第5話 勇者オタ! オタがオタである為に

 突然現れた少年。黒髪に整った顔、素材は悪くないのだろう。だが磨いていないのか、磨き方を間違っているのか、冴えない印象の少年だった。


 アンドレアスをそんな少年を見て、目を細めると。


「これで最後だと思っていたのだがな、どこかに隠れていたのか? 異世界人よ」


見ただけで、その雰囲気から異世界人である事を見抜いたアンドレアスは、バカにした様に尋ねると。


「はぁ? ヒーローは遅れて登場するって知らないのかッ!?」


 そんな事も知らないのかと驚く少年。真顔で言う場違いな姿と、魔王であるアンドレアスにまるで雑談するかの様な態度で言う少年。それがアンドレアスの中でツボったのだろう。


「フフフ、フハハハハッ。面白いことを言うではないか。名は何という?」


 少年は少し考え。


「オタ。勇者オタだ!」


 アンドレアスは知っていた。この世界の者とは違い、異世界人には必ずファミリ―ネームあることを。そのことから偽名であろうと予想するものの、どうでもいい事だとアンドレアスは続けた。


「勇者オタか、我が名はアンドレアスだ。勇者オタよ。お前には少し興味が沸いたぞ。先手を譲ってやろう。我を退屈させるなよ。遅れて登場したヒーロー」


 笑みを浮べ、両腕を大きく広げるアンドレアス。


 それはお前の力を見てやろう。そしてそれを見極めてやろうという意思の表れと、どんな攻撃でも自分を倒すことはできないという、アンドレアスの絶対の自信の表れだった。


 無防備に両腕を広げるアンドレアス。にもかかわらず、その放つ威圧感は凄まじく、心弱い物であれば何もできずに膝を屈するであろう。


 値踏みをする様に見つめるアンドレアス。それに負けず劣らず見つめ返す勇者オタ。二人の視線がぶつかり、場の緊張が高まるそんなの時。


「いけません勇者オタ。あなたでは魔王には勝てない!逃げて下さい、あなただけでも逃げて下さい!」


 勇者オタでは勝てない。だから逃げてくれと、その身を案じて逃げろと言う聖女。自身は地に伏し、このままでは死を待つだけだというのに、他者を思いやる心の強き聖女。そんな聖女にオタは心配するような優しい視線を向けた。


「だが断る!」


 突然、アゴをシャクリ渋い表情へと変え、ドヤ顔で答えたオタ。予想外の答えにポカーンとマヌケな表情を浮かべる聖女。黙って成り行きを見守っていたアンドレアスも「クククッ」と笑い声を漏らしている。思考が動き出した聖女が言う。


「あなたは何を言っているのですか。状況が分かっているのですか!? 今は――」


 問いただす聖女。しかし、それはオタの声とその表情によって遮られた。絶望的な戦場には不似合いな自然に浮べられた笑顔だった。


「逃げる訳にはいかない。俺は俺の意思で、この場に立っているのだから」

「オタあなた……」


 オタの言葉に声を漏らす聖女。それを見ていたアンドレアスは考える。


 オタの俺の意思と言う言葉に、アンドレアスは興味を抱いた。聖女と聖教会によって異世界から召喚された勇者たち。彼らは召喚された瞬間から強大な力を持ち、即戦力の勇者として機能する。


 だが、心まではそうではない、とアンドレアスは考えていた。争いのない世界から召喚された彼らの、その精神は脆弱で強い意志や信念はないというのがアンドレアスの考えだった。また、そう感じていた。そんな異世界人が自分の意思でこの戦場に、この魔王アンドレアスの前に立つというのだ。他の異世界の勇者たちが、恐怖で顔を歪ませ倒れて行った中、笑いこの場に立つ異世界の勇者。アンドレアスが興味を抱くには十分な理由だった。


(おもしろい。見極めてやろう。状況も分からぬ、ただのバカか。それとも強い意志を持つ勇者であるかを……)


 そう考えていたアンドレアスに唐突にオタが尋ねた。


「なあ、魔王。お前はこの世界が素晴らしいと思はないのか?」

「なに?」

「エルフの美しい顔に長耳。獣人の獣耳と尻尾。バードマンの背から生えた美しい翼。それが存在するこの世界はそれだけで美しいと言っているんだ!」


 先ほどまで興味深そうに見ていたアンドレアスが、それを、まるでゴミでも見るかの目へと変えオタを見る。


「……なにがいいたい?」

「お前はそれを傷つけ、滅ぼそうとしていると、本当に分かっているのか!?」


ヒートアップして尋ねるオタ。それに対してアンドレアスは冷たく返した。


「くだらん。その様な美しさなど知らん。人族を滅ぼす事は決定している事だ。この答えで満足か?」

「そうか。残念だ」


 心底残念そうに呟いたオタは、鬼気迫る程の真剣な表情へと変え、宣言するかに様に言った。


「その考えが変わらないのなら仕方ない。魔王、俺は愛するこの世界の為に、お前を止める。勇者オタがオタである為に!」


 その宣言にアンドレアスは目を大きく開き、邪悪な笑みを浮べ答えた。


「面白いぞ人間! 殺すでもなく倒すでもなく、止めるとな。いいだろうどこからでも掛かってくるがいい!」

「一撃だ。一撃で決める」


 そう呟き、魔王目掛けて走り出すオタ。その呟きが聞こえた全ての者に動揺が走る。それはアンドレアスとて例外ではなかった。


(一撃だと!? この俺を一撃で止めると言うのか!? 面白い、見せて見ろ貴様の力を!)


 アンドレアスが野獣が獲物を襲う時の様、獰猛な表情を浮かべる。迫るオタ。しかし、その腰に刺した剣を抜く気配はない。


(何をするつもりだ!?)


 その行動が理解できずに、思考を巡らせるアンドレアスにオタが飛びかかる。身構えるアンドレアス。そんなアンドレアスの頭を両手で掴みオタが叫ぶ。


「ゼンケンジョーウォォォー」


 オタの手から白い光が溢れ出し二人を包んでいく。


(なんだ、これは!?)


 見た事もない攻撃に、両目を見開き驚くアンドレアス。光はそんなアンドレアスとオタを包み込んだ。

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