第22話 魔人現る!

 アルテールの地下。石で覆われた強固な牢。地下である為、その空気は淀んでいる。強度だけが求められているのだろう。床や壁に使われた石は加工されておらず、凹凸が多く存在している。最低限の掃除はされているのだろうが、平ではない事から、掃除も難しいのだろう。衛生は決して良いものいえない。


 広めの通路が続く、左右には鉄格子の牢が並んでいる。一つ一つは決して広いとは言えないその中に、多くの人間が下着同然の姿で押し込まれていた。


 そんなアルテール地下牢に悲鳴が木霊する。


 通路の一角にある、開かれた場所。そこには多くの人影あった。天井から下がる鎖に手を繋がれた者たちと、そうでない者たちのとに分かれる。


 前者は人族たちで、後者は魔の者たちだ。吊るされた者たちは大小は有るもの、怪我を負い血を流している。


 その中に女子供までが含まれていて、大抵の人間であれば、同情ないし怒りを覚えるであろう。


 実際、開けたその場所には、多くの捕虜たちの視線が集まり、罵倒を浴びせている。それは複数いる魔の者の一人に集中していた。


 しかし、その多くの視線を集める、張本人であるゴリラの様な魔の者は、それを嘲笑う。


 このゴリラこそが、アルテール地下牢の主、ゴリーザである。魔の者の中でも最強の一角と言われる魔人の一人だ。


「負け犬の遠吠えか~。カッカッカッ、弱者である人間共! お前たちに残された自由は吠える事だけだ。カッカッカッ、最後の自由を精々楽しめ」


「この下種がッ!」「地獄に落ちやがれっ! ゴリラ野郎!」「弱い者にしか出来んのか卑怯者!」「やるなら俺をやれ! 俺が怖いのか!」


 様々な捕虜たちの罵声が飛ぶ。だが、ゴリーザはそれを気にすることなく、目の前でぐったりとした青年に声を掛ける。


「どうした? 先までの威勢は!? カッカッカッ、もうギブアップなのかな~? お終いなら次行っちゃおうかな~?」


 ゴリーザはそう言い、青年の横に吊るされた女性を見てニヤリと笑う。女性は「ひっ」っと悲鳴を上げる。彼女はこの後、何が起こるかを知っているからだ。


 これはパンチ自慢のゴリーザの毎夜のお遊び。捕虜の中から十人程の者を選び出し、殴りつけるのだ。全員一旦殴り、恐怖を刻んでこの遊びは始まる。


 ゴリーザは自分の気分で吊るされた者を殴るのだが、吊るされたものが挑発すれば、その矛先をその者に向けるのだ。そう、これは吊るされた者たちが庇い合うと言うゲームなのだ。そして、このゲームの質の悪い所は、必ず女子供が含まれている事にある。


 必然的に体力のある者が庇わねければならない状況を作り出し、ゴリーザは遊んでいるのだ。庇えば、必死な奴を思う存分殴れ、それを倒したで愉快であり、恐怖から庇わなければ、同じ捕虜から攻められ、それはそれで愉快なのだ。


 ゴリーザの目の前でぐったりした青年もその犠牲者だ。下着しかつけていない青年の全身はアザだらけで、その顔は晴れ上がり変形していた。そう、青年は隣の女性を庇ったのだ。


 青年は既に殴られ過ぎていて、ボロボロだ。しかし、女性の悲鳴を聞き、青年は顔を上げ唾を吐く。


「はははっ、まだ、ギブアップはしてねえぞ。クソ野郎!」


 精一杯強がりだろう。既に強がるその声は弱弱しいもので、彼が限界である事は誰の目にも明らかだ。


 しかし無慈悲にも、そんな青年にゴリーザのパンチが襲う。脇腹へと刺さるボティーブロー。呻き声を漏らし、悶絶する青年。


「俺様のボティーブローは強烈だろう!? だが、まだ終わらないぜ! ここからがゴリーザ様の殺人ラッシュの始まりだぜ。カッカッカッカッ」


 笑いながら殴り始めるゴリーザ。殴るたび青年の体がしなる。辺りに血吹雪が飛び、明らかに危険な状態だ。


 そんな青年の姿に隣の女性は涙を浮かべている。周りの捕虜たちも黙ってはいない。やめろと叫ぶ声。怒りに満ちたもの。願うようなもの。迫様な感情ではあるが皆の気持ちは一つだ。「やめてくれ」である。


