第24話 天国と地獄!

 ダメ押しを終えたアンドレアス。捕虜の人道に外れた有用性を説明した事で人族から憎しみの目を向けられていた。


殆どの視線には何も感じる事のないアンドレアス。だが、やはりと言うべきか、アンドレアスは一部の女性たちの視線には死にたくなる衝動を覚える。


(やれやれ、困ったものだ)


その症状に頭を抱えたくなるアンドレアス。しかし、そんな事を気にしていては身が持たんと考える事を止め口を開く。


「それでだ、少し前にカノンが来たであろう?」


 魔の者たちにアンドレアスが問いかけると、皆の視線が一か所へと集まる。そこには、依然としてピクピクとしているゴリーザの姿があった。その姿に、皆が答えるのは無理だと判断したのだろう。誰が答えるのかとお互いの顔を見合わせる魔の者たち。


 そんな中、先ほどのフロッグマンが進み出て答える。


「僭越ですが、私がお答えします。カノン様は先ほどお越しになりました。なんでも、重要な捕虜との事で、お連れしたとの事でした」

「ふむ、それだ。その者たちは何所に居る?」 


 アンドレアスの問いに、フロッグマンは奥の牢を手の平で差し示し。


「あちらの奥の牢です」


 アンドレアスは牢の方に見る。それは通路の一番奥、突き当りある牢だ。その牢は他と比べると一回り広い。

 

 遠目ではあるが鉄格子の中の様子が伺える。他の牢より人の数が少ない事が伺える。


「牢の鍵を持って来い。それと……」


 そこまで言いアンドレアスは振り返り、ゴリーザへと視線を向け。


「そいつを医務室へと運んでやれ」


 アンドレアスが指示すると、鍵を取りに行く者、ゴリーザを運ぶ者と、慌ただしく動き出す魔の者たち。


 しかし、鍵は直ぐそばあった。ゴリーザが所持していたのだ。ゴリーザを運び出そうとした者が鍵を持ち、慌ててアンドレアスの元へ来ると、「今お開けします」と言い急ぎ牢に向かう。


 その後を追うアンドレアス。アンドレアスが牢の前まで来ると、その者は扉を開け「どうぞ」脇へと控えた。


「うむ、ご苦労」


 そう声を掛けアンドレアスは牢の中へと入る。中の捕虜たちの様子にアンドレアスは天国と地獄を感じた。


 下着同然の姿で手足を拘束され、猿ぐつわである。女性陣にムラムラ、男性陣にはゲッソリである。女性のきめ細やかな柔肌と、筋肉質なゴツゴツとした男の肌。肉体派が多いのからなのか、戦いが多いせいで男性ホルモン多めなのか、男性陣は毛が多い者が多い。


 まさに、天国と地獄の交わったカオス。パンツ一枚で拘束され、オプションに猿ぐつわの付いた筋肉質な男たち。受容性を見いだせないアンドレアスは頭を抱えた。


(なぜこの様な事に!? 何らかの悪意が働いた結果なのか? ……今考えても仕方がない事だ。用を済ませ、速やかにこの部屋を出るとしよう)


 考える事を放棄したアンドレアス。用を速やかに済ますべくオタの姿を探す。


 しかし、そこにオタの姿はなかった。アンドレアスはオタを見つける事が出来ずに考えるように顔を顰める。   


(どういう事だ!? あの状況で逃げ遂せたというのか?)


 アンドレアスが思い浮かべるのは、まるで別人の様に変わり果てたオタの姿。全ての毛の色が失われ、生気を失いやつれた果てた奴が逃げ出せたとは思えなかったのだ。


「おい」

「はッ! 何でしょうか魔王様?」


 呼びかけたのはアンドレアス。それに慌てて答えた後ろの控えていた魔の者。そんな魔の者にアンドレアスは尋ねる。


「カノンが連れて来た者はここに居る者で全てか?」

「はい、そうですが?」

「そうか、ならばよい」

 

 アンドレアスの意とする事が理解できない魔の者は、不思議そうな顔を浮べる。


 それを無視してアンドレアスは一人の捕虜の前に立つ。それは、薄いピンク髪でスレンダー女性だ。彼女の名はアテネ。そうダンヘルムで魔王軍本陣へと奇襲をかけて来た際に、居たあの聖女だ。


