第21話 地下牢を目指す
デスクに座るアンドレアスが目を開く。
「寝ていたのか?」
アンドレアスはそう呟き部屋を見渡す。外は暗く既に日が落ちていた。部屋にはアンドレアス以外、誰も居ない。誰も居ない事を確認したアンドレアスは先ほどの精神世界の事を考えた。
「夢ではないのだろうな……厄介な呪いを掛けられたものだ」
そう呟き疲れた様に椅子に体を預けるアンドレアス。この問題をどうしたものかと考えていると。
コンコンと扉がノックされた。アンドレアスが尋ねる。
「誰だ!?」
「ワシじゃ、カノンじゃ!」
カノンの声を聞き、アンドレアスは先ほどまでの疲れた様子を隠し、毅然とした態度を取るとカノンを部屋へと招く。
「入れ」
アンドレアスの言葉に従いカノンが部屋へと入って来る。
リッチである為、肉のないその顔から表情を伺う事は出来ないが、目の奥で赤い輝きがアンドレアスの様子を窺う様に覗いている。
「迷惑を掛けた様だな。それで何用だ?」
労いの言葉かけ、要件を尋ねるアンドレアス。
「全軍の撤退は無事完了した報告じゃ」
「そうか、ご苦労だったな」
「別に苦労はしとらん。奴らに追撃の余力なぞありゃせんのじゃからな」
カノンは軽口を言い、一度言葉を切り、アンドレアスの様子を窺い、続けた。
「それで、何があったんじゃ? 大丈夫なのか!?」
カノンは先ほどとは別人かの様な真剣な物言いで尋ねる。アンドレアスは余裕の笑みを浮べると。
「心配はない。無理な遠征で少し疲れたのだろう」
「……」
カノンはアンドレアスへと疑いの眼差しを向けている。
疑うのも無理のない話だ。なんせ、勇者オタの謎の攻撃を受けた後だ。その後、突然鼻血流して倒れたのだから。事実は、女の色香にやられて倒れたのだが、事情を知らぬ、カノンに心配するなというのは無理な話である。
疑いの眼差しを向けられたアンドレアスは、疑いを払拭する言葉を探す。そして閃いた。
「軍医に見てもらったが何の問題もないようだ。むしろ正常な様だ」
正常の様だと言い、残念そうな顔を浮べるアンドレアスに、カノンは不思議に感じ首を傾げる。
事情の分からない者には決して分からないアンドレアスの苦悩。彼は正常であるが故に苦しんでいるのだ。生物としての有り様、動物としての本能、性欲に。
「……そうか。何もなければよいのじゃが、何かあれば話すんじゃぞ。長く生きとるワシじゃ、何か力になれるはずじゃ」
「ふむ、その時は頼らせてもらおう」
「そうしてくれよ。お主に死なれてはワシが困る」
カノンの言葉にアンドレアスは笑みを浮べる。
「心配するな、俺は死なぬ」
「……話は以上じゃ、邪魔したのッ」
納得したのだろう。カノンは部屋を後にするべく扉のノブに手を掛けた。そこで突然振り返り。
「そうじゃ、生きとった者たちは捕らえ、いつもの所に入れとるぞ。ではの」
そう伝えると、今度こそカノンは部屋を後にした。最後、振り返った時、何か感づかれたかと、内心焦っていたアンドレアスは深いため息を吐いく。
「やれやれ、疲れる」
アンドレアスは言葉をそう漏らす。これまで何でもなかった事が、これ程大変に感じるアンドレアス。悩みや秘め事を持つ事は、これ程疲れる者かと身に染みていた。
そんな状況について考えていると、アンドレアスの心を一つの感情が支配していく。それは怒りだ! なぜ、俺がこんな苦労をしなければならないんだ。なぜ、俺がこんな目に合っているんだ。アンドレアスに掛かるストレスと疲労に、彼の心は耐えられなかった。
「ふざけるなッ!」
怒鳴ると同時にデスクを殴りつけるアンドレアス。これまで全てを従え、自分の思い通りとしてきた彼の沸点は低かった。
