葉に隊長と仲の良かった副隊長が、怒りをあらわにして前へと進み出ました。私には理解できなかった。死んじゃうんですよ!? 覚悟した様子で進み出る姿に、もうやめてよ。誰か止めてよと、私は祈りました。
しかし、私が魔族だからかな? 祈りは届かず、私はトラウマを抱えました。次々と続く、公開処刑。これが男の意地っていうんですかね? バカですね! 理解できないですね。男の人の考えは私には理解できないですね。死んだら意味ないよね。
公開処刑が終わり、残されたのは心が居れた者たちです。皆、顔色が優れず下を向いていました。私もその一人です。そんな状況の中でアンドレアス様が言います。
「さて、これで優秀な親衛隊員のみが残った。おめでとう、精鋭の諸君」
褒める様に言っているが、明らかな皮肉でした。バカにした様な態度のアンドレアス様。しかし皆、何を言う事もなく、下を向いたまま耐えている様でした。そんな私たちを後目にアンドレアス様は続けます。
「では、さっそく仕事をしてもらおう」
その言葉にその場にいる皆が息を飲みます。この常識外れの魔王が命じる仕事が普通の仕事なのか? いや、そんなはずがない、という誰もの心の表れだったんだと思います。
そんな中、アンドレアス様は、一人の親衛隊員を指さし言います。
「そこのお前、前魔王の死体を城門の城壁に吊るして来い。出来るだけ目立つようにだ。いや、まて。前魔王も一人では寂しいだろう。ここの死体も吊るしておけ」
指さされた隊員の男は動揺して、自分ですか? という様に自分を指差し、
「じ、自分でありますか!?」
「そうお前だ。中々に良い宣伝だろ。逆らう者には容赦しないという」
アンドレアス様はそう言い邪悪な笑みを浮べます。前魔王と仲間であった親衛隊の遺体まで吊るせと命じるものです。使えていた主と仲間の死後を踏みにじれと、まともな倫理観が有る者であれば出来るはずがありません。私には、ワザとその様な命令をして、逆らえば死ぬという恐怖との板挟みにして、楽しんでいる様に見えました。なんて性格が悪いんだろう。到底、魔の者のとしての心を持っているとは思えない悪魔の所業です。
命令を受けた隊員は考えいる様でした。きっと、死にたくはない。しかし、そんな事をしていいのかと、自分の中で葛藤していたんだと思います。そんな隊員を急かす様にアンドレアス様が尋ねます。
「ん~、どうしたぁ~?」
なんとふざけた顔でしょう。人を煽る天才でしょうか。相手の心を知っているとわかり、それでも分からない振りをしている事が分かる器用な表情です。まるで、(あれ~? どうしたのかな?早く、早く)と心の声が聞こえてきそうです。
隊員は額に油汗を浮べているが覚悟した様な眼差しで、アンドレアス様を見ます。
私は目を閉じ、耳を塞ぎたくなります。見たくない。この先に何が起きるのかがわかっているから。
「私にはできません」
隊員はそう言い胸を張り、誇らしげでした。自分の信念を貫いた事からのでしょう。良い顔をしていましたよ。次の瞬間にはドサリと音を立てて倒れて、二度と動くとはありませんでしたけどね。ああッ、もう無理。限界です! 私は心の中でそう叫んでいました。
そんな私とアンドレアス様の視線が合います。……額に大量の汗が浮かび流れ落ちます。やばい、やばいと内心焦る私に、アンドレアス様が微笑みます。悪い事を思いついた様な笑みです。終わった……そう思い、絶望する私に声が掛かります。
「そこの女、前に出ろ」
その言葉に逆らえるはずもなく、私が前に出るとアンドレアス様は上から下までを眺めます。
「うむ、いいではないか。素晴らしい」
アンドレアス様は私を褒める様にそう言い立ち上がると近づき、私を眺めながら周りを回り。
「やはり良いな。軍人のお手本の様だ。キリっとした顔立ちに緊張感のある表情。邪魔にならぬよう髪を後ろに纏め、制服に着崩れがなく美しい。その姿勢の良さはキミの軍人としての資質を物語っているようだ」
先ほどまでと違い饒舌に話すアンドレアス様。褒められているのですが、私は冷や汗が止まりません。怖い。この人、何をしても怖い。理屈ではなく、怖いのです。トラウマです。そうトラウマです。
「俺は成り立てというのもあるだろうが人望がないようだ。残念ながらこの有様だ」
アンドレアス様はそう口にして、辺りの惨状を見渡します。まるで悪びれる様子もないその姿に、怖い、怖いと私の心が死んでいくのを感じました。
アンドレアス様はそんな私にとどめを刺す様に顔を覗き込み。
「そこでキミだ! 例え人望のない魔王の命令でも、優秀な軍人であるキミならば、軍紀に従い実行してくれると思うのだが、どうだろう?」
狂気としか思えない笑みを浮べ、私の目を覗き込んでくるアンドレアス様。私はあまりの恐怖から思考を停止しました。いやだ! 死にたくない。死にたくない。私は只々逃げたい一心でした。気づけば、前魔王を吊るしていました。
この時が私の人生の大きな分岐点だったのでしょうか? 私の日常が大きく変ってしまいました。
前魔王を吊るした私は、アンドレアス様に気に入られたのでしょうか? よく声を掛けられます。優秀だな、お前ならできるだろう、などの過大評価、お褒めの言葉を頂いています。それ自体は私の胃が痛くなる事を覗けば問題ないのですが、問題はそれと同時にやって来る指示の方です。過大評価を口にして来る指示は、普通の神経の者にとっては難しいものばかりなのです。恐怖で断る事が出来ず、地獄な日々が続いています。
内容は、アンドレアス様に楯突いた者の一族の処刑とお吊るし。一族皆殺しなので女、子供も含まれるので気分最悪です。他にも兵たちに捨て駒として死んで来る様に伝えるなどの数多くの凶悪な指示です。
罪悪感が凄いです。罪の意識で心がボロボロです。でも断る事はできません。断ろうとすると、トラウマが蘇ります。怖い、怖い。私は罪の意識と罪悪感で板挟み……私、どうすればいいんでしょ? なんで私がこんな目に、私ないか悪いことしたかな? あっ! 前魔王と死んだ同僚吊るしてる! 有罪かな?有罪なのかな? ……わたし、汚れちゃった。
汚れたで思い出したけど、最近同僚たちの目が冷たい。同僚たちが話してるの聞いちゃったんだよね……
「使えていた主と同僚を吊るすか普通、心がねえんだよ!」
「兵たちに死んで来いって、死地に送ったらしいぞ。サイコパスだな!」
とか言われてたんですよね……泣いてもいいですか? 一族の処刑とかもっとひどくて、
「女、子供までか!? 悪魔だな!」
もうやだ! おかしいよ。24才の乙女を悪魔って酷いよ。板挟みでボロボロな上に孤立だよ。絶対おかしい!呪われてる。何かに呪われてるよ。前魔王の呪いかも……。
そんな私にアンドレアス様は度々声を掛けてきます。余裕のある薄笑みを浮べる、その姿にアンドレアス様は、私を追い込んで楽しんでいるのではと思えてきます。恐怖で逆らえない私の事を知っていながら知らない振りをして、あえて煽てて遊んでいるのではないのかなと感じます。まあ、そうだったとしても、尋ねる勇気も逆らう勇気もないんですから、どうしようも無いんですけどね。
わたし、これからどうなるんだろう……。
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