第23話 魔の者の社会は案外チョロイ

 アンドレアスの突然の行動と、その常軌を逸した破壊力に皆が唖然としていた。そんな中アンドレアスはというと。


(やっちまった―)


 傷つき、悲しむ女性の姿に、どうしようもない怒りを覚え、その感情を爆発させたアンドレアスだったが、情動的な自分を悔いていた。


 この状況はどう考えても不味かった。これでは、アンドレアスが人を庇った様にしか見えないのだ。アンドレアスは魔の者たちの王なのだ。その王が人族に暴行を働いたからと、魔の者を処断しては筋が通らないのだ。それに、この戦争自体、人族の滅ぼすとアンドレアスが無理やり起こしたようなものなのだ。その張本人が人族の味方をしては、周りは、この人何がしたいの? であろう。言ってる事もやってる事も滅茶苦茶だと、頭の可笑しい魔王と言われる事になるだろう。


 だがそれ以上に、色情を人族の女に抱いた事に気づかれてみろ。それからの行動などと結び付けられでもすれば、全てが終わるのだ。


 そんな事に成っては不味いと、何とか正当化する方法を考えるアンドレアス。何かないかと周りを見る。すると、周りの皆がアンドレアスへと視線を向ける。


(皆が見ている……)


 信じられないという様な視線に襲われ、焦るアンドレアス。本来のアンドレアスであれば、この様な事で焦る事はない。いやと言うよりも、そもそもそんな事を気にせず、傍若無人に振る舞うのが本来のアンドレアスだ。


 しかし、現在のアンドレアスは本来のアンドレアスない。オタの価値観がプラスされ、女性だけと言えど人族が無価値ではなくなっているのだ。この価値観こそがアンドレアスを苦しめていた。アンドレアスは女性に対して、興味を示す事が恥ずかしい事と考え、それを知られる事を恐れたのだ。そのやましさこそが、他者の視線を気にする様になった理由であり、彼の自由奔放さを阻害するストレスの原因であった。


 これまでアンドレアスは魔王となって多くの者を見てきた。その中でも、彼は権力や力を持ち、情欲に溺れる者たちを軽蔑して来た。これには、アンドレアスの価値観が影響している。種を残そうとするのは、弱さであるという、あの考え方だ。 


 自らが軽蔑者たちと同じと思われるなど、アンドレアスには耐えられないのだ。何とかせねばと焦るアンドレアスだが、焦れば焦る程に良い考えは浮かないものなのだ。


 頭の中が真っ白なアンドレアス。


(……ダメだ。何も浮かばぬ。万事休すか。……ダメだ諦めるな! 思考を停止するな! 建前でフル武装しろ! 筋道と道理で、真実を塗りつぶすんだ)


 一人、必死に思考し続けるアンドレアス。


 しかし、全てはアンドレアスの杞憂だったりする。そもそも、誰もアンドレアスが人族を庇ったなど思ってはいない。本人が思っている以上に彼の評価は悪いのだ。


 アンドレアスの評価は冷酷無慈悲から始まり、天災、災害であると評価されている。そう、既に生物のカテゴリーから除外されつつあるアンドレアスが、他の生物の為に行動するとは、誰も考えない程に彼の評価は悪いのだ。


 皆が信じられないという視線を向けているのは、噂以上というべきだろう、いきなり部下を殴り飛ばす傍若無人ぶりと、聞き及んでいた以上の、その圧倒的な力に対してである。


 そんな事とは知る筈もないアンドレアスは悩み、苦悩の末に答えへと至った。


「愚か者がッ! 捕虜には利用価値があると言ったはずだ」


 アンドレアスが建前として選んだのは、捕虜たちの有用性だ。実際に、有利に交渉を進める際や、戦闘においても盾に使うなどや敵の冷静さを失わせる為に使ってきた捕虜たち。その有用性を前面に押し出し建前としたのだ。


 しかし、これは良策とは言えない。囚われた人族たちの目に憎悪が宿る。


「人でなし」「よくも、あんな惨い事を」「悪魔め」「どうしてあんな事ができるの」「ゆるさない、絶対にゆるさない」


 人族の皆が呪言の様に呟く。アンドレアスの突然の登場と行動に、忘れていた憎しみを思い出したのだ。目の前の魔王こそが自分の大事な人たちを奪い、自分たちを閉じ込めた元凶だと。


 しかし、アンドレアスにはそんな辺りを気にする様子はない。それも当然だ。そうなる事を分かっていてこの男は口にしたのだ。 


 微笑を浮べるアンドレアス。


 そう、アンドレアスが気にするのは、自身の価値観による悪名である。情欲に溺れた、頭が可笑しい等がそれに当たる。では、残虐無慈悲や暴君などの恐怖の象徴する様な悪名はといえば? それはアンドレアスからすれば賛辞であり、名声である。


 アンドレアスは憎悪に顔を歪め、向けられる視線に心地よさを感じていた。しかし可笑しな事に気づく、一部、本当に一部なのだが、その一部の者の視線だけは何故だろう? 不思議と死にたい気持ちになるのだ。


(はて、なんだこの気持ちは?)