 現在、下着姿で猿ぐつわと言う残念な状態で拘束されている。


「実に愉快な姿だな、聖女よ」


 アンドレアスはバカにした笑みを浮べそう口にする。だが、その内心はドキドキしていた。異性に興味を持つ様になったアンドレアスはその姿はエロ過ぎたのだ。


 そんな事とは知らないアテネは、屈辱に満ちた憎しみの満ちた瞳でアンドレアスを見つめる。


「随分と嫌われた様だな」


 余裕のある声色でそう口にしながら、視線を逸らすアンドレアス。


(なっ、何なんだこれは!? ゾクゾクと来るコレは? 何かが全身を駆け巡っている様だ。す、凄まじい破壊力! 危うく心を奪われるとこであった)


 そう、アンドレアスはエロ過ぎるアテネの視線に照れていたのだ。


 視線を逸らし彷徨うアンドレアスの視線。周りには天国と地獄しかない。アンドレアスは高ぶった気持ちを静める為、一番むさ苦しい男を見つめる。


 その効果は絶大だった。むさ苦しい男の下着姿に猿ぐつわ、それはアンドレアスの心を一瞬で萎えさせていく。焦っていたアンドレアスは落ち着きを取り戻し、その安心から安らぎ表情を浮かべた。そこに他意はない。そう、他意はなかった。


 しかし、下着姿で拘束された男はそうは思わない。いや、思えない。裸に近い状態を自分を見て安らぎの表情を浮かべいるのだから。感じたのは自らの尊厳の危機。目を大きく開き、首を大きく横に振る男。猿ぐつわで声が出せず、フンフンと唸る男。


 男の様子から周りの者も状況を理解したのか、男性陣が顔を青くし、女性陣は軽蔑の目をアンドレアスへと向ける。しかし、そんな中にも例外は存在する。一部ではあるが男性陣女性陣中には目を輝かせる者もいる。


 安心していたのも束の間、突然の周りの空気の変化に気づくアンドレアス。


(なんだこの雰囲気は? 恐怖と軽蔑。一部は、目を輝かしているな。意味が分からん! それにこの男、何をフンフンと唸っているんだ)


 アンドレアスは唸る男が気になり近づこうとするが、より一層の唸り声を上げる男の姿に躊躇し足を止めた。


(意味が分からん?)


 アンドレアスは理解できない男の行動を不思議に思いつつ見つめる。しかしどうした事だろう? 見れば見る程に男の奇妙な行動への関心は薄れ、生理的な拒絶間と悍ましさが増していく。


 アンドレアスは男から視線を外し、何事もなかった様にアテネへと戻した。そう、アンドレアスは諦めたのだ。


 アテネへと視線を戻したアンドレアス。オタについて尋ねようかするが、アテネの口を塞ぐ猿ぐつわが邪魔だとアンドレアスは懐からナイフを取り出した。


 アンドレアスの突然の行動に、捕虜たちは顔を青くして唸り始める。唸っているのは猿ぐつわをされ喋れないのだ。


 そんな中、芋虫の様に地面を這い、アテネを庇う様に現れる女。歳はアテネと変わらぬ二十大前半と言ったところだろう。長い赤髪で眼つきのキツイその女は、アテネを庇いアンドレアスの前まで来ると地面に伏したまま首を上げる。下から見上げる形でアンドレアスを睨み「フンフン」と唸る。


 アテネより長身で出るトコの出たその女の、地面を這う姿に何とも言えない気持ちを抱くアンドレアス。目のやり場に困りながらも何か言いたいのだろうと女へとナイフを持った手を伸ばす。


 本人である赤髪の女を含む皆が刺されると目を背けた。


 しかし、女は痛みに襲われなかった。女が不思議に思い出し始めると、口に着けられていた猿ぐつわ外れた。猿ぐつわはカランと音を立て地面へと落ちた。


 女は何が起きたのか理解できず、驚きの表情を浮かべアンドレアスを見上げる。それは周りの者も同様で驚きの表情を浮かべている。それほどまでにアンドレアスの悪名は酷いのだ。彼の悪行数々を考えればそれも当然の反応であろう。誰もが赤髪の女が殺される未来を疑わなかったからこその反応だった。


