第6話 魔王倒れる!

 オタとアンドレアスが光に包まれ、周りにいた魔王軍全員に動揺が走る。


 その中でも特に動揺が酷かったのは妖艶な女だ。先ほどまで、うっとりとした視線でアンドレアスを眺めていたが、今は打って変わり、不安に表情を染め「ま、魔王様」と名を呼んでいる。抜群なスタイルの良さを持つ彼女の名は、イザベラ・イグナー。赤髪でラバースーツ様な物に略帽といった格好で、妖艶さを放っている。


 そんな彼女が慌てる中、光が弱くなり消えて行く。光が消え、無事なアンドレアスの姿に安心するイザベラ。


 光に包まれる前と何一つ変わるところのないアンドレアス。それに比べ、オタはまるで別人の様に変わっていた。黒かった髪や眉は、色が抜け落ちた様に白く、頬はコケ、やせ細っている。眼も色がなく、既にその目は、見えていないのではないだろうかと思わせるものだった。


 生気を失い、アンドレスの前に跪くオタ。それを詰らない物を見る様に、見下ろすアンドレス。


「何の真似だ? 自滅か? 自殺か?……」


 アンドレスの尋ねに消え入りそうな声でオタが答える。


「いずれ分かるさ」


 オタはそう答え、弱弱しく笑みを浮べる。満足したような笑みだった。そんなオタに、アンドレスは不快そうに僅かに顔を歪め、蹴り飛ばした。生気を失ったオタが吹っ飛ぶ。地面を数度バウンドし転がるオタ。その体は倒れたままピクリとも動かない。


「くだらん幕引きだ。興覚めも甚だしいわ!」


 アンドレスはそう口にして歩き出す。向かった先は、地に伏せ苦しむ聖女のもとだった。アンドレスの攻撃で衣類などもボロボロで、色々と見えそうで見えない際どい姿だった。アンドレスは、そんな聖女の元まで辿り着くと、見下ろし口を開く。


「無様だな聖女よ。どんな気分だ」

「……」


 聖女は何も答えず、屈辱に顔を歪めながらもアンドレアスを睨む。アンドレアスは姿勢を下げ、顔を睨む聖女に近づけ再度尋ねる。


「聞いているのだ聖女よ。目の前で、自分の呼んだ異世界人が倒れて行くのは、どんな気分だと」


 意地悪く言うアンドレアス。聖女はそれでも無言をつき通す。しかし、その瞳の奥には先ほど以上の怒りを宿していた。アンドレアスはだんまりを決め込む聖女から身を離し。


「哀れだな。戦いを知らず、見知らぬ世界に呼ばれ、戦わされ死んでいく。故郷から遠く離れた、この地が墓場とは。身の程も弁えず戦場へ立った者に相応しい惨めな最後だな。さぞや故郷へ帰りたいと、自分たちを召喚した者たちを恨んだであろうな」


 独り言の様にわざとらしく言うアンドレアス。当て付けの様に言われ、我慢の限界だったのか。無言を貫いていた聖女がアンドレアスへ食って掛かた。


「お、お前が言うなッ! みんなを殺したお前が!」


 聖女が怒りのままに怒鳴ると、アンドレアスは呆れた表情を浮かべ。


「ようやく口を開いたと思えば……これは戦争だぞ。殺してなにが悪い。まさか殺すなと言うのではないだろうな?」

「お前が居なければみんな死なずに済んだんだ。お前がいなければ……」

「お前たち人族も、ゴブリンやオーク、魔の者を見れば殺して来ただろう。それを――」


 アンドレアスはそこまで言い、突然話すのを止めた。それはこれ以上話しても無意味だからだ。


 どちらが良い悪いと言い合っても平行線であり、人族と魔の者の双方に正義があるのだ。それが分かり合えないからこそ、長い時を争い合っているのだ。


 話を止めたアンドレアスが再び口を開く。


「話すだけ無駄だな。聖女お前には利用価値がある。大人しく捕虜となってもらうぞ」


 そう言いアンドレアスが倒れ動けぬ聖女へと手を伸ばす。手が聖女へと迫り、掴もうとした時。アンドレアスの動きが止まる。


 止まったまま動かないアンドレアスに周りを囲む魔王軍が騒めく。それでも時が止まったかの様にアンドレアスは動かない。


 この時アンドレアスは初めての経験に襲われていた。顔が熱く、心臓の鼓動が自分に聞こえる程に激しくなっていた。そのせいか、頭がぼぉーとして、思考の低下を感じていた。


(どういうことだ! 攻撃を受けている? いや受けたのか? いつ? ……

精神攻撃か? いや、呪いや心臓に直接影響を与える魔法?)


 理解できない未知の現象に困惑するアンドレアス。そんなアンドレアスの鼻から血が流れた。スタスタと流れる血。


 その光景に魔王軍の騒めきは大きくなる。初めに動いたのはイザベラだった。「魔王様」とアンドレアスを呼ぶ。名を呼ばれアンドレアスが反応する。アンドレアスは手を鼻へと当て、その手に付いた血を眺める。


(血だと!? 内部から攻撃を受けている? これは一体どんな攻撃なんだ!?)


 自分こそが最強であると自負するアンドレアス。そんな自分が、気づかずに攻撃を受けたのかと驚愕していた。


 そんなアンドレアスの手を、駆け寄ったイザベラが掴み引く。イザベラは引き寄せたアンドレアスの頬に両手を当て、顔を寄せその瞳を覗き込み。


「魔王様魔王様、大丈夫ですか?」


 イザベラがそう呼びかけると、アンドレアスは鼻から更なる血を流し、白目を剥き倒れた。


「魔王様ぁぁぁぁッー!」

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