 そんな叫びの中、ゴリーザは笑みを浮べ叫ぶ。


「さーあ、あの世へ旅立ちの時間だ! ゴリーザ様の必殺技、ウルトラダイナミックパンチをお見舞いするぜ!」


 そう言い拳を振り被るゴリーザ。その拳には禍々しい力の渦が集まっている。


 誰もが青年の死を覚悟した、次の瞬間。


「大変です! 魔王様がお越しになってます!」


 叫び、走って来るのはオーク。その表情と滴る汗からオークの焦り様が伺える。まるで、それが伝染するする様にその場に居た魔の者たちへと広がる。


 それはゴリーザとて例外ではない。ゴリーザは必殺技を止め、驚愕の表情を浮かべ、信じられないと言った様子で尋ねる。


「ま、魔王様がいらっしゃたのか!?」


 ゴリーザがそう尋ねるのも仕方が無い事だ。アンドレアスは一度もアルテールの地下牢へと訪れた事がないのだから。アンドレアスが捕虜に用が有る際は、捕虜の方がアンドレアス元へと連れ出されるからだ。


 訪ねるゴリーザにオークが答えようとするが、「カツ、カツ」と響いてくる足音。皆が緊張した様子で音の方に視線を向ける。


 そこには白髪に赤い瞳を輝かせる男。服は黒を基調とした物で、マント付けている。ゆっくりと近づいて来る男の後ろには、多くの魔の者たちが追従している。牢に配属された全員だと思われる人数を引きつれる男の登場に、この場に居た全ての者たち緊張は高まった。


 今やこの世界で知らぬ者はいないであろう男、魔王アンドレアスである。


 アンドレアスが近づいて来ると、ゴリーザは慌てて進み出ると跪き、頭を下げた。


「魔王様、この牢を任せて頂いておりますゴリーザと申します。本日はどの様なご用で、この様な場所へ」


 先ほどからは想像も付かない態度でアンドレアスに頭を下げるゴリーザ。その変わり様はもはや別人だ。


 何処にでもこういった者はいるが、その露骨さには捕虜だけでなく、周りにいる部下たちも白い目を向けている。普段、俺様していて、自分より強者が現れたらペコ丸である。致し方ない事であろう。


「少し用があってだな……」


 そう答えるアンドレアスだが、辺りをキョロキョロと見渡し、上の空であった。


 そんなアンドレアスの行動に皆の者が息を飲む。何を探しているのか。これから何が始まるのか。皆、想像しアンドレアスの一挙一動に恐怖する。それは魔の者たちも例外ではない。数多くの魔の者たちが、理不尽な理由を含めて粛清された事は皆が知る所なのだ。


 皆が息の詰まる恐怖の中アンドレアスはというと、(なぜ、全員が下着同然の格好なのだ!? 目のやり場に困るとこ言う事か……いかん、動き始めてしまった! 静まれ、静まれ!)

 

 起動し始めた大事な部分を鎮めるべく、キョロキョロとしていた視線を下着のみ男に向ける事で沈静化を謀るアンドレアス。


「あの~? それで御用というのは?」


 気を使い細心の注意を払う様に声を掛けるゴリーザ。しかし、そんなゴリーザをアンドレアスは露骨に機嫌悪そうに見る。アンドレアスからすれば沈静化の邪魔をされたのだ。機嫌が悪いのも仕方ない事だ。


 そんな事は知らないゴリーザ。何がアンドレアスの気に触れたのか考えるが、何も思い浮かばない。しかし、その恐怖から尋ねる事も出来ない。ゴリーザは理不尽さに顔を青くする。


「魔王様、申し訳ありません」


 とりあえず謝るしかないと、頭を下げ謝るゴリーザ。しかし、本人も何に対して謝っているかも理解できていない。ゴリーザはこれで良かったのかと不安を覚える。


 残虐無慈悲と名高いアンドレアス。傍若無人で生きる災害とまで言われる存在だ。初めてアンドレアスを間地かにしたゴリーザだが、その噂は聞き及んでいた。もし、何に対してを謝っているんだと性格の悪い返しをされるのではないか。そして答える事が出来ず、分からずに謝っていたのかと因縁を付けられないかと冷や冷やしているのだ。


 冷や汗を流すゴリーザ。アンドレアスの様子が気になり、下げてた頭を少しだけ上げ盗み見る。しかし、アンドレアスはゴリーザなど見ていなかった。視線はゴリーザのその後ろへと向けられていた。


 アンドレアスが見ているのは、先ほどまでゴリーザのゲームで庇われ、涙する女性だった。


「これはどう言う事だ!?」


 怒りを感じさせる低いアンドレアスの声。その迫力はこの場を恐怖で支配した。静まり返った地下牢。呼吸音さえも聞こえそうで、誰もが息をするのを躊躇う様な静寂。


 そんな中、声を上げたのはゴリーザだった。アンドレアスの視線から、自分が行っていたゲームが原因だと察し、その恐怖に耐えきれなかったのだ。


「違うのです魔王様! これは、これは、そう! 教育で――」


 語り終える前に、ゴリーザの顔にアンドレアスの拳が炸裂した。拳は顔面にめり込み、それでも勢いを失うことなく、ゴリーザを吹き飛ばした。


 凄まじい破壊音と共に壁へと激突するゴリーザ。


 土煙が晴れ、そこに有ったのは無残にも頭から壁にめり込み、ぴくぴくと痙攣するゴリーザの姿だった。

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