 地面を伏し唖然と見上げる女にアンドレアスが見下ろし問う。


「何用だ女?」


 アンドレアスの問いでハッと我に返る女。女は再びアンドレアスを睨みつけ叫び始めた。


「この外道が、アテネ様には近づく事は許さん! キサマの様な邪悪な者が近づいていいお方ではないのだ!」


 アンドレアスはそれを、クックックと嘲笑う。


「女、どう許さんと言うのだ? 是非、聞かせてもらおう」


 性格悪い笑みを浮べ、そう口にするアンドレアス。女は「クッ」と声を漏らし、屈辱に顔を歪める。


 アンドレアスは、囚われたお前たちに何が出来ると、嫌味を言っているのだ。許す許さんを立場ではないと。


 実に魔王らしい性格の悪さを見せるアンドレアス。まさに平常運転と言ったアンドレアスであるが、その内心は大きく違っていた。


(なんだこの気持ちは!? 高揚感? いやそれだけではない。……わからん! 一体なんなんだ?)


 アンドレアスはその心地の良い気分を理解できずににいた。女をからかい、意地悪をする事に心地よさを覚えるアンドレアス。そう彼はオタの心? を受け取り僅か数日で至ったのだ。可愛い女の子を悪戯や嫌がらせをする小学生の心を。これは小学生に多く見られるとされる? 可愛い子にちょかいを掛けてしまうと言う初々しいく尊い男心である。たぶん。


 相変わらず目のやり場に困るアンドレアスではあるが、その心地の良さから調子に乗りニヤつくアンドレアス。しかし、それも女の次のセリフに凍り付く事となる。


「おのれ~、外道が! アテネ様を辱めようと言うのだな、恥を知れッ!」

「……」


 言葉を失い固まるアンドレアス。


(……な、何言ってんのコイツっーー!?)


 アンドレアスは女の辱めると言う言葉を想像した。一気に顔の温度が上昇し、恥ずかしさの余りに内心で軽いパニックを起す。


 しかし、そんなアンドレアスを無視して女の言葉は続く。


「アテネ様を凌辱すると言うのならば、守護騎士である私にするがいい。どんな屈辱にでも耐えて見せる! だが忘れるな魔王、体は汚せてもに出来ても、心は汚す事は出来ない事を! さあ好きにすればいい」


 赤髪の女はそう口にして、無抵抗を示したのだろう。うつ伏せだった体を仰向けにすると彼女は顔を背けた。僅かに震えるその体。それが彼女が強がっている事を物語っている。


 アンドレアスは、そんな彼女に見てゴクリと唾を飲む。下着姿でハッキリと伺えるボディライン。その美しさは男であらば情欲抱く事だろう。それはアンドレアスとて例外ではない。


 しかし、早いとはいえ小学生の心が芽生えたばかりのアンドレアスには刺激的過ぎた。彼女の姿に釘付けとなっているアンドレアスの顔が真っ赤に染まっていく。急激な体温の上昇を感じながら低下していくアンドレアスの思考。


 頭の中が真っ白となったアンドレアス。しかし、本能が彼女を求める。無意識に伸びる手。アンドレアスの手が彼女へと迫る。


 その時、顔を背けていた彼女がアンドレアスの見る。二人の視線が重なる。不安そうにアンドレアスを覗く彼女の瞳には涙で潤んでいた。


 ドクン! アンドレアスの心臓が大きく脈打ち、全身を寒気が掛け抜けた。


 突然、我へと返ったアンドレアス。自分の伸ばしていた手を見つめる。 


(何をしようとしていたんだ!?)


 自身の行動に困惑するアンドレアス。


 アンドレアスは伸ばしていた手を戻し、屈んでいた上体を起こすと、急ぎ壁際まで歩き両手を壁へとついた。


 アンドレアスの唐突の行動に全ての者が注目した。


 ズドンと地響きが牢に響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る