 初めて感じる可笑しな気持ちに頭を捻るアンドレアス。これは、新たな精神攻撃かと考え、前にも同じ事あったなと思い出す。


(オタか! 奴のせいか面倒な)


 オタの影響と結論を出したアンドレアスは気にしても仕方ないと現状について考える。


 先ほどの発言で憎悪に染まる人族。既にアンドレアスが人族を庇ったと思う奴は居まいと結論づけ、内心でほくそ笑む。


 だが残念かな。先にあったようにアンドレアスが考えている様な、庇ったなどと考える者はいない。そう、初めから居ないのだ。全てはアンドレアスの素敵な勘違いなのだ。


 しかし、全ては順調だと判断したアンドレアス。だが、それだけで終わるアンドレアスではない。


(最後まで手は緩めぬ! ここで気を抜くほど俺は甘くない。ダメ押しといこうか)


 心でそう呟きドヤ顔で魔の者たちを見る。そこで可笑しな事に気づく。これまでアンドレアスの言葉に忠実であった魔の者たちは、こそこそと気まずそうにお互いに確認する様にアイコンタクト取っている。


(なんだ!? 何か気づかぬ内にミスを犯したか?)


 魔の者たちの様子に内心で冷や汗をかくアンドレアス。自分が女性に対して抱いた気持ちを悟られたのではないかと。


しかし次の瞬間、アンドレアスは、これまでに見せた事のない様な笑顔を浮かべ尋ねる。


「なんだ、言いたい事があるならハッキリと言うがよい」


 無理に笑ったような満面の笑み。もはや、それだけで脅迫だった。誰もが殺されてしまうのではと恐怖した。


 それもその筈だ。もし気づかれていたのならば、皆殺してしまえばいいと言う、開き直りの笑みなのだから。


 魔の者たちの皆が恐怖から答えられずにいると、アンドレアスは一人の者に近づき尋ねる。


「さっきからこそこそ何をしていたんだ? 答えろ」


 数多くの魔の者から選ばれ、尋ねられたのはフロッグマン。フロッグマンとは二足歩行で歩くカエルである。


 アンドレアスに直接尋ねられ、油汗をダラダラと流すフロッグマン。


「いえ……」


 ハッキリと答えず、黙り込むフロッグマン。普段であれば苛立ちを見せる所が、依然として満面の笑みを浮べ続けているアンドレアスが再び尋ねる。


「そう畏まる事もない。普通に答えてくれればよいのだ」 


 優しく問いかけるアンドレアスだが、それは不気味さを通り越し恐怖でしかなかった。笑顔との相乗効果は絶大で震え始めるフロッグマン。


「いや、その、……言われてないかと」

「……」


 アンドレアスは何の事か分からず沈黙する。その様子にフロッグマン補正の言葉を付ける。


「捕虜には利用価値については言われてないかと」

「……」


 それもその筈、この場に居る者たちはアンドレアスと初めて対面しているのだ。言っているはずがないのだ。


 アンドレアスは考えてみる。四天王や指揮官には捕虜を出来るだけ多く捕らえる様には言っている。しかし、何故かについては言った覚えがない。そもそも、それを伝達する指示を出してはいない。


 アンドレアスは大まかな指示は出していたが、その殆どが丸投げしていたのだ。


「……ふむ、なるほど。しかしだ! 指示がなければ動けぬ考えぬでは、問題だぞ」


 何がふむなのか、ツッコミどころ満載から始まり、なるほど、しかしだ! と続いての、指示がなければ動けぬ考えぬでは、問題だぞである。言っている事は間違いではないが、自分のミスを問題とせずに、何事も無かったかの様に、自分の非を認めないアンドレアス。まさに、ダメ上司の鏡の様な行い。流石は魔王、悪の権化である。


 アンドレアスの言葉に納得した様に頷き、従順な態度を見せる魔の者たち。これは単に、強き者が正しく、強者が統べる事が当たり前とされる、魔の者たちの社会体制によるもので、余程可笑しなければ反感を持つ事はない事と、この場に居る者の殆どが低級の者が多く、頭が悪いだけの事である。


 力ある者にとって魔の者たちの社会は案外チョロイ。


 アンドレアスは内心で上手く切り抜けたと笑い、最後のダメ押しに、捕虜たちの有用性について説明し始めるのだった。

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