第16話 幼稚園児並み!

 ミラに軍医を呼ぶように指示したアンドレアスは部屋のデスクに座り待っていた。部屋の扉がトントンとノックされる。


「軍医をお連れ致しました」


 扉越しのミラの声を聞こえると「入れ」とアンドレアスが応えた。扉が開き、ミラを先頭に軍医たちが一礼をして、部屋へと入って来る。


 いずれもが美女揃いであった。軍医やスタッフというには違和感がある程に。彼女たちは魔王の為に集められた精鋭揃いの軍医とスタッフである。確かな技術とその容姿から集められている。


 並の男で有れば、喜んで診察を受けてしまうとこだろう。だが、アンドレアスは並の男ではない。心の中でアンドレアスは叫ぶ。


(ふざけるな! こんな状況では相談したくとも相談できんわ!)


 アンドレアスが軍医に相談したかったのは、女性に対して発情する様になった事なのだ。何故かと言えば、その対象には幼女までが含まれた上、所かまわず誰にでも発情してしまい黒歴史を作ってしまうからに他ならない。


 だというのに、この精鋭の美女たち相手にその事を自ら暴露し相談するなど、それ自体が黒歴史である。黒歴史を相談する為に黒歴史を作るなどアホであろう。もはや道化の類である。


 アンドレアスは魔王である自分への配慮をこれ程、迷惑に感じたのは初めての事だった。


 アンドレアスがそんな事を思っているなどと知らぬ代表らしき女医が進み出て一礼する。それに合わせ他の美女たちも一礼する。


 一例が終わり進み出た女医が口を開く。


「お呼びにより参りました。何なりとお申しください。必ずや魔王様のお力になります」


 女医がそう言い、再び一礼する。それに続き他の者たちも「なります」と口を揃えて言い、頭を下げる。流石は軍属、その統率の取れた動きは見事なものだ。


 そんな光景にアンドレアスは笑顔を引きつらせている。珍しく誰もが見て分かる程に、露骨に笑みを引きつらせたアンドレアスが口を開く。


「では、チェンジだ!」


 予想外の言葉を理解できずに部屋に居た皆がキョトンとした表情を浮かべる。


「だから、チェンジだ。わかったな」


 アンドレアスが理解できてない様子から再度伝えると、要約気づいたのか代表らしきが慌てて口を開く。


「お待ちください。私たちの何がいけなかったのですか? 私たちは魔王様を癒す為に選び抜かれた精鋭だと自負しております。何がダメなのでしょか?」


 言動から自分たちへの自信が伺えた。この場に居る事から医療の技術に優れているのだろう。だがそれ以上に、その外見の美しさから、そういう意味でも選び抜かれた精鋭であると理解できる者たちである。


 だからダメだと言いたいアンドレアス。今のアンドレアスとって、その美しさは凶器である。そんな者たちに診断をして貰うなど自殺行為でしかない。美女たちの前で公開処刑を選ぶようなものだ。そもそも発情して困っているなど相談できるはずもない。出来るのであれば既に開き直っているに違いないのだ。


 答えたくても答える事の出来ないアンドレアス。女医の必死な様子から、美しい女性を悲しませている事からか罪悪感に苛まれるアンドレアス。しかし、公開処刑など冗談ではないと、心を鬼にして告げる。


「ダメなものはダメだ」

「なぜでしょうか? 理由だけでもお聞かせください。私たちに至らぬ所があるのでしたら治しますので。何卒お聞かせ下さい」


 ダメだと断ったにも関わらず、しつこく追及してくる女医にアンドレアスは内心で頭を抱える。


(答えたくても答えられないんだ。その容姿のせいでな。そもそも治さなきゃならんのはお前たちじゃなく、俺だからな)


 そう内心でツッコむアンドレアスがミラへと指示を出す。


「ミラよ。この者たちを下がらせろ」


 ハッ! と軍人の見本の様な返事を返して、ミラが女医たちの前へと立ち。


「魔王様の命令です。下がりなさい!」


 厳しい表情で下がる様に指示するミラ。それでも何故と食い下がろうとする女医を、ミラは目を鋭くし阻む。


「命令ですよ。わかりますね」


 ミラの強い口調に女医たちは諦め、部屋から退室をして行く。


 部屋の中にアンドレアスとミラの二人だけとなると、


「ミラよ。軍医を呼んで来てくれ」


 追い出したばかりだというのに、再び軍医を呼ぶように言われ首を捻るミラ。


「次は男の軍医だ。んー、そうだなー」


 そう言いアンドレアスは相談する理想の医師について思考する。


男である事は当然として、だが同世代にその様な事を話すのは避けたいと感じた。バカしたり、同情される可能性を考えての事だ。もし、そうなれば始末するのだが、それだけでその怒りは収まると思えなかった。自身の心の平穏の為、枯れ果てた老人が良いだろうと判断した。老人あれば、その年の功からバカにする事は少ないだろうという事と、生い先短いであろう事から秘密を知る者が早く居なくという理由からだ。


「年配の爺さんとかがいいな。後、大人数は必要ない。一人だ。一人で良い」

「お爺さんですか?」


 なぜお爺さんなのかと、謎は深まりさらに首を傾げるミラ。生い先短いという罰当たりな理由からであると想像も付かないミラに、それらしい理由を語り始めるアンドレアス。


「ミラ、年の功だよ。長く医学を追及した、深い英知を持つ者に相談したいのだ。若いのがいかんとは言わんが、やはり長い年月を費やした者には及ぶまい」


 さも当然の事だとドヤ顔で言い切るアンドレアス。それが嘘であると気づかないミラは、納得した様に頷き。


「なるほど。一日之長ということですね。了解しました。直ちに年配の医師を呼んでまいります」


 ミラはそう言い年配の医師を呼ぶべく部屋を出て行く。


「はぁー、危なかった。何とか切り抜けたな。自ら集めて、危うく公開処刑されそうになるとはな。人生とはままならぬな……しかし、何というか、可愛かったな」


 そう呟きアンドレアスは女医たちの姿を思い浮かべる。


「この状況を制御できる様になったら、診断してもらうのもいいかもしれん」


 アンドレアスはそう口にして、診断される光景を思い浮べた。ゴクリと生唾を飲み緊張した表情を浮かべ。


「危険だな。うむ、危険だ。もう少し経験を積んでからにした方が良いな。ゴクリ」


 女性に興味を持ち始めたアンドレアス。そのウブさは幼稚園児並みだった。 

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