「なぜ、俺がこんな目に合わねばならないんだ! クソッ!」
怒りを吐き出すアンドレアス。この怒りどうしてくれようかと考えていて、一つの可能性に気づいた。
「生きとった者たちは捕らえ、いつもの所に入れとるぞ」と言っていたカノンの言葉である。あの場で倒れ伏していたオタも捕らえられているのでは。その可能性に気づいたアンドレアスは、立ち上がり部屋を出る。
クラウンキャッスルから出て、会見の間を通り抜けるアンドレアス。警備にする親衛隊が、アンドレアスが突然現れた事で、慌てて敬礼する。
しかし、アンドレアスはその存在がないかの様に会見の間を通り抜けた。親衛隊員たちは普段とは違うその様子に、不思議そうな顔を浮べる。
アンドレアスの目には彼ら親衛隊が見えていなかった。いあや、正確には映っていたが、目に入らなかったというのが正しい。
今のアンドレアスはそれ処ではなかった。自分を苦しめた存在が牢に存在しているかもしれないのだ。この怒りをぶつけずしてどうすると、急いでいるのだ。
アンドレアスは城の地下にある牢へと急ぐ。
アルテールの地下牢。百人を収容を可能とする場所だ。しかし、この侵略戦で多くの捕虜がいる為、仮設の牢などが用意されているものの、その収容人数を超えており、何処もが定員オーバー状態だ。アルテールの地下牢も例外ではなく、その収容人数を大幅に上回っている。
アンドレアスが地下牢の入口に近づくと、扉の前には二人のオークが立っていた。
アンドレアスの姿に気づき、慌てて敬礼する二人。アンドレアスは手を上げ、会釈して声をかける。
「扉を開けろ」
「はっ! 直ちに!」
事情も話さず、命令だけを言うアンドレアス。そこから、彼の傍若無人が伺える。
慌て扉を開けようとするオーク。多くの束ねられた鍵。普段であれば、差ほど手こずらずに目的の鍵を見つけれるのだが、焦りから見つける時間の掛かるオーク。
「ちっ!」
苛立ったように舌打をするアンドレアス。慌てていたオークは鍵を探すのを止め、深々と頭を下げる。
「申し訳ありません魔王様! 何卒お許しを!」
冷や汗ダラダラ流し、謝罪を始めるオーク。もう一人のオークも共に頭を下げ謝罪する。小刻みな震える体。それらの様子から彼らの緊張が伺える。
しかし、アンドレアスはその様な様子を気にする事はない。彼に相手を思いやる気持ちなど存在しないのだ。
これまでのミラや双子の姉妹とのやり取りこそが以上だったのだ。本来のアンドレアスこれだ。使える人材か、そうでないかで、その友好関係は決まる。一般兵に対しては優しさなどない。いや、同じ生き物とすら認識していないと言える。
そんな、アンドレアスの対応は、非常にめんどくさそうな表情を浮かべ。
「謝罪はいい。 扉を開けよ」
「申し訳ありません。直ちに」
アンドレアスの様子に慌てて鍵を探すオーク。それを心配そうに見守るもう一人のオーク。
そして、オークは数ある鍵の中から、扉の鍵を見つける。見つけた鍵を高らかと掲げ、大いなる何かを達成したかのような表情を浮かべた。例えるならば、選定剣を抜いたアーサー王。だが、顔は豚だ。絵にならず、残念でしかない。そんな同僚を「おぉぉ」と声を漏らし、やり遂げた者に見るような、尊敬の眼差しを送るオーク。
突然に始まった寸劇を冷ややかな視線で見つめるアンドレアス。視線に気づいたオークは気まずように冷や汗を流し。
「すぐに開けますね」
媚びを売る様に笑みを浮べ、バタバタと扉の鍵を開けるオーク。扉が開くと、緊張しているオークたちを無視してアンドレアスは中へと入って行った。
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